病弱王太子の現状 1
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薬を作ったり、裏に種を撒いたニンジンが芽を出していないかしらと確認したりしながら四日ほどをだらだらと、いつも通りにすごしていたわたしの元に、クリストバルがやって来た。
一度目と二度目の人生の記憶では、クリストバルはこの日にやって来なかったから、もしかしたら未来がちょっと変わったのかしらなんて楽観的なことを考えてみたりする。
前の時間軸では、五日前にクリストバルとあんなにおしゃべりしなかったから、それで何か変化があったのかしらって思ったのよ。
まあ、そんな些細な変化で、わたしの人生が薔薇色に変化するなんて都合よく考えたりはしないけどね。
「どうかしたの?」
これまでのわたしだったら、クリストバルが来たってわざわざ出迎えたりしなかったんだけど……その、たまたま玄関にいたからね! 目が合って何も言わないのは感じが悪いもんね!
クリストバルの様子がなんというか……ちょっと気まずそうだったから訊ねたら、彼は歯切れ悪く「ちょっと……」なんて言い出した。
ま、玄関で立ち話をするのもなんだし、喉が渇いたから、わたしはクリストバルをダイニングに誘ってみる。
「今日はエミディオは来ているのか」
「いないわよ」
「そうか。ならよかった」
あら、エミディオに聞かれたら困る話なのかしら。
クリストバルの気配を察知して、ラロは隠れているだろう。
クリストバルにダイニングで待っているように言ってキッチンへ向かおうとすると、何故か彼もついてきた。
「なんでついてくるの?」
「茶を入れるんだろう? 手伝ってやる」
「わたしだって、お茶くらい入れられるけど?」
あんなもの、お湯を沸かしてポットに茶葉とお湯を入れればいいだけでしょ? 誰だってできるわよ。
「お前は大雑把だし、キッチンがどうなっているのか見たい」
「……あっそ」
大雑把で悪かったわね、と言い返そうと思ったけどやめた。いちいち言い返してたらきりがないわ。うんうん、二回も人生を経験したからか、わたしも大人になったものね!
キッチンへ向かったわたしは、適当に積んである鍋から小さそうなものを取ってお湯を沸かそうとしたんだけど、クリストバルが入り口に立ち尽くしているのを見て手を止める。
「どうかしたの?」
「どうかした、じゃない。なんでこんなに散らかっている……」
「散らかってないわよ、失礼ね。ここの山が鍋で、あっちの山が皿よ」
「何のための棚があるんだ! 棚に納めろ!」
「どこに置いたっていいじゃない、ちゃんと洗ってあるわよ?」
「あたりまえだ!」
ああっとクリストバルが頭を抱えて、わたしの手から鍋をぶんどった。
「もういい! 俺がする! お茶も、片付けも! お前はダイニングで待ってろ!」
何がそんなに不満なのかしら?
ま、やってくれるって言うのならいいけどね。
「待て。茶葉がどこにあるのか教えてからいけ」
「そこの引き出しにまとめて入れてあるわ」
すると、引き出しを開けたクリストバルが「袋のままじゃなくて瓶に詰めろ!」だのなんだのかんだのと、小姑っぽい性格を発揮しはじめたから、小言を言われる前にわたしはそそくさとダイニングに逃げた。
……まったく、あいつってば、あんなに細かくて将来大丈夫なのかしら? 結婚しても奥さん、嫌気をさして出て行くんじゃない?
そんなことを考えたけど、よく考えたらあいつの家は公爵家で、超お金持ちだ。本来、クリストバルやその妻が片づけやらなんやらをする機会はないので、クリストバルの小姑さながらの細かい性格は奥さん相手には発揮されないかもしれない。
ダイニングの椅子に座って待っていると、しばらくしてクリストバルがワゴンを押してやってきた。
……ワゴンなんてあったんだ。知らなかった。どこから発掘したんだろ?
