表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
140/142

12 ――彼の決めた道――

サングラスの男――スミス――は遂に、自身の足では立てなくなるほどの重傷を負って、その地面に這いつくばった。


これはシャロンが与えた傷ではないし、そもそも彼は痛がってなど居ない。スミスは倒れても尚起き上がり、足で身体を支えようとするのだが、自身の重さに耐え切れず、また足は骨を砕いて身体を地面に叩き付けた。


スミスはそこで、ようやく戦うのを諦め――――骨のへし折れている拳からゆっくりと力を抜く。


シャロンはただのけん制で出していた槍を亜空間にしまいこんでから、彼の執念と身体の秘密を得意気に口にし始めた。


「頭を弄られて魔族に近い脳力になった。人の脳は自分の身体を護るために、無意識に制御しているらしいからね――――その制御リミッターが外されて、魔族のような力と能力を得た。その代わりに痛みを感じなくさせられたみたいだけどね」


加えて言うならば、主人マートスを護るようにも刷り込まれたのだろう。シャロンはそう言ってスミスを見下ろすと、ソレは不思議なくらい穏やかな顔――――何かを企みそれが半ば成功したというものではなく、素直に負けを認めたというような表情を見せた。


「街の人間も実験体にされたが、精神の面で克服できなかったようで、あっというまに死んでいった。俺の仲間は生き残ったようだが――――脳を解放しすぎて、自我を保てずにあんな化け物に……」


「アンタも十分化けモノだけどね――――それは別にいいんだけど、そこまでする技術も何も、この国とあのマートスには無いはずだけど」


シャロンは大体の予測が付いている。だが確信を持つまでそれが絶対だとは信じないのだ。予測で行動して、良い結果になったためしが一度も無かったために、シャロンはそんな思考を持つ。


だから質問をすると、男はフッと鼻で笑い、


「酷い言い様だな――――。今からあの男がそれを聞き出すだろう。耳のよさそうなお前は、聞き取れるだろう?」


「へぇ、自分の主人を護らないんだ」


「今でこそ奴をご主人様だと刷り込まれているがな――――魂にはしっかりと、自分の信じる主は居る。心は、頭にはないのさ。だからこそ、心までは弄れない。弱ったことに俺の頭はお前のせいで、随分と馬鹿になってしまったようだしな」


痛みを感じない故に浮き出る余裕は、本来その状況には似つかわしくない笑いを誘った。スミスはクツクツと肩を震わせ、シャロンはそんな男を尻目に、魔族なのか魔人なのか、未だ判然としないハイドの行動を見守ることにした。





「驚いたな、自分の事より仲間の事を心配するとは。いや、最終的には自分のためだから、自分の心配をした事になるのか……?」


ハイドの姿に驚くことも無いマートスは玉座に腰を掛けたまま、悠々とその場へと収集していく光景を眺めていた。


ノラの出した最終的な答えも予測済みで、スミスが結局無力化されることも予測済み。そういったことが態度で見えるマートスであるが、隠し玉はもう底を尽きている。


それは彼自身がよく知っているし、自分にとっての救世主がサッと参上してくれるなどという幻想も抱いていない。


彼は常に現実だけを、狡猾に舌舐めしながら見据えているのだ。


「もう慣れてるし、正直人間よりもこっちの方が楽だしな。妙な法律も糞ッ垂れな常識も、この姿になれば全部関係ない」


人間が自国の王を殺せばその者は家族親類諸共吊るし上げられ、またそのようなことが起こる時点で国は廃れる一方。協定を結んでいた国からはそれだけで見捨てられ、一挙に孤立する。


だが魔族がそうすれば、反応は全く違うことになる。人間は躍起になってその魔族を探し、捕らえ、見せしめるように殺す。家族親類が無い魔族相手の報復はそれだけである。


他国からの反応も、魔族に殺されたのならば仕方ないと協定は続き、そして魔族に狙われた国だと言う事で団結はより強いものになる。


「だがお前は国民皆が見てる前でサミュエルが殺さなくちゃあならない。俺が出て行きゃ話はこじれるからな」


国は人間で構成される。亜種族と呼ばれるエルフや獣人なども漏れなく人間に含まれるが、魔物と魔族は除外されている。


だから国は、人間の力によって平和を作り上げなければならないのだ。異端分子イレギュラーによって平穏が作られれば人間の面子が潰れ、彼等が真に歯向かうものを見失ってしまう。


