嫌いだった男とすごす夏 1
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ラロにオルティス公爵領へ行くことになったと話すと、彼は平然とした顔で別に構わないと言った。
「要はアサレア以外の人間がいる時に姿を見せなきゃいいんでしょ?」
「そうだけど、不便じゃない?」
「そうでもないよ。ただ薬が売りに行けなくなるのは困るな。オルティス公爵領に薬草が自生してるといいんだけど」
わたしの逃亡資金を稼いでいるラロは、二、三か月もの間、薬が売れなくなるのが嫌みたい……って、そうよ、お金!
「ラロ、わたしがオルティス公爵領に行っている間にここを修繕するみたいなの。ラロが貯めているお金どうする?」
「どこか別の場所にでも隠しておくよ」
「そんなことが可能なの?」
「僕は偉大なる聖獣フェンリル様だよ。楽勝だよ」
ラロはそう言って、機嫌よさそうに尻尾を揺らした。
「ちょっと準備はいるけど、オルティス公爵領に行くのは悪い話じゃないと思うよ。将来この国から逃げる時の下見と思えばいいんじゃないかな? 西に逃げるなら、オルティス公爵領は通るはずだからね」
王族でもあるオルティス公爵家の領地はとても広くて、サモラ王国の西側の国境付近の半分以上の土地を保有している。
そのため、国防の観点からも公爵領は国に公爵軍を持つことを許可されているのだそうだ。そのおかげかどうかは知らないが、とっても治安のいい場所らしい。
サモラ王国は、魔女に好意的なマダリアード帝国の属国が多い西側諸国を警戒しているみたいだけど、今のところきな臭い動きもなく、小競り合いなども起こっていない。
だからと言って国防の手を緩めるわけにはいかないから、オルティス公爵軍が縮小されることは将来的に見てもないらしく、かなりの戦力を保有しているオルティス公爵家は国王にとても頼りにされているそうだ。
もっと言えば、その西の国境付近に領地を持っているのがオルティス公爵家だからこそ、西側諸国ともあまり軋轢なくすごせていると言ってもいい。
何と言っても、サモラ王国の貴族でありながら、オルティス公爵家は魔女を毛嫌いしていない変わった家だからね。
ラロからオルティス公爵領についてのざっくりした説明を聞いたあと、わたしは、相変わらずこの空飛ぶ子犬は変なところで情報通だなと思った。
外見に反してとっても長く生きているみたいだけど、年の功ってやつなのかしら。
「おじいちゃんは物知りね」
「ちょっと、年寄り扱いしないでくれる? 僕はおじいちゃんじゃないよ!」
「長生きなんだからおじいちゃんでしょ」
「長生きでもおじいちゃんじゃないから!」
えー、それ、矛盾してない?
だけど、ラロがキャンキャン喚くから、それ以上言うのはやめておくわ。怒りそうだし。
「でも、君の兄は気が利くじゃないか。これでようやく雨漏りとおさらばかと思うと、王家の人間だけど、君の兄だけはちょっと見直してあげてもいいかな」
ずいぶんと上から目線な犬である。
「雨漏りなんてしてたっけ?」
「してたよ! 雨が降ったとき、僕がどれだけ苦労したか……。アサレアはまったく気にしてなかったみたいだけど、あれ、あのままにしてたらカビが生えるんだからね!」
そうなんだ。でも、本当に知らなかったんだから仕方ないでしょ?
ラロ曰く、まったく使っていなかった三階部分のあちこちが雨漏りしていて、ラロが配置した、漏って来た水を受け止める鍋とか皿があちこちに置いてあるらしいわ。気になるから今度三階を覗いてみようっと。
「まったく、アサレアは昔っから能天気なんだから! いい、もう少しいろんなことに気を配るようにしないと、いつか足元をすくわれるよ? 取り返しのつかないことになっても知らないからね!」
すでに前の時間軸で取り返しのつかない事態になって処刑されたわたしは、ぐうの音も出ませんよ。
確かにそうね。もっといろんなことに目を向けるべきね。わたし、興味のあることにしか関心を向けないから……。
「オルティス公爵領に行くのは、アサレアにとってもいいことかもね。ずっと狭い世界でしか生きてこなかったアサレアが、外の世界を知るチャンスだよ。ついでに、ここから逃げた時の練習で世の中のことを勉強すればいいと思うよ。アサレアは深窓の姫君よりもずっと世間を知らないからね。性格は全然姫君っぽくないけど」
「悪かったわね」
これでも一応、身分だけは王女ですけどね。
だけど、ラロの言うことは一理ある。
一度目の人生と二度目の人生で、ここから一応出るには出たけど、エミディオはわたしが自由に外出することを禁止した。
エミディオが何度か連れて出てくれたから雰囲気だけはわかるけど、実際にどこがどういう場所なのかは曖昧で、買い物一つ自分でしたことがない。
この状況で、ここから逃亡して生きていくなんて難しいわよ。オルティス公爵領が魔女にそこまで忌避感がない土地なら、クリストバルに頼んで少し出歩かせてもらおうかしら?
