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4 ――エースが狙う!――

食事を無事に終える。中々旨い食事であったと感想を一人で述べながらハイドは席を立ち上がると――――不意に、視線の先に昨晩の彼女を捉えた。


ハイドのひとつ前の長卓子に付き、隣にハイドと同年代と思わしき青年が居た。なるほど、こんな国でも春は来るのか、なんて一人納得して、流石に邪魔などせずに帰ろうと背を向くと、


「あっ」


昨日聞いたばかりの声が背中に突き刺さる。無粋な奴だとハイドは息を吐いて、そのまま歩き出すと、後ろでガタガタと何かを動かす音が響いて、やがてハイドが食堂を後にする直前でその肩を掴まれた。


足の速い奴。小さく舌打ちをして振り返ると、やはり昨晩の魅せる女である。


明るみで良く見ると大層美しい女騎士である。口の横に米粒をつけるのは未だ幼げであるのだが。


「……おやぁ、昨日の方じゃないですかぁ。奇遇ですねぇ」


それじゃあ、なんて手を上げて腕を振り払い逃げようとするが、昨晩の動きが嘘のような速さで、鋭い拳がハイドの腹を貫いた。


ついさっき胃に送り込んだばかりの鶏肉を戻しそうになって、ハイドは唾を飲み込んだ。何度も吐いてばかりいたら酷いあだ名が付きそうだからである。


勿論、人に吐しゃ物を掛けることなんてのはもってのほかであるのだが、ハイドは気分が悪くなる中でそこまで冷静では居られなかった。無論、先日魔族に吐き出したことなんてのは忘却の彼方である。


だが確かにざわつく空気は、しっかりと感じている。そこだけは腐っても歴戦の勇士と為り得る男なのだろう。


「貴様、昨晩のことを忘れたとは言わせないぞ」


「なんだ、まだ根に持って――――」


「あの時は! 訓練続きで疲弊していたからで……、貴様のような殻潰ごくつぶしに、この第2騎士団隊長の私が負けるはずが……」


なるほど。そこで何故彼女がそこまで激怒しているのか理解が出来た。まず一つに、ポッと出のハイドに簡単にあしらわれ、また遊ばれたためにプライドが傷つけられたため。また一つに、体調の不一致で納得できないため、である。


主に前者による感情の高ぶりが大きいらしいのだが。


そんな事をコソコソといわれていると、背後から、先ほど彼女と共に食事をしていた青年がやって来て、


「おい、どうしたんだ?」


何も知らぬ顔で問いかける。


「つーことは、お前が第1番隊の隊長?」


「……誰だ、お前」


睨まれた。鋭い眼差しはハイドを突き抜けるが、先日の魔族には程遠かった。


「俺は勇者だ。敬え頭を垂れろ。靴を舐め――――」


得意気に口を滑らせるハイドの顎に鋭いアッパーカットが入り込んだ。滑らせる舌は他力によって閉じる顎に強く噛み付かれ、痺れるくせに尋常じゃない痛みを脳に伝える。


いつの間にか手は離されていて、身体を大きく曲げて痛みに悶えていると、その頭から罵倒が降り注いだ。


手前てめぇ、さっきは見ていたぞ。自分が、少し強いからって他を全部見下して……、強ければ偉いのか? 頑張ってても弱けりゃ無駄なのかよッ!」


「――――弱けりゃ誰も救えねぇんだよ」


思わず、心の奥底から言葉が漏れた。舌の痛みなんてどこ吹く風か、ハイドはしっかりと立ち直り、眼を見て口を開く。


青年の、熱い台詞に心が揺るがされたためでもあったが――――彼の実力が、ハイドへと向けられる殺気籠る魔力によって大方判明したからでもあった。


彼はかなりの実力を持っている。かなりと、曖昧に表現するのは、大体でしか図れないからなのだが――――具体的に言えば、ジェルマンより遥かに強い。


ビッツ・ゲイルの酒場のマスターよりも強く、ハイドに近い実力を持っている。


そんな彼が、ただ弱い者を励ますだけという、そんな弱さを助長させる行為を台詞として吐き出すのが我慢なら無かったのだ。


確かに人は支えられて強くなるのかもしれないが、この状況、いつ魔族が襲ってくるかも分からぬ現状で、そんな仲良しこよしで成長していれば命がいくつあっても足りないのだ。


時間が在る状況ならば良いが――――手っ取り早いのが、憎い目標を作ること。あいつに負けたくない、いつか打ち負かしてやるというハングリー精神が人を鍛える良い手段となる。


少なくともハイドはそう考えていて、現在のズブレイドの兵育成法に最も適したものであった。


「……だから、皆強くなろうと」


「『なろうと』してるだけだ。実際強くなんて無い。一体いつまで構想を暖めているつもりだ? いい加減、実行に――――」


言葉を遮る拳がハイドを襲う。とめられない自分の台詞を止めてくれる神の遣いにも見えたので、ハイドは甘んじて受けるが――――あまりに強すぎる打撃のせいで、ハイドは思わず口の中を切ってしまった。


