2 ――牢獄地下3階――
ウィザリィを包む眩い光を放つ爆発。ソレが起こる前。
街の端っこにある地底牢獄、その3階でも同じように大変な戦闘が行われていた。
――――地下2階の敵に不審がられないように仲間の1人を置いて置くほうがいいという提案を受けて、メノウはしぶしぶメアリーを目的地の1つ上の階においてから、1人寂しく目的地へ。
懐かしいと、メノウは感じながら狭い通路を歩いて、1つしかない扉を開いた。
血生臭い。湿度が高いが、室温が低いためにそう気にはならないが――――やはり、いつ見てもそこは気分が悪くなる。
メノウはそう頭を抱えながら、様々な道具が配置されている部屋の中へと入った。
三角形に組み立てられ、足の付いた積み木のような木馬。血のりで本来の道具として使用不可能なのこぎりは乱暴にバケツに突っ込まれている。
針だらけでおぞましい椅子に、壁に下げられる鉄球や鞭、はさみ等の道具一式。
そんなものが並ぶそこは、拷問部屋であった。
わけあってお世話になったメノウは二度と来ることは無いであろうと思っていたのだが、まさか自分の意思で戻って来ようとは夢にも思っていなかった。
そんな道具たちが適当に配置される奥の壁。扉の正面、薄暗い照明がなんとか届くそこに――――彼女達は居た。
擦り切れたローブだけを纏うが、それは単に肩に引っ掛けているだけ。服としての機能を果たしていないばかりか、無様にその裸体をさらけ出していた。
「……いつ見ても、最低なやり方ね」
広い個室に、軽蔑しきった冷たい声が響く。そんな声に、エルフ族特有の長い耳がピクリと動いて――――彼女は顔を上げた。
その動作は酷くゆっくりで、今にも、力が抜けて意識を失ってしまいそうな様子だったが、それでもメノウに向けるそのまなざしは、強い生気をともらせている。
「……それ以上、近寄ると殺す」
突き刺さる殺気。蟲の息とは思えないほどの気迫。それが、『傭兵シャロン』であることの証明である。
「安心して、私はあなた達の敵じゃないわ」
1歩、音を鳴らして前へ進むが、
「止まれッ!」
怒号がメノウの動作を停止させた。
尋常じゃない怒り。その叫び声は暫く、部屋の中に反響した後、ようやく消える。
だが――――メノウはそれで、ようやく彼女の意図に気がつくことが出来た。
「私はあなた達を助けに来たのよ? ”敵を退けて”……最も、この役目は私じゃなかったのだけれど」
そして1歩、彼女はわざと大きく足を鳴らして――――飛び退く。それと同時に、メノウが居た場所に辺りを照らす炎が放たれた。
その炎はそこに留まろうとせず、蛇のようにメノウへと迫るが――――それに対してメノウは手をかざし……。
「炎滅」
何の魔法も紡がないメノウの腕にその炎の蛇は纏わりついた、その時にメノウが呟いた。
その言葉に、炎の蛇は姿を崩し、空気の中へと溶けていく。熱気が顔に纏わり付いて、またすぐに消える。
蛇が絡みついた腕は、それでも服を焦がすことさえしなかった。魔法の法衣はソレほどまでに頑丈だと、身を挺してまで伝えていた。
「相変わらずなやりかたねぇ、飽きないのかしら? ”アオちゃん?”」
完全な闇と化す、天井の四隅。その左奥を睨みながら、メノウは掌に光を魔力を収縮させる。
呼ばれた『アオ』は、降参するように、仕方なくといった風にそこから飛び、メノウの前に着地する。
だがその鋭い眼差しには、いまだ絶えぬ殺気が宿っていた。
――――アークバが言った、『牢獄の看守は男しか居ない』というのは真赤な嘘。収容する犯罪者には、面倒な問題ごとが起きないように同姓が付くことが決まりになっている。
アークバが嘘をついたのは、ハイドの闘争心を沸騰させるためだったのだが、彼は今、ここには居ない――――。
「また私に、お仕置きされに来たのか? マゾヒストめ、気味が悪い」
いつもの”虚勢を張った”喋り方。
彼女は自身が強いことを自負していたが、また一方で、精神的な弱さがあることを認めている。
それを隠すために、強い、男のような口調をしているのだが――――メノウはその全てを知っていた。
「あら、もう忘れてしまったの? 最後の手痛いしっぺ返しを」
とぼけたように、メノウは掌の魔力の固まりを握りつぶして、ソレを霧散させる。
「悪いけど――――アナタに構っているお暇は無いのよ」
一度手を開き、また力強く拳を作る。
何かを察したアオは急いで、来るであろう『何か』を避けようと身体を動かすが、動かない。
アオは既に、彼女の術中に嵌っていのだ。
霧散した魔力が、彼女の四肢の首辺りで硬化し、強制的に身動きを取れないようにする。見事にソレを成功させたメノウは、さらに両手を体の前で重ねるように構えた。
ソレを見て――――アオは驚いたように眼を見開く。その反応が、予想通りのものだったのか、メノウはくすりと肩を揺らした。
「まさかその状態で、ほっといてもらえると思ったの? まさか、『去年と全く同じ事になる』とでも思っていたの?」
「き、さま―――――」
「残念、アナタが私を殺せるのは、『怨み』か『呪い』でしか可能でないわね」
その先に、魔力が集中する。ハイドが雷槌を放つ動作と同じ構えで、彼女は魔法を紡ぐ。
「風帖――――」
その瞬間――――魔法は強制的に取り消された。
全てをかき消す轟音と共に。
その背後の天井が、崩れる騒音と、振動と共に――――。