せめて、買い物くらい一人でできるようになりたいわ。
「そう言えば、この機会にわたしの予算を横領している人が誰か調査したいらしいわよ」
わたしの予想ではクベード侯爵家が関与しているような気がするんだけど、わたしがエミディオが憎いからそう思いたいだけで、証拠があるわけじゃない。
だけど本当にクベード侯爵家が関与していたとしたら……エミディオもクベード侯爵家も、わたしを本当にコケにしていると思うわ。
わたしの予算を横領して、ついでにわたしを利用して利用できなかったから殺したのよ。
……エミディオだけじゃなくてクベード侯爵家にも報復が必要かしら。
だけど、その報復、どうしよう。
報復したいという願望はあっても、その方法が思いつかないのよね。
今のところ、あいつが悔しがりそうなことと言ったら、わたしと結婚して玉座を狙うって言う最初の目的を妨害することよ。
つまり、わたしがあいつとの結婚に応じないことなんだけど……、求婚を断るだけで素直に引き下がるかしら?
わたしの意思を無視して外堀を埋められたら逃げられないし、そうなる前にどうにかすべきよね。
ラロはわたしの逃亡資金を貯めてくれているけど、たぶん、エミディオがわたしに求婚してくる来年の春までには間に合わない。
求婚を受け入れたらエミディオはわたしを離宮から出そうとするから、そうなると逃げにくくなるわ。
……今思ったんだけど、あいつがわたしを離宮から出したのだって、わたしを閉じ込めておくのが可哀想とかじゃなくて、単純に監視したかっただけなのよね。
もしかしなくても、クリストバルを警戒していた?
わたしに会いに来ていたのはクリストバルとエミディオの二人だけだから、クリストバルがエミディオの本性に気づいてわたしに何か吹き込むのをエミディオは恐れていたのかしら。
なんて、考えすぎ?
前の時間軸では、エミディオに離宮から連れ出されてから、わたしはクリストバルと会っていなかったもの。
クリストバルが会いに来るのを、エミディオが妨害していたと考えると筋が通る気がする。
だって、口は悪いけど、クリストバルはわたしを気にかけてくれていたもの。住む場所が変わったとはいえ、ぱったり来なくなるのはおかしいわ。
あーもー、腹が立って来た!
エミディオもそうだけど、何の疑いもなくあいつにころっと騙されたわたし自身にムカムカしてくるわ。もっと警戒心を持ちなさいよ、わたし!
「ってことは、アサレアの予算が戻って来るかもってことかな」
「そうだと思うわ。いったいいくらなのかは知らないけど」
「こんなところで暮らしていても、王女だからね。結構な予算だと思うよ。とっとと逃げていなくなっちゃったけど、ここにいた使用人たちの給料から服飾費、食費、修繕費、教育費……これまでアサレアが受け取れるはずだったものはたくさんある。……ふふふ、もし全部回収出来たら、一気に逃亡資金が貯まるな」
ラロが悪い顔をしてぷくぷくと笑っている。
そう都合よく、今までもらうはずだった予算が全部わたしの手元に戻って来るとは思えないけど、相当な額だったというのは確かなのだろう。
……まさか、お兄様に栄養薬を作っただけで、こんなにも物事が動くなんてね。
そして、もとはと言えばクリストバルのおかげなのだろう。
一度目と二度目の人生では、まともに会話すらしなかったクリストバルと、一部喧嘩腰とはいえ話すようになったから起こった奇跡だろうか。
そう考えると、三度目の人生を幸福に生きるためには、クリストバルの存在が不可欠なのかもしれないと思えてくる。
……もしかして、わたしの幸運はあいつが握っているのかしら?
なーんてね!
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