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18 ――成功報酬――

深く踏み込んで振るう大剣は、捉えているはずの魔族の影が刃に当たると煙のように崩れて消える故に、ただ虚しく、空を切り裂くのみ。


立ち直ろうとする身体は鈍重で、だからこそ最も狙われやすい。


故に迫る影が一つ。アルセは息を呑む――――が、それこそが罠であり、その瞬間を息を潜め、大剣をじっと構えて居たフォーンは、強く地面を蹴ってその長大な武器を振り落とした。


アルセへと鋭い爪を伸ばす魔族がその頭に大剣の腹を当てられると、後はまるで叩き潰すようにその場の地面へと倒されていく。


先の衝撃で頭は砕け、それでも亀裂一つ入れることの無い身体は体内を圧迫し、出口となる頭から内臓を噴出させていた。


「――――ようやく俺を一人か、遅いな? うん?」


後ろで声が歪んだ。


「お前等、死ぬな。うん?」


彼等の横でまた声。そして逆側でも。そして――――前からもその疑問文は聞こえてくる。


それこそは魔族の能力、『分身』。素早い上に固く、さらに殺したところから直ぐに増えるそれは非常に厄介であった。


「ボクたち、あんまり調子に乗るのは良くないかな。うん」


その中で女性の声が断定し、自己解決する頷きがあって――――続いて、彼女はアルセらの背後の魔族に手を差し向けた。


煌煌キラキラ星」


右手を出して、その手首を左手で押さえる。その間に魔法陣が掌の前に展開されて――――そこから勢い良く飛び出す無数の煌めく一閃が、一瞬にして魔族をハチの巣に変えていく。


弾き出されるのは星型に作られる電撃。圧倒する貫通力を持つが、メノウには扱い難いのか、それが打ち放たれるたびに腕が大きく上下にぶれる。


だがそれでも、一瞬にしてソレは再起不能に。やがて地面に沈む魔族を見て、メノウは微笑んだ。


――――本来、メノウにはこれほどまでの魔法も魔力も無かった。だがそれは、魔導人形を使用する事によってすぐに補われた。


巨大に聳えるそれは、本来の意味のゴーレムとは違い、いわゆる貸し倉庫のような役割をしているのだ。


持ち主は皇帝レイド。その中には莫大な量の魔力と、およそ理解の範疇に収まらない量の魔法。


メノウは現在、ソレを一時的に自身の物にするべく、魔導人形と契約しているのだが――――やはり、過ぎた代物だったのか、彼女の疲弊は想像を容易に越していた。


――――魔族が、また一体増える。


二体の損失を出して一体の利得とは、骨が折れそうだ。彼女はふっと、真顔に戻って彼等に指示を出した。


「そのまま二人で行動して。柔い所は頭と鳩尾よ」


分かったと直ぐに頷く二人はまた駆け出して一体を狙う。


「貴女は私に向かってくるのを足止めしてくれる?」


「わかりました」


短く言って、ノラは即座に矢を穿つ。


一瞬、眼のあった魔族が行動に移る前に――――先ほど指示したばかりの鳩尾に、一寸の狂いも無く矢を叩き込むと、それがしっかりと体内まで食い込んだ瞬間、それは爆破して、胸に大きな穴を開けた。


爆音に振動する大気はやがて、煙の中に倒れる音を暫くしてから伝え、


「すいません、間違って倒しました」


言いながら矢を放つ。今度の魔族はこちらへ接近しながら矢を頭上スレスレで避けようと屈み込むのだが――――今度は見えない力で反発されたようで、まるで冗談のように足を滑らせて、背中から地面に叩きつけられていた。


ホワイト恋人キャンディ


そしてその上に魔法陣が紡ぎだされると、間も無く、氷の刃が無数に、出来たところから魔族を突き刺していく。


鈍い音がなる。白く輝く氷は瞬く間に血に濡れながらも魔族を凍らせようと健闘していた。


既に息絶える魔族の身体を嬲り終えた氷の刃はそのままに、やがて魔法陣も消え去ると――――腹に大穴を開けたり、腕に痛々しい傷を作ってきたりするも、しっかりと魔族を倒してきたアルセたちがやってきた。


