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第6話『役立たずの勇者様』

逃げた、と言ってもそれは背後に回っただけである。一瞬にして後ろに移動したハイドは剣を抜き、宙を浮く4体のそれらの頭に剣による一閃をはなってみせた。


白刃は煌めき、仮面を破壊していく。仮面のその奥、顔が、頭があるべき部分には何も無く――――だがそれらは、上っ面を破壊するだけでそのローブから立体感を消し、布を風にはためかせながら地面に落ちていった。


――――やがて残るのは、後回しにされた魔道式人形、いわゆるゴーレム。


ゴーレムとは本来非力な魔術師やらが、物理的な威圧から守るために生んだ自身に従順な無機質な兵士なのだ。


故に、こんな感じではぐれているゴーレムは、実ははぐれては居らず、どこかで操作されているという考えが、一般的な常識。


今目の前にしているソレよりも遥かに大きいゴーレムがただ鎮座しているだけなのは、術者が操っていないから。そこから、上記のような考えが生まれるわけなのだが。


「……他の気配はないな」


そう、無いのである。


魔術師の気配が無ければ、このゴーレムを操るほどの魔力を持つ魔物の気配も無い。動かす以上、魔力を必要とするので、隠すことは不可能。


だから、近くに居れば直ぐに気づきそうなものなのだが、辺りには何の気配も無い。


ならば、超遠距離から操作できるすごい魔術師が操っているのか、はたまた一定の魔力を込めてシステムを作れば自動で動き出すゴーレムなのか。


なんでもこの先には魔法結社という、魔法を専門としているっぽい名前の町があるのだ。いや、名前というか、通称。


だから、前者か後者。どちらが正解でもなんら可笑しくは無い。


おかしくはないが、そんなものが存在していたら随分と苦労するからそんなのは嫌だなと、ハイドは考えた。


石造りのゴーレムだ。ノラの弓は通用しない。通用するにしても、眼の部分の宝玉を狙うくらいだ。


核があんなあからさまに出ているはずもないし、遠距離兵がこんな至近距離で遠距離攻撃をするのもなんだか変。


火竜の剣ならば、石を切るくらいなら刃こぼれも傷つきもしないだろうが、腕力に一抹の不安が残る。


魔法で強化すればよいのだが、フォーンによればここから一日ばかりの行程があるという。


それなのに全力に近い力を出してしまったら、この次地平線から数百体のゴーレムが一斉に出てきたらどうするのだろうか。


故に、頼りになるのはシャロン。槍も大剣も、斧もハンマーも弓も鎌も銃器も投石も格闘技もなんでも出来るマルチウェポンにお願いするしかないだろう。


だが勇者が何もせず、真っ先に仲間に頼るのはいかがなモノだろうか。恥ずかしい、いや、情けない。


故に、ハイドの考えは身体に直結した。


――――魔力で脚力を強化した後、高く飛びあがり、ゴーレムの肩に乗り移る。


ローブの魔物を倒してから数秒後の行動であった。


そうして、ハイドは座り込みゴーレムの頭に手を載せる。


「なぁゴーレム、人は何故争うのか、わかるか?」


はっと息を吐いて、「俺にはわからん」


ハイドはそれだけ言って再び立ち上がり、そこからシャロンを見下ろした。


妙に高い位置から見下ろすシャロンは、高くて表情がうまく見て取れないせいか、呆れた顔をしていた。恐らくそれは見間違いだろうと、ハイドは声を掛ける。


「コイツってどう倒すんだ?」


「ゴーレムは倒しても術者が生きている限り何度でも蘇るから倒すのは無理」


彼女はしれっと言って、早く降りてくるようジェスチャーをする。ハイドはそりゃ大変だと、そこから飛び降りた。


だがゴーレムの反応は何もない。だが何かを探すようにその瞳のような赤い宝玉をキョロキョロと動かしている。


ハイドはそれを、特に害はないとみなして、背を向けてその場を後にする。


「――――わたしの華麗な復活祭りを邪魔しないで下さいよっ」


そんなことの直ぐ後で、ノラはぷんすかとお怒りモードでハイドにつっかかっていた。


「あぁごめん、小さくて忘れてた」


頭1つ分ちょっと小さいノラの頭頂を見下ろして言うと、ノラは更に怒る。


「身体的特徴を皮肉に使うのは卑怯です」


「そうだな」軽くあしらい、ハイドは前を向く。


すると――――空から何かが降り注いだ。隕石か? いや、それだったらただじゃすまないだろう。だがそれは違うようだった。


放物線を描くように、遠方から飛んで来るソレは一行の前に降り立ち、その姿を見せ付ける。


それは人であった。


羽織る青いマントは風になびき、インナーに着る、斬新過ぎるぴちぴちのスーツが露になった。大きく膨らむ胸のふくらみ、きゅっと締まったくびれに、程よい太さの太もも。


地面に突き刺し、手で支える杖は等身大程。開いた手は偉そうに腰に当てられて。


何かを勘違いしたような痛々しい衣装を身に纏う少女は、セミロングの髪をかきあげてから口を開いた。


「……去れ。貴様達はこれより先に立ち入る資格は無い」


大人びた台詞は若い女の声で紡がれる。アンバランスさがその魅力を引き立てるが、ハイドは兎も角と、そんなわけのわからぬ状況を打開せんと、負けじと言葉を返した。


「死角? あぁそらーよ。最強だ」


フンと鼻を鳴らすハイドを見据える少女は、言っても分からぬかと、杖の先端をハイドへと差し向ける。


「阿呆には直接身体に教えるが早い……縛炎魔術、9之式『粘着炎いばら』」


杖の先がにわかに紅く燃えると――――そこから炎が半円を描くように跳んで来た。


ハイドは背後に退いて回避しようとするが、炎は地面を這わず、宙を滑る蛇のようにハイドを追って、やがてその身体に巻きつき始める。


焼ける炎が、意思を持つかのように身体を包み始めていくのだ。炎は広がらないが、転がっても決して消えず。


そうしてどこかで見たことのあるようなこの魔法に対して、仕方なく相対することにした。


辺りに魔力を放出し、そしていつものように、「絶対零度」と呟く。


それに答えるように動く魔力は辺りの空気を冷やし凍らせ、やがて炎は鎮火される。


アチチと、ハイドは患部に回復魔法を掛けながら、前を見据えた。


「なるほど。『この程度』ではまだ分からぬという事か。ならば――――」


少女が言葉を紡ぎ、さらに新たなる魔法を紡ごうとした瞬間。ハイドの魔力は突如として爆発的に増加し、そうして一瞬にしてハイドはその場から姿を消した。


――――そうして、背後に回るハイドは少女の首筋に剣をつきたて、脅すような声を放つ。


「お前は離れない炎をはなった。下手すりゃ焼け死ぬし、よくても皮膚は再起不能になる。つまり、殺すつもりで来たって事だろ?」


眼を見開き、見えないハイドを記憶で見る少女は喉をゴクリと鳴らし、杖を持つ手に力を入れる。


と同時に、切っ先は少女の首筋に食い込んだ。柔らかな肉を切り裂き、鮮やかな血を流す。


ハイドは続けた。「なら、殺される覚悟は出来てるってことだな?」


あくまでハイドは勇者である。勇者は弱きを助け、強気をくじく存在。人間に対しては平等で、悪党にしか手を出さず、勿論女子供になんて絶対手を出さないフェミニストの権化。


だがそれを関係ない、俺は俺、それはそれと区別するハイドから放たれた言葉に、辺りは余さず戦慄した。

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