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やり直し魔女は、三度目の人生を大嫌いだった男と生きる  作者: 狭山ひびき
第一部 三回目の人生

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これは薬草採取でデートではない! 5

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 ラロは本当にごちそうを買って来た。

 呼ばれてダイニングに向かうと、テーブルの上にたくさんの料理が並んでいてわたしは目を丸くした。


 ……どうでもいいけど、そんな小さな体でどうやって運んで来たのかしら。

 本当にラロは謎が多い子犬である。

 機嫌がよさそうにもふもふのしっぽを左右に振りながら、ラロはわたしに席につくように言う。


「では、アサレアの盲目が治ったことをお祝いして、かんぱーい!」


 ラロが前足でコップを抱え持って掲げた。

 ちょっと腑に落ちないものを感じつつも、わたしもジュースの入ったコップを掲げる。


「かんぱい……」

「ほらほらアサレア、元気ないよ! 食べて食べて! 失恋にはやけ食いって昔から相場が決まっているからね」

「失恋違うし!」


 いや、違わないのか?

 エミディオの本性に気づいて恋心が砕け散った……のだから、一応失恋に分類される?

 いやいやでも、なんか癪だし!

 失恋じゃなくて、目が覚めたのよ。うん。失恋違う!

 だけど、目の前のごちそうは美味しそうだから、もちろんお腹がはちきれるまでいただきますけどね!


「ところでラロ、わたしが作っている花粉症の薬だけど、どこで販売してるの?」

「僕が信頼できる相手を通してるから大丈夫だよ。ぼったくられてないし、安心して」

「そんな心配はしてないけど。ちなみにだけど、あの薬っていくらになるの?」


 そういえば、「いいお金になる」とは聞いていたけど、いくらになるのかは知らないのよね。

 わたしはすぐに部屋を散らかすから、お金はラロが別の部屋で管理している。

 わたしもその部屋に入ったことはあるけど、部屋のクローゼットの中に金庫が置かれていて、その中に金ぴかの硬貨がたくさん詰まってたわ。あれって金貨だと思うのよ。

 自分でお金を使ったことがないから価値は知らないけど、世の中には銅貨と銀貨と金貨があるってことは知っているわ。金色だから金貨のはずよ。


「あれは、十粒で金貨一枚で買ってくれるよ」

「ふーん。その、金貨一枚ってどのくらいの価値があるの?」

「そうだね。ここにあるごちそうを、十回買えるくらいかな」

「え⁉」


 わたしの手からぽろりとフォークが落ちる。


「ちょっと待ってよ! じゃあ、え? もしかして、わたしって今、とってもお金持ち?」

「そうだよ? 王都の一等地に大きなお邸が買えるくらいは貯まっているよ?」


 信じられない。

 わたし、貧乏暮らしをしていると思っていたんだけど、実はお金持ちだったの?

 え? じゃあ何で裏庭でせこせことニンジンとか育ててるのわたし?

 そんなにたくさんお金があるなら、美味しいご飯とか美味しいおやつとか食べ放題なんじゃ……。


「ラロ」

「ダメだよ。あれはわけあって貯めてるんだから」

「もとはと言えばわたしの作ったお薬の収入でしょ」

「僕はアサレアのために貯めているんだから、別にいいんだ」


 意味がわかんないんだけど。

 わたしのためにそんなに大金を貯めて、ラロはどうしたいのかしら?

 こんなところに閉じ込められているわたしが、大きなお邸を買えるわけでもないし、もし買えたとしても簡単にお引越しはできないはずだ。許可が下りない。


「わたしのためって言うなら理由を教えてよ」


 別にね、ラロを疑っているわけじゃないのよ。

 ただ、わたしのことなのにわたしが知らないのが気に入らないだけ。

 ラロはステーキを前足で持ってもぐもぐと食べながらじっとわたしを見つめた後で、肩をすくめてみせた。


「ここから逃げる時のために貯めてたんだよ」

「逃げる?」

「そうだよ。まさかアサレア、このままおばあちゃんになるまでここで暮らすつもりでいるんじゃないよね?」

「そうなんじゃないの?」


 一度目と二度目の人生ではエミディオの求婚を受けてここから出たけれど、それで早死にするんじゃ意味ないし。

 だったらここで悠々自適にのんびーり暮らしたほうがよくない?