ワゴンの上には白磁のティーポットと、ティーカップが二つ並んでいる。
わたしだったら適当なコップにどぼどぼお茶を注いでそのまま持ってくるんだけど、わざわざティーポットに入れて持って来たのか。
それから、ワゴンの上にはほかになんか美味しそうなケーキが乗っていた。
……真っ赤なイチゴに真っ白なふわふわクリーム! え? あんなものあったっけ?
ケーキに釘付けになっていると、クリストバルが苦笑する。
「薬の礼にお菓子を買って来ると言っただろう? これだ」
「それが王都の有名店のお菓子!」
「いくつも種類はあるんだが、イチゴの季節だからショートケーキにした」
そうねそうね、春だもの、イチゴの季節よね!
イチゴ大好き~!
ふわんと甘い香りを漂わせる美味しそうなショートケーキがわたしの目の前に置かれる。
すかさずフォークを握り締めたんだけど、クリストバルから「茶を入れるまで待て」とおあずけされた。
……お茶はあとでいいんだけど!
ケーキに釘付けのわたしの視界の端っこで、クリストバルが丁寧にティーポットからカップに紅茶を注ぐ。
「砂糖とミルクは?」
「砂糖だけで」
「数は」
「一つ」
ケーキから視線を外さずに答えると、くすりとクリストバルが笑う声がした。
いつもの馬鹿にしたような笑い方じゃない、優しそうな声にちょっとだけびっくりしたけど、今のわたしはそれよりもケーキのほうが重要だ。早く食べたい。
「ほら。もう食べていいぞ」
「いただきます‼」
ラロもお菓子を買ってきてくれるけど、焼き菓子のような日持ちのするものしか買ってきてくれないからね。
ついでにエミディオも、クッキーとかチョコとか、そういった類のものばっかり持ってくるから、ケーキなんてめったに食べられない。
……ん~! スポンジがふわっふわ! クリームがとろける~! イチゴも甘酸っぱ~い! 幸せ~~~~~~!
それにしてもクリストバルは律儀だわ! 本当にお菓子を買ってきてくれるなんてね!
「アサレア、食べながらでいいから聞いてくれ」
「うん」
頷いて、紅茶を一口飲んだわたしは、そのおいしさに目を見張った。
……あれ? わたしが自分で入れる味と全然違うんですけど?
美味しい。どうしてだ? 同じ茶葉なのに。
前の時間軸での人生で、エミディオと暮らしはじめてから美味しい紅茶を飲んだことはあるけど、てっきりあれは茶葉が高級だからだと思っていた。でも違った! 入れ方だ! ちゃんと入れたら、紅茶って美味しいんだ!
軽くショックを受けていると、クリストバルがこほんと一つ咳ばらいをした。
「先日の花粉症の薬だが、父上がすごく感謝していた。薬は今までも飲んでいたそうだが、市販のものと全然効き目が違ったそうだ。くしゃみも鼻水も出ないし、目もかゆくなくなったと言っていた。ありがとう」
「うん」
「それで、相談なんだが」
「花粉症の薬は売らないわよ」
オルティス公爵家でこっそり使う分はあげても構わないけど、それ以外に出すつもりはない。あの薬はラロが信用のおける取引先にのみ卸しているみたいだからね。
「そうじゃない。花粉症以外の薬も作れるのかと聞きたかった」
「そりゃあ作れるわよ? 今は花粉症の薬が儲かるからそれを作ってるだけで」
風邪薬も頭痛薬も胃薬も、ついでに便秘薬も作れますとも。使う薬草は違うし、ものによっては数種類の薬草をブレンドするけどね。
「では、虚弱体質にきく薬を作れないか?」
「虚弱体質って、具体的には?」
「長時間起きていられず、無理をすればすぐに貧血で倒れてしまう。食事も多くは取れないし、頻繁に頭痛や胃痛を起こしている」
「それが俗に虚弱体質って言うものなのかどうかは知らないけど、その話だけだと何の薬草が合うのかわかんないわね」
長時間起きていられないのは体力がないような気もするし、たくさん食べられないから貧血を起こすのだともおもう。
頭痛や胃痛は知らないけど、全体的に体調が思わしくないならそういうこともあるだろう。
「というか、医者に診せた方が早いんじゃないの?」
「診せたさ。だが、何をしてもよくならないんだ」
「ふーん。ちなみにそれ、家族の誰か?」
「家族ではないが親族だな」
こいつの親族って言ったら、王族なんじゃないの?
