病弱王太子の現状 2
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とは言ったものの……。
クリストバルに、お兄様であるファウスト王太子の話を聞いて二日。
お兄様が虚弱体質だという話は、わたしの頭の隅っこの方に棘のように引っかかって、ずっともやもやしていた。
別に、お兄様に対して愛情があるわけではない。
だって会ったことすらないもんね。
わたしには二人のお姉様と一人のお兄様がいて、二人のお姉様はそれぞれ他国に嫁いだそうだ。
お姉様たちにも会ったことはないけど、あの二人だって幽閉されている妹に感心なんてないだろうし、別にいい。
だけど、クリストバルが、お兄様はわたしを気にしているなんて余計なことを言うから……、これまで興味すらなかった兄という存在が、ちょぴっとだけ気になりはじめていた。
ファウスト王太子は、今年で二十四歳である。
わたしと同じハニーブロンドで、王家に多いミント色の瞳をしているそうだ。クリストバルもミント色ね。髪の色は銀だけど。
お兄様は、幼いころから体が丈夫な方ではなかったけれど、ここ数年、体調が悪化して、一日の多くをベッドの上ですごしていると言う。
わたしは「虚弱体質」というものが何なのかはっきりとはわからないけど、体質だって言うのならそれを改善すればいいんじゃないかしら。
だけど、医者が匙を投げたレベルなら、何をしても無駄なのかしらね。
クリストバルだって、わたしの立場を知っているから、わたしを頼らなくていいのなら薬を作ってほしいなんて言わなかったはずだ。
……つまり、もう縋るところがないんだろうな。
あー、もやっとする!
わたしのことが嫌いなクリストバルが頼ってくるくらいだ、お兄様の体調は本当に悪いのだろう。
だけど、お兄様に会ったことなんてないし、だから家族愛なんてそこには存在しないし、自分の身を危険にさらしてまで助けてあげたいなんて思えない。
でもでも気になって、わたしはどうしたらいいんだろうかと頭を抱えた。
もし、もしもだよ?
お兄様がこのまま亡くなったりしたら、すっごく寝覚めが悪い気がするよ。
わたしが薬を作っていたら助かったのに、それをしなかったから死んだなんて言われるかもしれないし。そうならわたしが殺したようなものじゃない?
前の時間軸では、わたしが死ぬ二十歳の時――今から四年後までに、お兄様の訃報は聞かなかったから、すぐにどうなるわけではないと思うけど、わたしがエミディオと結婚しない未来を選択することでそれが変わる可能性だってある。
……って待って。もしお兄様が死んだら、次の王太子はどうなるの?
えーっと王位継承権は……げ! エミディオが二位じゃないの?
わたしと結婚したときには二位だったから、間違いない。
お兄様が死んだら、次の王様はエミディオだ! それはムカつく‼
あんな身勝手な最低男が、自分の望み通り玉座を手に入れるなんて許しがたい。これは妨害してやらねば気がすまないわ。
となると……選択肢としては、お兄様を助ける一択?
うー、悩ましい。
わたしの身の安全が確保できるのなら薬を作ってもいいけど、それを誰が保証してくれると言うのだろう。
……死にたくない。でもエミディオが王様になるのは妨害したい。くっ……。
これぞ、究極の選択というやつかしら?
悩むわ~悩むわ~どうしよう~。
「ねえ、なにを唸ってるの? 便秘?」
「ラロ、デリカシーって言葉知ってる?」
「デリカシーがないアサレアに、それは不要だってことを知ってる」
こいつも口が減らない犬ね!
でも、一人で悩んだって答えが出ないから、ラロでもいないよりましだわ。
「ラロ、虚弱体質ってわかる?」
「わかるよ? あたりまでしょ? 僕は偉大なるフェンリル様だよ」
偉大なるフェンリル様と虚弱体質の因果関係がわからないが、まあいい。どうせ、僕は何でも知っているんだって言いたいだけだろうし。
「虚弱体質に効く薬って、どうやって作るの?」
訊ねると、ラロはあきれ顔を浮かべた。
「アサレアは何か勘違いしているみたいだけど、虚弱体質ってさ、とっても都合のいい言葉なんだよ。要するに、医者が原因になる疾病を確認できませんでした、だけど不調です、って時にはたいてい虚弱体質って言葉を使うんだ。本当に原因がないのか、医者が見つけられなかっただけなのかもわからない。原因不明ってこと。わかる?」
「ほうほう」
「で、だよ? 薬って言うのは、飲めば特定の症状に対して効くものだ。風邪薬は風邪の諸症状に効くし、花粉症の薬は花粉症の諸症状に効く。でも虚弱体質は原因がわからないから、何に効く薬を作っていいのかが、そもそもわからない。まずは虚弱体質なんて曖昧な言葉を使わず、原因を特定させることだね」
「つまり魔女でもお手上げってこと?」
「まったくお手上げとは言わないけど、原因不明の状況でできることと言えば、体力を回復させるような栄養薬を作るしかないんじゃない?」
「栄養薬ってわたしでも作れるの?」
「作れるよ。アサレアは薬作りだけは優秀だ」
だけは、は余計よ!