 ラロは口元をひくつかせ、食べかけのステーキを皿の上に置いた。


「信じられない! アサレアはちょっと能天気すぎやしないかな。こんなところにいつまでも閉じ込めらることをよしとしているなんて、普通じゃないよ! 僕ならとっとと逃げ出すね! でも、先立つものがないと逃げた先で苦労するだろう? だから貯めてるの!」

「あんた、犬のくせに堅実なのね」

「犬じゃないから!」

「はいはい、伝説の聖獣フェンリル様よね」


 どこをどう見たって、そんな御大層なものには見えないけどね。

 でもそっか。逃げ出す、ね。それは考えたことがなかったわ。

 わたしはエビのフリットを口に入れつつ、ちょっと考える。


「ねえ、ちなみにだけど、どこに逃げるつもりだったの?」

「そんなの決まってるだろ、マダリアード帝国だよ。あそこなら魔女を保護してくれるから。魔女なら入国審査も結構緩いし、市民権もすぐに与えてくれるからね!」


 マダリアード帝国は魔女を保護している大国だ。

 女王陛下が魔女のため、魔女にとっても優しい国である。


「帝国に行ってお金を帝国の通貨に換金した後で豪邸を買って悠々自適に暮らすんだ!」


 それはまた、すんごい夢である。

 マダリアード帝国まで、ここからどれだけ距離があると思っているのか。


「移動に結構時間がかかるわよ?」

「別に大丈夫だよ。西側の諸国のほとんどがマダリアード帝国の属国だ。エチェリア公国に逃げて、そのあとで属国を渡りながら帝国を目指せばいい。属国も帝国と同じく魔女に優しいから大丈夫だ」


 なるほどねー。

 ここから逃げて他国に渡るのはそんなに簡単な事じゃないと思うんだけど、ラロが言うととっても簡単に聞こえるから不思議ね。


「アサレアはさ、今のこの環境に慣れすぎているんだよ! すっごく不条理なことをされているってわかってる? いつまでもサモラ王国の連中の言いなりになって、こんなところに閉じ込められている理由はないんだ。そもそも、僕はサモラ王国の王族連中は大嫌いだからね!」

「わたしも一応王族なんだけど」

「アサレアは例外! クリストバルと、オルティス公爵家の連中は王族の割に悪くないから、あいつらも例外だけど、それ以外は大嫌いだ」

「ふーん」


 ラロとサモラ王国の王族たちの間に、何かあったのかしら?


 わたしが生返事をすると、ラロがびしっとわたしに向けて前足を突きつける。


「アサレアもわかってない! この世界から魔女がいなくなったらどんなことになるのか、馬鹿なサモラ王家は理解してないんだ!」

「どんなことになるの?」

「あのね、アサレア。この世界には、魔女の技術で作ったものが溢れているんだよ。魔道具は全部魔女が作ったものだし、アサレアが作っているように、特別な効果がある薬も全部魔女たちの手によるものだ。ただの人間には真似できない。魔女がいなくなるとね、この世界は途端に不便な世界になるんだよ」


 そうなんだ。

 そう言えば世の中には魔道具ってものがあったわね。すんごい高価だし、ここにはないから実際に目にしたことはないけど。


「いいかいアサレア。サモラ王国はね、本当に愚かなんだよ。魔女を差別して毛嫌いする癖に、他国から魔女が作った魔道具とか薬を輸入している。魔女の力に頼っているくせに、やっていることは矛盾しまくりなんだ。愚かしいにもほどがある。そんなやつらのために、いつまでもここにいてやる必要はないよ! 馬鹿なあいつらのことだから、もしアサレアが薬を作れるとわかったら、こき使って金儲けとかするはずだよ!」

「クリストバルにばらしちゃったわよ?」

「あいつはいいんだ。口が堅そうだし、信頼できるから」


 ラロのクリストバルへの評価って高いのね。


「魔女はね、この世界のために神々が特別な力を与えた選ばれた人間なんだ。敬うこそすれ、虐げていい存在じゃない! 時代が違えば『聖人』とか『聖女』と呼ばれていた存在だよ!」

「いつの時代の話よ」

「千年くらい前かな」

「……あんた、いったいいくつなの?」


 平然と千年前の話をしないでほしいわよ。びっくりして目玉が飛び出しそうになったじゃない。


「とにかく、アサレアは一刻も早くこの愚かな国を出るべきだ。だけど旅の資金とか帝国で一生優雅に暮らすにはまだお金が足りないから、もう少し辛抱してて。数年先には充分な資金が貯まるはずだから!」


 本当に堅実な犬だわ、ラロは。


「ラロがそういうなら別にいいわよ。旅をするのも面白そうだし」


 でも、そうなるとエミディオへの報復計画を早く立てなきゃね。一泡くらい吹かせてやらないと気が収まらないもの。


 ラロは食べかけていたステーキを再びもぐもぐしながら、帝国で噴水とプール付きの大豪邸を買うんだからと、これまた壮大な夢を語ってくれた。





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