兄からのちょっぴりお節介なお礼 1
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午後になってむしゃくしゃした気分が少し落ち着いてきたわたしは、花には罪はないと、エミディオからもらった赤いバラの花束を玄関に生けていた。
すると玄関の扉がガチャリとあいて、クリストバルが入って来た。
「……びっくりした」
クリストバルが勝手に入って来るのはいつものことだけど、ちょうど玄関にいた時に扉が開くと驚くわね。
「悪い、そこにいたとは知らなかった……その花はどうした」
「ああ、エミディオが持って来たのよ」
代り映えもなく、エミディオはいつもいつも赤い薔薇を持ってくるから、クリストバルもあいつが持って来た物だってわかるでしょうに。
「今日来たのか」
「まあね、すぐに帰ったけど」
もらった花束のまま花瓶にぶち込んで満足していると、クリストバルが複雑そうな顔で薔薇を見る。
「……ちゃんと水切りはしたのか?」
「なにそれ」
「花は、水の中で茎の先を切らないときちんと水を吸い上げられなくなるぞ」
「へー」
知らなかったわ。いつももらったまま花瓶に入れてたから。
クリストバルはちょっとだけ躊躇して、だけど仕方なさそうに花瓶に手を伸ばした。
「……生け直そう」
「そう? じゃあお願いするわ」
その水切りの方法を、わたし、知らないし。
クリストバルが花瓶を抱えて裏庭へ向かったから、なんとなくついて行く。
「花の生け方も知っているのね」
「こういうのは教養の一つだ。使うか使わないかは別として、だいたい習っている。人間、いつ何に巻き込まれるかわからないからな」
「へー」
公爵家のお坊ちゃんも大変なのね。
バケツに水を汲んで、クリストバルがその中で、薔薇の茎の先を一本一本丁寧に切っていく。
「薔薇は茎の先を焼くのもいいと言うがな、そこまではしなくていいだろう」
「ほうほう」
「アサレアは間違ってもやろうとするなよ。茎を火であぶるついでに火事を起こしそうだ」
失礼ね、なんで花の茎をあぶるだけで火事になるのよ。わたし、どれだけ不器用だと思われているのかしら。
クリストバルは淡々と薔薇の水切りを続けながら「なあ」と少し声のトーンを落とした。
「お前は、こういうのが好きなのか?」
「こういうの?」
「赤い薔薇」
「別に、花はもらって嫌なものじゃないと思うけど……」
ただ、わたしはどちらかと言えば食べ物のほうが嬉しいのよね。
「そうか」
クリストバルは、何を思ったのか、一輪の薔薇の茎を短めにカットすると、ハンカチで水気を拭いて、側にしゃがみ込んでいたわたしの耳の横に挿した。
驚いて息を呑んだわたしをじっと見つめて、ぽつりと言う。
「似合わない」
「悪かったわね!」
ムカッとしたから反射的に言い返したんだけど、クリストバルはわたしの頭から薔薇を採ろうとはしなかった。
「お前の赤は、もっと柔らかい。同じ赤い薔薇でも、これではなくて、もう少し柔らかい赤の薔薇が似合う」
思いがけないことを言われて、わたしは言葉に詰まった。
……えっと、これは……褒められてる? そうなの?
「お前の赤」って、たぶん目のことを言ってるんだよね?
そんな言い方されたことがないから戸惑っちゃうわよ。どうしたのよクリストバルってば、急に!
「うちの庭にある。咲いたら、今度持って来てやるよ」
「そ、そうなの。くれるっていうのならありがたくもらっておくけど……」
調子狂っちゃうわ。
だって、わたしのこの赤い目って魔女である証拠だから……、花の色に例えられたことなんてないもの。なんか、褒められたみたいでちょっと嬉しいわ。
クリストバルが挿してくれた薔薇の花をそっと髪から抜き取りつつ、色をじっと観察する。
確かに、この赤は濃くて、ちょっと黒みがかっていて、わたしの目の色とは違うわね。
薔薇を観察するわたしの横で、クリストバルが作業を続けながら言った。
「その薔薇は、カンデラリアの薔薇と言う」
「カンデラリアの薔薇?」
「知らないか? 三百年前の国王エフライン陛下の話」
「それってあれ? 確か、魔女を王妃にしたけど真実の愛に目覚めて、魔女に魔法をかけられていたことに気づいて王妃を処刑したのち、愛人と再婚した王様の話でしょ」
「そういう言い方をすると身も蓋もないが……」
だって、そうでしょ?