それぞれが共に反発しあう関係は絶対的なモノであるが、それ故に、それぞれが必ずその関係を維持しなければならなくなる。


本当の世界の崩壊とは、魔王が世界を支配することでもなく、人間同士の争いでもなく――――その関係が崩れることにある。


だがその先には未知の何かが待っている。均衡が崩れ、共に手をとり助け合う時代――――そこには何かがあって、何かが無い。


それは遥か遠い未来の話であり、またそれは人の予想を上回る理想であった。


「この国に流れ着いて、王になって、お前は一体何をしたかったんだ?」


人体実験をする権限を得るにしても、彼はそもそもそんなことに興味があるようには思えない。どちらかというと、その研究成果を念のために自分の従者にしておこうと、適当に考えるだけ。


何かを解明し、作り出すなんて事は誰かに任せるような男であった。


その為に、彼の思惑が、目的が、一切判明しない。


「王になって見たかったし、研究者にもなってみたかった。圧倒的な権力で民を苦しめても見たかったし――――そんな悪帝を懲らしめて見たいとも思った」


額に浮かぶ脂汗の一筋を流し、ポケットから出すハンカチでソレを拭いながらマートスは続けた。


「勇者の運命にあった貴様には分からぬとは思うがな、普通の子供には無数の夢があり、また未来がある。貴族の俺も、そうだったようにな――――だからそれを叶えた。そのための手段なぞ選ばなかった」


子供の頃を思い浮かべ――――自分の夢は勇者だったと、世界の英雄だったと言う事を思い出しながら、ハイドは彼の言葉に耳を傾ける。


「最初にした事は、悪徳大臣の処刑だった。新たな王――つまり俺――を阿呆だと見くびり、へつらうことなく、ありもしない民への課税とありもしない罪を書類で見せつけてな。落ちぶれ貴族の俺の姿を隠したサミュエルだったが、そのせいで俺はそうに見られていたらしい」


マートスは続ける。次にしたことは民の選別。より強い正義を持つ者の選別。民をだまくらかして違法な金額で物を売り払い、また一度でも罪を犯したものなどは全て処刑したり。


だがそうすると、民は一斉に『反逆』という重罪を自ら被り始めたので仕方なく処刑し続けた。


そんなとある日に、とある国から――――噂を聞きつけた老魔術師が現れて言ったと言う。


「『命は粗末にするためにあるものではない。どうせだったら私の思惑通りになってはみないか』とな。そこで俺は、ソイツから研究技術を貰い受けた」


その結果が、スミスだという。恐らくその老魔術師はアークバで――――決して新しいことを発見する研究をさせたのではなく、理論上は出来るという事を実験させただけだろう。


