14 ――快勝と逆転――
突如目の前から魔族が消え去った。ラウドは眼鏡を掛けなおしながら短剣を構えなおす。
すると不意に、前から見慣れた姿のイブソンが駆け寄ってきた。
「おい、大丈夫か?」
彼は両腕を魔法でコーティングした姿のまま彼の肩を掴もうとしたので――――短剣を軽く振るった。
刃を腕に対して斜めに当て、進行方向に逆らうように刃を食い込ませるとそれは見事なまでに切り裂いていく。果物の皮を剥くようになるソレを素早く、イブソンの喉にまで到達させると、既にその姿はイブソンではなくなっていた。
先ほどの魔族。彼は――――姿を変える能力を有していた。
「な、何故――――」
問う間も無くラウドは短剣に力を込める。鈍い一閃は喉を浅く切り裂いて仕事を終える。
気管から空気が漏れて血が泡を立てる。気味が悪いのでラウドは足元がおぼつかない魔族を蹴り倒してから、その頭を力一杯踏み潰した。
「未熟すぎるんだよダボが」
落としたトマトのように弾けた頭は、辺りに脳漿を飛び散らしていた。
「はぁッ!」
息を吐きながら縦に振り下ろす大剣は、疲労する魔族に避ける時間を与えずにソレを両断する。
凄まじい重量のお陰で苦労すると言う事は無く、相性が良い相手だったので能力を使われる前に仕留めることが出来たロイは、そうしてから安堵の息を吐いた。
――――魔族討伐チームはそうして、順調な勝利を増やしていっていた。
「お兄ちゃんはどうだった?」
無傷で来た時の姿のままアオが問う。ソウジュは血の臭いも汚れも曇りも付かぬ刀を鞘に収めながら溜息をついて見せた。
「魔物の数も多いという訳でもなく、魔族も強いというわけではない。……これでまだ大ボスがいるというのなら、お里が知れるという所だな」
他愛も無かった。そう吐き捨てるソウジュに「さっすが~」と抱きつくアオ。そこだけは妙に戦場からかけ離れた風景であったが、
「呑気だな、貴様たち」
衣服がズタボロに破れ、鎧も無く、髪も乱れているという彼等とは対照的な姿のアンリが入り込む事によってそれは脆く崩れていく。
「ふむ、騎士とか言ったが……、随分とまぁ、大変だったそうじゃないか?」
対他人用の口調に変えるアオは挑発するように口を開く。そうしてまた、その場はおよそ戦線に似つかわしくない雰囲気となっていった。
「……暇だなぁ」
フォーンはそう良いながら空を見上げる。敵を脅威的だと捉えすぎた結果が、魔物の方が強かったのでは無いかというような魔族だったので。
「しかし、弱すぎやしないかな」
誰もが圧倒、というわけではないが、一部を除いて誰もが無傷に近い状態だ。
隣でぼーっとするイブソンだってそうだ。彼はわざと自身の得意分野を使用せずに、苦手な短槍で挑んだというのに、出会い頭に頭を両断するというだけで終えてしまっている。
――――弱すぎるのだ。きっと何かがある。裏がある。
本来この場にいる必要が無い鍛冶師は、その場にいてその事にもっと首を突っ込むべき人間よりも深く考えていた。
「んなァッ!?」
炎の魔族はおよそ予測できるはずも無い位置から振るわれた剣に腕を断たれた。
――――異常なまでの速さで彼等の動きに順応しているハイドは、これからが本気だと言わんばかりに剣を振るうのだが、腕を切り裂いた辺りで飽きが生じてしまう。
だから、
「もういいや」
自身の強さを確認する間もなく、彼の首を跳ねてハイドは次に回った。
――――振り向くと直ぐに暴風が彼を襲う。凄まじい風が彼を背後に吹き飛ばしていくが、ハイドは慣れたように、その中で魔族へと手を向けて、
「稲妻」
その指先から蒼白い光が飛び出したかと思うと、それは直ぐに魔族の瞳に直撃する。同時に風が止んで、代わりに魔族の叫び声が聞こえるのだが、ハイドはお構い無しに魔法を唱え続けた。
「雷電」
魔法陣が魔族の足元に展開される。そしてそこからは稲妻が何十本と空へとはじき出された。
その中にいる魔族は否応無しにその通過点とされて――――あっけなく、その命を途絶えさせた。
「つまんねぇ奴等。んだよ、強くねーじゃん」
振り返ると後ろでは歓声が上がっている。どうやら向こうでも戦闘は終了したらしいのだが――――どうにも、手ごたえが無さ過ぎる。
戦争と言う割には半日で終了した。確かにハイドの先制攻撃で助かったこともあるが、どうにも早すぎる上に、人間が残りすぎている気もする。
魔導人形は稼動しているが戦闘には加入していないようであるし――――帝国側が力を持ちすぎた、というのがハイドの思考の結果であった。
強くてニューゲーム。最初からレベルマックスの仲間を連れてれば確かに物語りはサクサク進む。派遣兵もハイドたちもその要員であったのだ。そう考えると腑には落ちないが、納得はある程度できる。
「だけど、もしコレが全部罠だったら?」
暑苦しそうに鉄仮面を脱いで脇に抱えるシャロンは悪戯に問いかけた。
なるほど。そうして思考は新たなことを考え始めるのだが――――その余裕も与えずに、地平線の向こうが大爆発を巻き起こした。
だからハイドはせめて、「なるほど」と、そう呟いてからやがてやってくる衝撃波に飲み込まれることにしたのだが。
「な、なるほおおおぉぉぉぉおおッ!?」
余裕を持って息を吸いすぎたせいでタイミングが間に合わず、次第にパニックに染まっていく脳内は中途半端な叫びと共にハイドを吹き飛ばしていく。
その中でシャロンがしっかりと抱きかかえてくれるのだが――――鎧がハイドに無数の痣を作っていった。
地面に倒れていると、凄まじい音を立てながら何か途轍もなく眩しいものが横切っていく。それでハイドは直ぐに後ろに下がらねばと身体を起こすのだが、
「――――ほう、まだ生きている方が居られるとは、さすが人間、しぶといね」
純白の毛並みの馬は、その背中に翼を生やしていた。黄金に光る一角は悪趣味ではあるが、その姿には見事なまでにあっている。
そんな馬の名は『ペガサス』。ケロベロスに続く、名高い『魔獣』の一体である。
ハイドは言われてから辺りを見渡すと、皆バラバラであるが、瓦礫に埋もれてみたり、仰向けやうつ伏せに倒れているものなどばかりで、起きている仲間は誰一人として居なかった。
だがただ一人――――先ほど脱いでいたはずの面をなぜかしっかりと被って倒れているシャロンなどは怪しいところではあるのだが。
「アンタがボスか」
ハイドは剣を落としてしまったので仕方なく鞘を構えると、突然クツクツとペガサスに乗り、純白のマントに白い兜を冠る魔族はその鞘を指差した。
「……そんなぞんざいなモノでこの私に立ち向かう、と?」
「逆に言わせて貰うが――――そんなぞんざいな力でこの俺に挑むってか?」
決して回答を告げない問答。だがなぜか、それは不思議なまでに続く。
「貴様、この私を知らぬというのか?」少しばかり驚き緊迫の雑じる声がハイドへと投げられる。
背後では悲鳴が鳴り響いているのを聞きながら、
「なんかその台詞って恥ずかしいよね。自意識過剰みたいで」
「……哀れな。その愚かさ、死を持って理解するが良い!」
彼が作る魔法陣は宙に浮き、天と地に離れるとその真ん中に穴が開いて――――巨大な腕が、そこから飛び出してきた。