サモラ王国で魔女が嫌われる原因になった話よね?
「まあ、お前の言う通り、エフライン陛下は、魔女ベルナルディタと恋に落ちて彼女を王妃に迎えたが、それはベルナルディタの魔法によるもので、本当に愛する女性カンデラリアに出会って魔法が解けた……と、言われている。それでベルナルディタが処刑されたのも、カンデラリアが次の王妃になったのも事実だ」
「ふーん。で、カンデラリアの薔薇って?」
「何とも思わないのか?」
「何が?」
「だから、魔女ベルナルディタの話だ」
「変なことを聞くのね。三百年前の真実がどこにあるのかなんてわたしにはわからないし、興味なんてないわよ」
「だが、ベルナルディタがいなければお前はこういう扱いを受けなかったかもしれない」
「それを言えば、ベルナルディタがいなければわたしは生まれていないんじゃない?」
だって、今の王家はベルナルディタの生んだ王子の血筋なのよ。
「それはそうだが……。なあ、魔女は本当に人の心を操れるのか」
「知らないわよ。だけど、少なくともわたしには無理だわ」
「俺も、エチェリア公国にいたことがあるが、魔女に人の心が操れるなんて聞いたことがない。最近、ベルナルディタの話は……一部が捻じ曲げられて伝わっているのではないかと思うようになったんだ」
「そうかもしれないわね」
二度目の人生で冤罪をかけられて火刑に処されたわたしも、そう思うわ。
ベルナルディタは被害者なんじゃないかしら。
きっと、エフラインとかいう三百年前の王様は、ベルナルディタより愛人の方が好きになって、ベルナルディタが邪魔になったのよ。
だから、いちゃもんをつけて自分たちが正義のように吹聴し、ベルナルディタを殺したんじゃないかしら?
だけど、三百年前のことだもの、わたしには想像しかできない。
真実なんて、誰も知らないのよ。
「なあ、三百年前、実はベルナルディタはエフライン陛下の心を操ってなんていなかったという証明が出来たら、お前ももっとすごしやすくなるんじゃないのか?」
「あんた、そんなことを考えてるの? やめなさいよ、あんたがおかしいと思われるわよ。王家にとっては真実なんてどーだっていいし、むしろ冤罪だって証明されたら王家にとって都合が悪いから、絶対にあんたが悪く言われるわよ?」
わたしは知っている。
あいつらにとって、真実なんてどーだっていいことを。
そうじゃなかったら、わたしは前の時間軸で冤罪で火刑に処されたりしなかった。
「お前は悔しくないのか?」
「わたしが腹が立つのは今のこの状況で、三百年前の真実じゃないわ。で、いいからカンデラリアの薔薇について教えてよ」
「あ、ああ」
クリストバルは、薔薇の水切りを中断して、わたしの手にある薔薇を指した。
「それは三百年前、カンデラリア王妃が改良させた薔薇なんだ。城の庭にも沢山咲いているし、この国では国花になっていて、サモラ王国では薔薇の品種の中でも一番ポピュラーなものだな」
「へー」
知らなかったわ。
「対して、ベルナルディタの薔薇という品種がある」
「ベルナルディタが改良したの?」
「いや、そうじゃない。花の色が、ベルナルディタの瞳の色にそっくりだと言われている薔薇だ。サモラ王国ではカンデラリアが王妃になったのち、その薔薇は根絶やしにされていた。たぶん、我が家にしかないだろう」
「逆に聞くけど、なんでオルティス公爵家にあるの?」
「父上がエチェリア公国にいた時に持ち帰ったんだ。サモラ王国で見ないだけで、他国には普通に咲いている薔薇だからな。お前の瞳のような、綺麗なルビー色をしている」
……き、綺麗って。
ちょっと、恥ずかしくなるからやめてくれないかしら。
クリストバルは薔薇のことを言っただけで、わたしの目を指して綺麗と言ったわけではないでしょうけど、照れちゃうわよ。
「品種名がばれるとうるさそうだから周囲には内緒にしているんだが……今度、持ってくるから見てみるといい。本当にお前の瞳の色にそっくりだ」
クリストバルはふっと笑って、薔薇の水切りを再開した。
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