魔族の身体と精神を解明する一方で、その能力自体を判明させる。出来るか出来ないか、それだけで判断した後、それがどんな原理でどうなっているかを調べればいい。


ハイドの頭の片隅で、恐らくそんなことだろうと考えが閃いた。


マートスは苦労したと溜息を吐いてから、言葉を紡ぐ。


「だが、欲張りすぎた結果が――――これだ。役立たずは旅の中で死ぬと聞いたんだがな」


「……お前もまた確信犯って事か?」


「俺は俺の正義を貫いた。少なくとも国を悪くしようなんて事は考えなかったし、研究も人間進化のためだと信じてやまなかった」


「サミュエルを生きたままお棺に突っ込んだだろ」


「言ってるだろう。俺は自分の信じることをしただけで――――」


マートスは語尾を強めながら懐へと手を突っ込んで、


「貴様と違い、最後まで俺は俺を貫くッ!」


そこから振りぬかれる手には球状の何かが握られており、ハイドがソレに反応すると同時に投げられた球は、彼に向かうことなく地面に叩きつけられた。


球が強い衝撃を受けて甲高い音を鳴らす一方で、ソレは眩く光りだしマートスを光のシルエットに包んで行き――――一瞬にして姿を消した。


「なっ、逃げられ――――」


「奴はそんな見苦しい真似はせんよ」


ハイドの言葉を遮るのは、正装で身を包み、儀式用の綺麗に装飾された剣を腰に携えるサミュエルであった。


彼は玉座の間の前に立ち、その場に居る全てのものの注目を受け、部屋の惨状を眺めながら背を向け、降りる階段の奥の――――屋上へと繋がる扉へと向かった。


「皆、大儀であった。後はワシに全てを任せろ」






ノラが言った、国民を城の前に集めたという言葉は嘘ではなかった。


そもそも彼女は絶望した世界から消えたかっただけであり、マートスを助けるために行動をしたわけではない。そもそも彼女から得た情報は、結果的に、ただ驚かずに済むというだけのことであった。


マートスは群衆が彼の姿を見つけ、騒ぎ立てる光景を見下ろしながら口を開く。


「遅かったな、サミュエル国王」


国民に背を向けて、その肥満体は軽快に翻る。裏地が蒼の、白いマントを風に棚引かせるサミュエルは、静かに儀式剣の白刃を煌めかせた。


儀式用に作られた剣であると言っても、それが剣としての役割を果たさぬわけが無い。故に、この場において最も適したソレであり――――そしてサミュエルも、最も適した人材であった。


「恩を仇で返すとは貴様のことだ。マートスよ」


「生きたまま棺桶に入った経験があるものは早々無いだろう。まぁそれは悪かったかもしれないが――――俺は貴様とは違うやり方で国を良くしようとしただけだ。ただソレが国に合わず、民に合わなかっただけ」


「まだ生きたいか?」


サミュエルは片手で持つ剣を下げながら、マートスに歩み寄る。


「聞いてなかったかもうろく爺ィ。俺は俺を貫く。どこぞの勇者のように、敷かれた道を歩くわけじゃない――――決めてたのさ、もし失敗してこんな風になったら、次に潔く明け渡そうと」


やがてサミュエルの剣は――――マートスの首筋を、冷たく鋭く、だが優しく触れた。


死を垣間見る。マートスはそうするサミュエルに頷いてから、振り向いた。


群衆の喧騒はサミュエルの登場により、更に騒がしくなり――――。


「静まれッ」


その発言により、一気に静寂に包まれた。


「この者は我が命の次に大事である国民を虐殺し続けた! その権力に溺れ我が王の地位を侮辱し続けた! それ故に地獄、いや、天国から舞い戻ったワシはこの者を裁く――――この者は死を以って罪を償う。この者が死した時点で咎は消えてなくなる」


国民の群衆は、ただ静かに、一心にその言葉に耳を傾ける。まるで目の前に神でも見たかのように、その瞳は一点だけを眺め続けていた。


「だからお主ら。この者の命が絶たれれば、この者を怨まぬと誓ってはくれぬか。お主らが失ったものは、ワシが全身全霊を込めて償う。それでは――――不満か?」


もしこの時点で国民が断ったらどうするか。言ってから思うことに背筋を凍らせて、民の返答を静寂の中じっと待った。


一分が経つが、答えは無い。跪くマートスの首に向ける刃だが、剣の重さに耐え切れぬ腕は徐々にそこに迫っていく。


サミュエルは仕方なく、一旦剣を離そうと考えたところで――――民の中から小さく、何かが聞こえ、そしてそれに重なるように、また一つ。


そして重なるたった一つの言葉は、小さな反響が重なる事によって大きく、そうしてサミュエルの耳に届いた。『誓います』と言う一つだけの答えが。


「分かった。なら主らの国の未来を、とくと見届けよ!」


正面から横へ。群衆からマートスへと向き直るサミュエルは、片手で握る儀式剣を両手で構えなおす。大きく振りかぶると、それは傾きかけていた日の光に煌めいて、


「あの世でも自分の道を貫けよ」


「分かってる」


短い言葉の掛け合いの後、剣は切り裂くものを狂い無く切り裂いた。延髄を切り裂いて骨を断ち、そして首を切り裂いて――――マートスは痛みを感じることなく、その命を散らしていった。


西日の差し始める空の下、そこには紅い血に濡らす首無き死体と、それを眺める国の主。それと歓声を浴びる国民の姿があって――――ハイドの目まぐるしい一日は、そこで一旦終えることとなる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