出た! 諸悪の根源! 1
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それから一週間が過ぎ、わたしは細いニンジンの葉っぱを見つめてにまにまと笑っていた。
「うんうん、ここ数日暖かかったからか、いい感じに成長しているわね!」
裏の畑に撒いた種から、ニンジンの芽が綺麗に整列して生えている。
クリストバルがきちんと列になるように植えてくれたおかげである。発芽率がいいのも、きちんと種を撒いたからだろうか。わたしがばら撒いていたらこうはいかなかっただろう。
「もうちょっと大きくなったら間引かないとね、ラロ?」
「間引くんならクリストバルにやってもらいなよ。アサレアに任せるとまた適当なことをするんだから」
「失礼ね、間引くくらいできるわよ! 引っこ抜いていけばいいだけじゃない!」
「そうやってぶちぶち引っこ抜いたせいで、去年のニンジンは形が悪かったよね。あれ、間引くときに残すニンジンの根っこを傷つけたからああなったんじゃないの?」
え、そうなの?
「ニンジン栽培ってそんなに奥が深いの?」
「知らないよそんなの。僕、農家じゃないし。それはそうと、花粉症の時期ももう少ししたら落ち着くだろうから、今度からは別の薬を作ろうよ。夏風邪が流行る時期だから風邪薬がいいかな? そろそろ風邪薬に使う薬草が成長する時期だし」
薬は、薬草を使っている手前、どうしても薬草が採れる時期に合わせて作らなければならなくなる。
花粉症に使う薬は、冬の終わりくらいからにょきにょきと成長するので、まだ寒い時期でも採取が可能なんだけど、風邪薬に使っている薬草は温かくなってから芽吹くので、初夏から秋にかけて採取できるのよね。
ラロによると、薬師と呼ばれる一般の薬屋さんは薬草を乾燥させて常備しているらしいけど、わたしはフレッシュな状態で使うから、薬草が採れる時期でないと薬を作らない。
乾燥させた薬草で薬を作ったことがないから、うまく作れるかわからないし、本格的に商売としてやっているわけじゃないから、安定して生産しなくてもわたしは困らないもんね。
ただ、冬にも風邪が流行するから、風邪薬の薬草が採れる時期にできるだけたくさん作るようにはしているけどね。
だって、風邪が流行しはじめると、ラロが薬を卸しているお得意様から泣きつかれるって言うから。
「風邪薬を作るのは構わないけど、ついでに栄養薬に使う薬草も取って来ておいてよ。あれ、夏ごろまでしか採取できないでしょ? 念のため作りためておくわ」
クリストバルによると、わたしが作った栄養薬は、こっそりファウストお兄様に渡したらしいわ。
侍医を通すと面倒くさいからって、お見舞いに行ったときにお兄様に事情を話して、他人に見つからないようにして飲むように言ったんだって。
そんなことが言えるってことは、クリストバルとお兄様は結構親しい間柄なのかしらね。
まあ、ハトコ同士だし、クリストバルが心配していたくらいだから、お兄様と仲がいいのはなんとなく察してはいたけど。
で、クリストバルがお兄様から感想をもらったところ、あの栄養薬を飲むと調子がいいらしい。
元気よく歩き回れるほどではないにせよ、頭痛も軽減したし、起き上がっていられる時間が増えたんだそうよ。
それを聞いて、よほど栄養失調だったのねって思っちゃったわ。
少し体調がよくなったのなら、食事量を増やせばいいのにと思ったけど、長年ちょっとしか食べてなかった人が急に食事の量を増やすのは無理みたい。
だからしばらく、栄養薬を飲みつつ、体調を回復させることを目指すらしいの。
……となると、追加でほしいって言われる可能性が高いからね。
一回渡しちゃった手前、次はもうありませんなんて言えないし。
自分の行動がまいた種だから、責任を持たないといけないもんね。
「わかった、採って来てあげるよ。余れば僕が売りに行けばいいだけだし」
「ありがと。じゃあ、わたしはニンジンに水をあげたら部屋に戻ってるわ」
ラロが頷いて、ばびゅんと山の中に飛んでいく。
ニンジン畑に水をやったあと、わたしはラロが薬草を採ってくるまでまったりすごすことにした。
クリストバルが部屋を片付けてくれてから一か月ほど経ったので、ちょっと散らかりはじめちゃったけど、きっとまだ許容範囲よ。うんうん。
だから片づけはまた今度!
いい天気だしバルコニーでラロを待っていようとそちらに向かったとき、離宮に続く山道を一人の青年が上っているのが見えた。
日差しを反射して、金色の髪がキラキラと輝いている。
そして、その男の手には真っ赤な花束。
「げっ」
わたしは思わず呻いた。
あのシルエットは間違いない、エミディオ・クベードだ!
三度目の人生がはじまってからまだ一度も来ていなかったあいつが、ついに来てしまった。
一度目と二度目の人生では、胸をときめかせながらエミディオの来訪を待っていたわたしだけど、もちろん今は違う。
もうわたしは、あんな悪魔みたいな男にときめいたりなんかしないわ。
というか、会いたくないんだけど!
でも、わたしは幽閉の身。
居留守なんて使えない。
だってそもそも、外出したらダメだから!
わたしは引きつりそうな頬を押さえ、ドレッサーの前へ向かった。
わたしには一度目と二度目の人生でこの先の未来まで生きた記憶があるが、エミディオにはない。つまり、いつも通りにこやかに接しておかないと違和感を持たれてしまう。
……あいつに報復する方法もまだ決めてないし、今はこれまで通り接しないと。
鏡の前で笑顔を作る練習をしたわたしは、深呼吸をして部屋を出た。
階段を降りていると、エミディオが先に玄関前に到着したようで、コンコンと玄関の扉を叩く音がする。
わたしは一度両手で頬を押さえてむにっと持ち上げ、笑顔を作る意識をしながら玄関の扉を開けた。
途端、真っ赤な薔薇が目の前ににゅっと突き出される。
「久しぶりだね、アサレア。今日もとっても可愛いね」
一度目と二度目の人生では、この歯の浮くようなセリフにキュンキュンときめいたのよね。
「エミディオ、来てくれて嬉しいわ」
にっこり笑ってズシリと重い薔薇の花束を受け取ると、エミディオがすたすたと中に入って来た。
以前は違和感を覚えなかったんだけどさ、重たい花束を押し付けてあとは知らん顔をしているエミディオにちょっとイラっとするわ。
地味に重いんだもの、部屋に運ぶまでしてくれるとか、生けるのを手伝ってくれるとかあってもいいんじゃないかしら?
だってここには使用人はいないんだもの。誰も代わりにやってくれないのよ。
……クリストバルなら、「大雑把なお前に任せるとぐちゃぐちゃにしそうだ」とか嫌味を言いながらでも、花を生けるところまでやってくれるんでしょうね。
わたし、以前の時間軸だったら、エミディオこそ紳士で、クリストバルは違うと思っていたんだけど、逆だったわ。口は悪いけどクリストバルの方が行動が紳士だったわよ。
恋は盲目とは言ったものだけど、ここまで見えていなかったなんてね。わたしを置いてすたすたとサロンに向かったエミディオの、どこにわたしは惹かれていたのかしら。
わたしが当然あとを追って来ると思っているエミディオは、ぽつんと玄関ホールに立ち尽くしているわたしに気づかないんでしょうね。
……仕方ないから、追いかけるか。
わたしはひとまず、花束を抱えたまま、サロンという名の何もない部屋へ向かったエミディオのあとを追いかけた。
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