「もう、居ないみたいですが……」


言われてから見回すが、その通りに、やはりもう魔族はいないようである。あるのは魔族の六つの死体だけであったので。


しかし――――アルセ達は魔族を計二体しか倒して居らず、またメノウ達も三体のみ。


元居たのが五体で、二体倒したところで分身が一体増え――――計六体で間違いは無い。


だが、


「もう出すものは出したし分身は出来ないわね? それと……それで私を騙してるつもりかな? うん?」


メノウは一つの死体の元へと瞬間移動テレポートする。一つだけ、注意してみれば分かる、少し遠くに倒れている死体へと。


彼女はうつ伏せに倒れる魔族に手を向け、そこに魔法陣を展開させながら声を掛けた。


無論、五体しか倒してないのに六体の死体があるのは可笑しい事なので――――自然と、どれかが死んだ振りをしていると言う事になる。


――――魔族の持つ能力には何かしら条件や代償が存在している。


カクメイの能力は自身が負った傷を相手に移す事。その条件は返す相手から傷を負わなければならず、またテンメイは喰らった人間の命と力を己のものにする能力で、その条件は生きた人間の頭を一口で喰らうこと。


今回の魔族は、自分が食った肉の分の分身を作り出すこと。


分身は自分の操れる範囲内に置くことが前提条件で、動きは自動と手動切り替え可能。だが自分オリジナルが傷を負ってしまうのは困るので、基本的に自分は隠れていることが多い。


最も、今になっては不要な情報ではあるのだ。


小柄ゆえに多くの分身が作れるのだが、胃袋にも限界があった。最初の突撃で人間を丸呑みしたことが大きかったのだが、分身が瞬く間に消されていき、補充する間もなかった故に、彼は死んだ振りを選んでいた。


しかしもう王手である。彼は動く余地も無い、はずであったが――――。


――――突如としてメノウの背後の地面が盛り上がって、何かが飛び出し、そのまま彼女に爪を立てて襲い掛かった。


その中で、彼女は予想していたかのように指を鳴らした。


パチンと清々しく響くソレは、彼女の短縮魔法ショートカットを発動させる合図であり――――刹那にして展開する防御障壁は、狡猾に彼女の首を狙った腕を拒み、さらに勢い良くそれに張り付く魔族の姿を露にさせる。


メノウは硬いだけの『抜け殻』を蹴り飛ばし、ついでに障壁を消すと、支えを失った魔族はぎこちないようにその場に倒れ込むので、彼女はそのまま準備していた魔法を解き放った。


裁縫こうそく


金色の細い糸は魔法陣から膨大な量を出す割には、一本一本がまるで意思を持つかのように細やかな動きを始めていた。


先ずはがんじがらめに、そして腕や足をそれぞれ結び、魔力が高圧縮されて作られたソレは決して切れることが無いままに魔族を拘束し終えていた。


「あんな抜殻ダミーで私を騙せると思ったの? うん?」


しかし返事が無い。それさえも抜け殻であったり、ただの屍でないのは無論である。それは口を糸で結ばれている故であり、そんな屈辱な姿に言葉が出ないことも理由の一つである。


「何故殺さないッ!?」


重そうに魔族を引っさげて帰ろうとすると、ようやく追いついてきたアルセは声を荒げた。大剣を構え、糸を掴んで運ばれる魔族の頭を叩き割らんとする勢いで。


「ああ、言ってなかったわね。これは今回の、傭兵仕事のボーナスよ。捕まえられるのなら好きなだけって」


それ以外にも報酬は金という形でたんまりと受け渡される。そして、能力の知れた魔族は害になっても抗えぬほどでもなく。


奇をてらったいい作戦の襲撃であったが、全てを通して見る今回の戦争では上等な報酬であった。


「魔族を、どうするんですか?」


ノラが不安げに聞く。彼女の頭の中では、魔族の大量複製に成功したウィザリィが恐ろしい兵力で世界を支配していくビジョンが浮かんでいたからだ。


それを理解し、彼女はなだめるようにノラの頭を優しく撫でながら、


「ま、研究って所かな」


今は無き組織、竜聖院では魔獣を手なずけることに成功していた。勿論、それは多大なる時間と犠牲を要してであったのだが。


だが、人間に従順にすることは可能であった。


ならば、それを好き勝手にする魔族は一体どんな存在なのか。帝国では技術はあるが研究する余裕が無く、ウィザリィでは興味と人手と余裕があるのだが、肝心な実験体サンプルがない。


そこでレイドとアークバの間では、技術と実験体を提供する代わりに結果を共有するという協定が結ばれていた。


最も、それは内密にとの事なのでメノウはそこまでは口にしない。


一介の秘書がそんなおしゃべりであれば国の破綻は目に見えているのだ。


そうしてふと、前を見ると二人の男が走ってきていて――――その背後で、一度何かが短く閃き直ぐ近くの地面に突き刺さったかと思うと、直ぐに巨大な爆発が巻き起こった。


彼女等が再び衝撃波と爆音の嵐にさらされたのは、それから間も無くのことである。

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