「お前に一体何が――――」


「おい貴様等何をしているッ!」


騒ぎを聞きつけた上官たちが何もしていないハイドを取り押さえ、その間に入る兵は彼を殴った青年をなだめ始める。


その後、何やら怒られてハイドは別室へ。その場の、厳重注意だけで終えた彼等は、そのままハイドの姿を見送るだけであった。





――――雇われたのは半ば強制である。故に、逃げ出させないためにある程度は自由にしてくれる。そう思っていたのだが。


「貴様はレイド様に気に入られ、更には『帝国騎士』の称号を無条件で手に入れたせいで調子に乗っているのではないか?」


棒状の鞭がハイドの頬をぺちぺちと叩く。椅子に縛り付けられ身動きの出来ぬハイドは、水太りしたその男を睨んだままであった。


「流石にこいつは不条理じゃないか」


「ぽっと出が口を出すな!」


ここは一体何処の過疎村だ。外から来た者は皆悪者で、村八分にしてみんな幸せって訳か。


ハイドは流石に口には出せない。ここまで憎まれる役は予想外なのだ。


狭い部屋。取調室のようなそこはどの館だか分からない。誰か助けに来てくれと叫びたいが、救出や弁解に来てくれそうな人間は3人ほどしか居なかった。


そんな中で、背にしている扉がノックもされずに不意に開いて、


「引き取りに来たんだが――――おい、貴様ァ……何を、やっている?」


低く鈍い声が腹の底に響くようであった。そんな声が背後から聞こえて、台詞を投げられた男は驚いて背筋を伸ばし、慌てて鞭を背に隠すのだが――――背後の男は、一瞬にして彼の背後へと回った。


そして、驚くほどの速さでその鞭を手に取ると、勢いよく――――彼の尻の穴に突き刺した。ズボンの上からなのに、嫌になるくらい正確に。


「ほう、コレが欲しかったのだな? 卑しい奴め」


太った男の甲高い叫びがけたたましく響き、彼はぎこちない足取りでそこを去っていった。尻に刺さる鞭は酷く痛々しい姿を見せて。


一つしかない窓から差し込む光は、引取り人である男の禿げ上がった頭を照明とばかりに光らせている。スキンヘッドの男は妙に渋い男で、その身には抹茶色の制服を着込んでいた。


その制服は……、派遣組みか? 口にしようとすると、彼は力強く、ハイドの両腕を強制的に後ろで組ませる手錠を引きちぎっていた。


金属のきしむ音がなり、やがて盛大に砕ける。ハイドは自由になった手首を撫でながら一応、男――エンブリオ――に頭を下げた。


「危ないところをありがとうございます」


しかしハイドは今現在が最も危ない状況だとは知るよしもない。


「いや、小僧。お前が無事で何よりだ」


その返答に、ハイドは皇帝から何かを言われているのだろうと考える。エンブリオの頭には少なからずともそんな打算的な考えは皆無に等しいのだが。


昼が回った頃。東館の端であるここには人が寄り付かない。用途が殆ど無いからでもあり、距離的にも遠いからである。

そして今は、訓練が再開されている時刻。


状況は最悪であった。最も、ハイドはそれに気づく手段も余地も無い。


「だ、だが、な……その、気持ちというか、だな。その、……感謝を、モノで見せて貰いたい」


ドギマギと、まだ若い女が憧れの男に告白でもするような緊張の仕方にハイドは疑問に思いながら、


「……? と、いいますと」


それが核心を突く台詞だとは思いもよらなかった。知らぬが仏。倭皇国の言葉は酷く使い勝手がよかった。


「脱いでみろ」


「……はい?」


「貴様のモノを見せてみろと言うのだッ! ここまで言わんと分からんのか変態め!」


「な――ッ!? どこまで言ってもわからんわッ! どっちが変態だ野郎――――活火山バーニングショットッ!」


ズボンのベルトを緩め始めていたエンブリオに不意に放たれた炎弾が一発。彼の腹を穿ち、勢いに押され、彼が開け放したままの扉から外へ、そして正面の壁に叩きつけられた。


「絶対零度ッ!」


死ぬ気でハイドは魔法を紡ぐ。彼が壁に叩きつけられたままの体勢で止まる様に、ハイドは彼の体ごと凍りつかせると全力でその場から逃げ出した。


第一番隊隊長エース騎士団総指揮官エースに狙われる嵌めになるとは全くの予想外。親切心で憎まれ役となり、兵を育成しようと思っていたのだが、どうやら自分のことで精一杯となってしまうようだ。


早くも――――ハイドはこの国から逃げ出したくなっていた。

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