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2 ――騎士と勇者と模擬戦闘――

城の内部は大きく分けて3つに別れていた。


まず1つは、中央部。王座の間を中心とし、その上階に皇帝の寝室。下階には巨大な図書施設を置く。その中で主な作戦会議を行うのである。


そこから長い廊下で繋がる東館は巨大な食堂があり、食料庫を有していた。西館は大臣や城勤めの人間、騎士などに割り当てられた部屋が数多く配置してある。


どれもこれも、ハイドたちが訪れた街から考えれば規格外で、驚くばかりであった。そんな彼らを見て、ジェルマンは笑顔で軽く頭を下げる。


「すまない。まさかこれほどトントン拍子で巻き込まれるとは、流石に予想外で……」


彼らが向かうのは西館。一定の期間であるが、彼らにもしっかりと部屋が与えられるのである。


城は南に向き、その周りを城壁で囲っている。六角形に形作られ、その角ごとに小塔を置いていた。城の前、城へと向かう道によって分けられた東西はそれぞれ中庭として使用され、訓練はそこでされている。


窓から見えるその光景を見ながら、ハイドは遠慮がちに首を振った。


「いえ、構いませんよ。どっちにしろ、あの金額じゃ帰るに帰れませんし」


「申し訳ない。だが、助かりますよ。君たちのような心強い仲間が出来て、年甲斐にも無く元気が湧いてくるようで」


「そりゃいいことですね」


――――それぞれの部屋はまばらであった。並ぶことは無く、開いているところを当てられるだけなのであったのだが、彼らにとってはいつものことなので特にどうこう言うわけでもなかった。


ノラ、シャロン、ハイドと、順に部屋を案内されて、ジェルマンは本日の仕事を終える。まだ日は高い。これからどうするか、そう考えていると背後に鋭い殺気にも似た気配を感じた。


「ああ、居たんですか『エンブリオ』……、今日は珍しく、静かですね」


エンブリオと呼ばれた男は、その身には鎧を着ておらず、代わりに抹茶色の軍服じみたものを纏っていた。頭は光を当てれば照るほどに禿げ上がっているが、それは彼の意思によって剃ったものである。


「指揮官共の殆どは使えぬ有様よ。つい先日、サキュバスが現れて……な」


嘆かわしいことだ。彼はそれが情けないと、首を振って続ける。


「女などに好意を寄せるからこのような事態になると何故わからんのだ」


「……こんな時ばかりは貴方の特殊な趣味が頼もしいですね」


「ああ、誉めても何も出んぞ」


彼は騎士団の総指揮官という立場を持ち、数少ない『皇帝騎士』の称号を持ち合わせている。歳はジェルマンに近く40であるが、未だ妻子は無い。


それはジェルマンが言うとおり、彼が男色家であることが理由であった。


「いえ、誉めては居ませんが……、残っているのはどれ程でしょうか」


ジェルマンが聞くと、エンブリオは少し待てと、顎に手をやって頭の中を整理し始める。指折り数え、そして「ああ違った」と数えなおし、数分掛けてようやく答えを導き出した。


「第1、2の隊長副隊長が健在だ」


「彼らが無事であることは助かりますが……」


ジェルマンの表情が曇る。流石の彼でもそれ以上のフォローの言葉が出ることは無かった。


騎士団は全てで第7隊まであり、帝国の主な戦力である。その指揮官が殆ど脱落してしまっているとなってはまともな戦闘も出来ないだろう。


「取りあえず1と2に全ての騎士を振り分けてある。明日、貴様の隊にも分けておくから、訓練を行ってやってくれ」


弓兵隊、魔術師団、一般兵の方は大丈夫であろうか。ジェルマンは考えるだけでも頭痛が起きそうな事に考えをめぐらせながら、エンブリオに頷いた。


「あと――――貴様が連れてきた少年。あの小僧に、尻を締めておかねば喰ってしまうぞと伝えておけ」


「……分かりました」


本当にサキュバスが出たのだろうか。ジェルマンは思わず後ずさりながらなんとか返事をすると、エンブリオは大きな声で笑いながら廊下を進んでいった。


かわいそうに。ジェルマンは頭にハイドの顔を浮かべ、彼の行く末を心配した。





部屋は豪華である。そう期待に満ち溢れた予想とは裏腹に、案外普通な外見にハイドは肩を落としていた。


どれもこれもが宿屋でみるような品揃えというか、家具ぞろえ。それでも実際に使ってみたりすれば、実は良いものだったのだと気づかされる。


寝具などはそれが良く現わされていた。


汗を洗い流してからベッドに飛び込むと、布団は異常なまでのフカフカさでハイドを飲み込み、そこが底なし沼なのではないかと錯覚させるが、強い弾力によって身体は浮き上がった。それから幾度か跳ねてから、身体は落ち着く。