ちょっぴり嫌な予感がしてきたので、わたしはさらに訊ねる。
「それ、誰?」
「王太子……ファウスト殿下だ」
うわー、予感的中だよ!
つまりはわたしのお兄様ですね。名前しか知らない、会ったこともない人だけど!
わたしが嫌そうな顔をすると、クリストバルが眉尻を下げて頬をかく。
「お前が、家族にいい印象を抱いていないのは知っているが」
いい印象どころか、悪い印象しかないですね。
ついでを言えば、家族という認識すらないわ。
実の父親なんて、前の時間軸でわたしを嬉々として火刑に処してくれたわよ! エミディオに騙されたとしても、あんまりだわ。あんなやつ父親だなんて思えない。
「アサレア、俺がこんなことを言っても信じられないだろうが……、ファウスト殿下は、とても穏やかで優しい方なんだ。お前についても心配なさっている」
「信じられないわ」
もしそうなら、どうして前の時間軸で、火刑に処されるわたしを助けてくれなかったのかしら。
ぐさりとイチゴにフォークを指して頬張る。
もきゅもきゅと咀嚼しつつ、つーんと顔を反らすと、クリストバルが弱り顔になった。
「お前がそう言うのもわかっていた。信じろなんて言えないし、言うつもりもないが……、ここだけの話、いいか?」
「なによ」
「貴族の一部が、ファウスト殿下の虚弱体質は、実は魔女の呪いなんじゃないかと言い出している」
「へー。で?」
「で、じゃない。魔女を受け入れないこの国で、現在確認できている魔女はお前だけだ、アサレア。つまり、お前が疑われている」
「なんですって? そんなことをしてわたしに何のメリットがあるのよ!」
「もちろんそうだ。だが、そう言っている人間もいると言うことを知っておいてくれ。俺も父上も否定しているし、エミディオも同じく否定している」
エミディオのやつはあれよ。玉座を狙っているからお兄様が回復しない方がありがたいし、わたしが犯人なんて言われて処刑とか言い出されたら、わたしを妻にしていずれ王位に……という計画が水の泡だから庇っているだけよ。本心からわたしを助けようなんて思ってないわ。
「そうだとしても、もしもよ? わたしが薬を作ってそれで回復しなかったら、どうなるの? 万が一そのあとで王太子殿下が亡くなったら? わたしが殺したって言われない?」
「……その可能性は、否定はできない」
「でしょ。そんな危ない橋は渡らないわ。お兄様だって言ったって、会ったことも話したこともない人のために命なんてかけられないもの」
「確かにそうだな」
クリストバルは、無理矢理にでもわたしに薬を作らせたいわけではなかったみたいね。ひとまずそれについては安心したわ。
こいつは嫌味ばっかりいうやつだけど、一応はわたしの立場を理解してくれている。
でも、同時に、こいつはわたしのお兄様のことが、大切なのかもしれないわね。
苦しそうな顔で、わたしに向かって頭を下げた。
「作れとは言わない。だが、一つだけ……。もしこの先、どうにもこうにもならない事態になった場合、俺はまたお前に薬を頼むかもしれない。それだけは、理解してくれ」
どうにもこうにもならない事態……つまりは、お兄様が死ぬかもしれない事態になった時ってことかしら。
その時に頼まれたって、わたしは首を縦に振らないかもしれないけど、クリストバルが頼みに来るのを止めることはできない。
だけどやっぱりわたしはわたしの命が大切だから、嘘でも、どうにもならない事態のときは作ってあげるわよなんて言えなかった。
……もう、死にたくないの。
ラロが、わたしの逃亡資金を貯めてくれているって知った今。
わたしは何としても逃げて、幸せに暮らしたいのだ。
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