嫌いだった男とすごす夏 3
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オルティス公爵領に向けての旅は、最初はとても順調だった。
クリストバルもオルティス公爵家の使用人さんたちも、はじめて旅をするわたしをとても気遣ってくれて、休憩を頻繁に挟んでくれながら、ゆったりとした旅程を組んでくれた。
はじめて見る景色は、たとえのどかな田園地帯であろうとも見ていて楽しかったし、休憩のたびに馬車の外に出ると、自由という解放感にちょっぴり酔いしれたりしたわ。
休憩中に見つけた薬草を摘んで、馬車の中で薬を作ったりもしたわね。
馬車の中で何をしているんだってクリストバルはあきれていたけど、せっかく薬草を見つけたんだし、薬作り自体はそれほど時間や労力がかかるものではないもの。
でも、そんな順調な旅も、五日目の夜までのことだった。
クリストバルもオルティス公爵家の使用人さんたちも親切だから、わたしはついうっかり失念してしまっていたのよ。
――魔女が、この国でどれほど嫌われているのかってことを。
それは、オルティス公爵領から二つ前の領地でのことだった。
メディナ伯爵領の西側。
ここからオルティス公爵領までは三、四日程度という距離にある宿でのことだった。
メディナ伯爵領の中で三番目に大きな町の、一番いい宿の一番いい部屋。
さすがはオルティス公爵家と言うべきなのか、それともわたしに気を使ってくれているからなのか、旅の間に泊まる宿はどこも高級宿ばかりだった。
宿の最上階の部屋を全部押さえて、わたしはクリストバルの部屋の右隣の部屋でくつろいでいた。
部屋は分けてくれているけれど、壁一枚挟んで隣にクリストバルがいると思うとちょっぴり落ち着かない。まあ、どこの宿でもこの配置だったので、四日もすれば多少は慣れてはきたけど。
旅の間、わたしにはオルティス公爵家のメイドさんが一人ついてくれて、身の回りの世話をしてくれていた。
おかげでラロには会えないけど、馬車で作った薬がたまになくなったりするから、ラロがくっついて来ているのはわかる。
何故かはわからないけど、ラロはわたし以外の人にはその姿は見えないみたい。
本人がそうしているのか、それともそういうものなのかはわからないけど、わたし以外見えないなら普通について来ればいいのにと言ったら、「アサレアは顔に出るからダメ」だって。あり得そうで言い返せなかったわ。
メイドさんはモニカさんという名前で、わたしより二つ年上の十八歳だという。
魔女であるわたしにもとっても親切で、いつも笑顔で接してくれるいい人だ。
モニカさんに手伝ってもらってお風呂に入ったあと(一人でも入れるんだけど、いつも笑顔で押し切られる)、ぬるめのハーブティーをいただいた。
夕食は終わったから、あとは寝るだけなんだけど、まだあんまり眠くないのよね。
ハーブティーを飲んでいたら口さみしくなってきたから、わたしは荷物の中からとっておきを取り出した。
「そちらは?」
「これ? ニンジンの砂糖漬けなの」
モニカさんが興味を示したから、瓶の蓋を開けて中身を見せる。
これは、裏庭で栽培していたニンジンを使って作ったものだ。
旅の間ニンジンがダメになったら嫌だから、少しだけ早かったけど植えていたニンジンは全部収穫した。
でも全部食べられないから、ラロに相談して砂糖漬けに初挑戦してみたのよね。
作り方はそれほど難しくなかった。
たっぷりの砂糖と、少しのレモンのしぼり汁で作ったシロップに、角切りにしたニンジンを投入して煮込む。そのあと天日干しして乾燥させれば完成よ。
すごくたくさんの砂糖を使ったとっても贅沢なお菓子だけど、せっかく育てたニンジンをダメにしたくないからね。
それにこれ、お茶によく合うのよ。
食べる? とモニカさんに瓶を差し出すと、彼女は興味深そうな顔で一つつまんで口に入れた。
「まあ、甘くて美味しいですわ。これならニンジンが嫌いな子供でも食べられそうですわね」
「子供はニンジンが嫌いなの?」
美味しいのに、とわたしも砂糖漬けをぽーんと口に一つ。
「ニンジンが嫌いな子供は多いんですよ。メイド頭から聞いた話だと、クリストバル様も幼い頃はニンジンが嫌いでよく残していたそうです。今は普通に召し上がりますけど、お好きではなさそうですね」
へー、クリストバルにも苦手なものがあったのね。
大体小器用に何でもこなすクリストバルの弱点を知ったみたいで、なんか楽しいわ。
ニンジンの砂糖漬けを食べながらモニカさんとおしゃべりしていると、だんだんと眠たくなってきた。
わたしが欠伸をかみ殺すと、モニカさんが「そろそろお休みになりましょう」とベッドに誘導してくれる。
ラロがいたら「歯磨きは?」とか怒りそうだけど、お風呂に入る前に歯磨きしたし、モニカさんはラロみたいにうるさく言わないからいいよね? ほんのちょっとの砂糖漬けを食べただけだもの。
もぞもぞとベッドにもぐりこむと、すぐに睡魔が襲って来る。
モニカさんが「おやすみなさいませ」と部屋の灯りを消して出て行くのが、うつつと夢のはざまで聞こえた。
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