でも、そうね……。作る薬が栄養薬なら、さすがに命の危険は発生しないかしら? どうなんだろう。
「なんかさ、嫌な予感がするんだけど、アサレアは誰のために薬を作りたいの?」
「え? お兄様……王太子だけど?」
するとラロは苦いものでも食べたような顔になった。
「馬鹿なの? なんでアサレアが、君をここに閉じ込めたやつを助けるの?」
「閉じ込めたのはお父様だけど……」
一応説明しておくかと、わたしはクリストバルから聞いたお兄様の話をする。
ラロは顔をゆがめて聞いていたけれど、全部聞くと、はーっと息を吐き出した。
「クリストバルが言うんだからファウストとかいう王太子は本当にいいやつなのかもしれないけど、でも納得はいかないね。アサレアもアサレアだ。会ったこともない、ただ血が繋がっているだけの相手を、何で助けたいわけ?」
「助けたいって言うか……」
エミディオが王になる道を阻みたいだけなんだけど、さすがにこれは言えないわよね。
わたしが未来から巻き戻って来たなんて、ラロは知らないんだもの。
「えーっと……ほら、そうよ! 今サモラ王国には、お兄様とわたししか、王子や王女はいないでしょ? お姉様たちは他国に嫁いだって聞いたし。だから、もしお兄様に何かあったら、わたしが担ぎ上げられるんじゃないかって……」
「それこそいらぬ心配だね。魔女であるアサレアはこの国では害虫扱いだもん。表舞台に引きずり出されることはないよ」
おいこら、害虫はひどいでしょ!
わたしはむっと口を曲げたけど、ラロは意に介さず続ける。
「王太子に何かあった時のために、王位継承順位というものが設けられている。もしファウストに何かあったら、次の継承順位の人間が繰り上がりに……って、次って誰?」
「たぶんエミディオよ」
すると、ラロは「げっ」と顔をしかめた。
「それはそれで面白くないな」
あんた、本当にエミディオが嫌いね。わたしもだけど。
ラロはしばらく悩むように視線を落とし、ポンっと前足を合わせた。
「そうだ、王太子が死んだら、エミディオも葬ろう。そうしたら次の継承順位の人間が繰り上がるね! 次は誰?」
「クリストバルのお父様かクリストバルじゃない?」
「ちょうどいいね」
いやいや、なにがちょうどいいね、よ。
さすがに殺人はまずいはよ殺人は!
わたしとしても、その一線は越えたくないわ。
だって、気に入らないから誰かを殺すって、邪魔になったからわたしを火刑にしたエミディオの行動と同じだもの。同類に成り下がりたくはない。
「殺人は却下よ」
「いい案だと思ったんだけどな。じゃ、仕方ないから王太子を助けるしかないのか。やる気起きないな~」
本当に不本意そうに、ラロがぼやく。
「じゃあ、薬、作る?」
「うーん。さっきも言ったけど、虚弱体質なんて曖昧な診断が下っているこの状況でできることは少ない。だけどまあ、魔女の薬はよく聞くからね。栄養薬だけでも、多少は体力が回復するんじゃないかな? とりあえず死なれたら困るから、それで延命措置でもしておこう」
延命措置って……。
「クリストバルに、栄養薬ならあげるって渡してみれば? アサレアが関与していることは極秘にしてもらって、市販の栄養薬だって渡してもらえばいいじゃない」
それならまあ、わたしにまでたどり着かないかしら?
「クリストバルに言ってみるわ」
すると、ラロは両手を口元にあてて、にまにまと笑い出した。
「それにしても、クリストバルに言われたからって、いけ好かない兄を助ける気になるとか、アサレアも可愛いところあるじゃんか。なになに? デート中に狼に遭遇したせいで、吊り橋効果発動しちゃったのかな? その調子で、頑張って情緒を育てるといいよ」
ムッとしたわたしは、宙にぷかぷか浮いているラロをむんずと捕まえると、思いっきりくすぐり倒してやった。
「デーと違うし!」
「きゃわわわわわわんっ、アサレアやめて~‼」
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