8 ――巫女みこフォース――
「東洋……と言いますか、この国では元より『邪を払う』戦い方を基礎としております」
穏やかな昼下がりに、綺麗に整う『ニュー本殿』で如月が語り始めた。
「皆様方の、敵と同等の類の力で打ち払うという代物ではなく、むしろソレと対極に位置するが故に、その力が”適当な者にのみ”ですが、威力を発揮します」
背筋を伸ばして如月は述べた。そうしてハイドは、その言葉を今まで見てきた彼女の戦い方に照らし合わせて、脳内補完する。
「なるほど、ステキだなその力は。世が世なら英雄にもなれる力だ」
「いえ、この国は広いです。大陸と比べると確かに小さい、滑稽と思われるほどの島国ですが、それでも、私より強い者はごまんと居ります」
ハイドの、本気とも世辞とも取れる台詞に照れた笑いを浮かべる。それでも見せる謙虚な姿や発言は、彼女の人間としての出来を見事に表していた。
そんな初々しさに、周囲の女性には無いものを新鮮だと感じたハイドは、こんな娘さんが1人で大丈夫かなぁなんて、憂いを持つ瞳で眺めていた。
――――本殿の修復は午前の内に終了。他に何か困っていることは? と聞いたのだが、彼女はいつもの笑顔で「特には」と答えたので、自由解散。
ソウジュは宿に戻り休憩、アオもそれに着いて行った。シャロンは買出しに行き――――。
「わ、わたしはキサラギさんが一番強いとおもいますっ!」
「あら、ありがとうございます。ノラさんもお強いですよね。是非その秘訣をお聞きしたい程です」
「えっ、ほ、本当ですか? 実はですね……」
ノラはハイドの横に真似るように座り込んで、如月のお世辞に見事乗せられている。そして今までの修行などを話し始めていた。すごく自信ありげに。
彼女がノラでなければ酷く滑稽に見えただろうが、彼女はただでさえ年齢より幼く見えるので、その様が、更に可愛らしさを際立てていた。
「――――というわけなんですよ! 泳げない人が、海に落とされると本能的に泳げるようになる原理です!」
フフンとノラは得意気に鼻を鳴らす。そんな大人びた仕草が、自身の幼さを助長しているとも気づかずに。
「なるほど、素晴らしいですね。それではお返しに、と言うにはおこがましいほど質素なモノですが、私の国の戦闘技術をお教え致しましょう。これは秘密ですので、黙っていてくださいね?」
ほんのりと紅色に染まる唇に人差し指を立て、片目を薄く瞑りながら如月はノラを見つめる。彼女は彼女で、幼くも大人っぽくも見える忙しい人物であった。
そうしてノラは如月に誘われるままに、本殿の奥へと歩み寄っていった。図らずとも暇を弄ぶハイドは、仕方無しに自分が作り上げた屋根を見上げて1つ息を吐く。
「火鳥っ!」
天井を見上げていると、不意に迫る不穏な気配。凄まじい速度で飛来する、魔力と似て非なる特殊な気。――――これは一体なにごとぞ? ハイドは思いながら前を向くと、そこには凄まじい速度で接近する紅い何かがあった。
刹那――――そう形容するのも失礼な程、より早く、それはハイドの顔面に直撃する。
凄まじい熱が、轟と唸るの炎がハイドのその優しげな表情を燃やし始めて――――声も出せず、呼吸も出来ない悪夢が彼を襲う中、それでも折角直した本殿を傷つけまいと、無意識の内にその身体は外へと飛び出していた。
参道に身体がうちつけられる。即座に氷雪系魔法で顔を冷やし、凍らせ、火傷に対する応急手当をしていると、
「で、出ました!」「うふふ、流石ですノラさん」
だのと、穏やかそうな声が耳に届く。とんだ、とばっちりだと吐き捨てながら、ハイドは立ち上がって本殿へと戻っていった。
「おい、課長だか火鳥だかしらんがな――――」
「疾風っ!」
飛来する真空の刃は、狡猾にもハイドの首を狙う。
「っ! ――――疾ィッ!」
ハイドは中指と人差し指を纏めて立てて、虚空に縦一閃を描く。
その瞬間、ハイドの眼前には透明な障壁が刹那の時間に展開され、その直後に真空の刃が衝突かるが――――その斬撃の意外すぎる威力に、障壁は破壊された。
ガラスのように砕け散る障壁が空気中に溶けていく光景が、夢のようにも思われた。
勿論、向こうの攻撃も消え去ったのだが――――ハイドは生きた心地がせずに、そのまま尻餅をついてしまう。
『短縮』は、今のような動作と一言の合図からなる、魔法の速攻発動である。魔術師のみで形成される町ウィザリィでは当たり前のことであったようだが、魔法を主としない者には割合に習得するのは難しい。
それは魔法の効果や威力が強ければ強いほど難易度が上がる。
魔法はその名前が詠唱分を含める故に、その名を呼ばずに発動するのは、術者自身が魔方陣やら、必要な魔力量、魔法の効果や威力、詳細な攻撃範囲や効果範囲など、全てを理解、記憶していなければならない。
ソレが故に、短縮を多く持つものは、ソレに比例して強いと判断してまず間違いが無いのだ。
――――ハイドは立ち上がりながら、精一杯に言葉を放つ。これ以上の被害は御免被りたいが故の、注意、警報、警告なのだ。
「周りを見て」
「氷塊っ!」
大きく開けた口に、すっぽりと収まる氷はそのままハイドの口に突っ込んだかと思うと、そのまま上あごを支点に、彼を背後に吹き飛ばした。その最中にも拳大の氷塊がハイドを嬲っている。
怒りよりも先に――――情けなさがハイドを包み込んでいた。
明らかな敵意を持つ攻撃ではなく、試したら出てしまった、という程度の攻撃にのされる自分が酷くみじめであったからだ。
ばちーん! と馬車に轢かれたカエルのように参道に張り付くハイドは、伏せたまま、
「周りを見ろよっ!」
精一杯叫んで、転がりながらその場を後にするしか手段がなかった。また特殊攻撃が来たら怖いので。
巫女戦闘術恐るべし。この国に来て学んだことはそれだけであった。