「舐めちゃいけないな」


見た目ばかりを考えてはいけない。そう考えると、ハイドはその瞼が重くのしかかるのを感じて――――抗うことはせず、全てを受け入れてハイドは意識を深淵へと放り投げた。


――――意識が自然に覚醒へと向かう。ハイドは気持ちよく起床すると、時刻は夜へと移り変わっていた。


しんと静まり返る室内。昼の、暖かさはどこへやら、冷たい空気はハイドの眠気を払拭させる。


困った時間に起きてしまった。ハイドは溜息をつきながら、ベッドから降りて、大きく伸びをした後――――部屋を出ることにした。


城内の散歩をしようと決めたのだ。警備兵にとってはいい迷惑なのだが、ハイドは雇われている側なので特に考えず、廊下へと出てみる。


ただでさえ見慣れぬ場所故に、緊張が走る。血液が冷えるようであった。


「……ほう、明るいな」


広い廊下。部屋の向かい側には窓があり、そこからは眩い月明かりが差していた。照明が不要なくらい十分に明るく、ハイドはそれを頼りに廊下を進む。


取りあえず向かうのは、出入り口である。


自分の足音だけがBGMと為り得る状況。自分だけしか存在していないのかと錯覚する幻想。ハイドは自分に酔いしれながら、何気なく、中庭へと視線を移す。


――――そこには、ハイドが今居る廊下よりもより幻想的な光景が展開されていた。


月明かりに照らされる1人の人間。彼、あるいは彼女であろうか。見えない何かに対峙するように、細身の剣を振るっている姿があった。


それだけなら、なんら変わらぬ、努力の風景であるが、その剣を振るうしなやかさが、後退する足捌きが――――その一挙一動が、魅せられるほど美しかった。


月の灯かりがそうさせるのか、その存在が元より魅力的なのか。ハイドには分からなかったが、一目会ってみたいと思わされた。


なので――――自室から慌てて剣を取ってくると、ハイドはその場に戻って、視線の先へと瞬間移動をする。





空気が澄んでいた。浄化されるような風を一身に受けると、剣を振るうその存在が動きを止めた。


剣を下げ、肩を上下させる。乱れる呼吸をそのままに、透き通る声は背後に居るハイドへと掛けられた。


「何者だ……?」


その声は女性のものであった。ハイドはそれが意外だと言わんばかりに目を見開いて、それから少し考えると、


「勇者だけど?」


一番分かりやすい自己紹介をしたつもりであった。事実、彼女はそれで理解したように、


「ああ、出来損ないの」


そう納得するように頷く。


「分かってもらえて嬉しいよ」


聞きなれた悪口である。ハイドはそれを流すと、彼女は溜息をついて、振り返った。


身体だと思っていた背中の一部が衣服のように翻る。それは長い髪であった。華奢な腕がそれを掻き分けながら、薄い布に浮き出る体の線は妖しく、だが純粋に魅せていた。


「何の用だ」


「いや、ちょいと一回、手合わせ願いたくてね」


やれやれと、彼女は肩をすくめるとまた1度、髪を掻き揚げて、


「貴様のような、権力しか持たぬ者は以前から気に食わなかった」


一閃、目にも留まらぬ剣の流れがその頬を切り裂く直前で止まった。後から緩慢にやってくるそよ風は、ひどく呑気にも思えて、ハイドは思わずその口角を上げる。


「その距離だったら、突きの方が脅しにも効果があるんだけどな」


鞘から剣を抜いて、相手の刃を軽く弾くと彼女は後退する。身体を斜めに構え、剣を持つ手を突き出すような構え。常にゆらりゆらりと揺れ、そのタイミングを計るのは容易に思われたが――――。


再び一閃、眉間を捉える切っ先が見えてハイドは顔をそらす。このまま懐に入り込むことも出来るが、ソレだと楽しむ余地が無いのでまた剣を弾いて見せた。


剣は1度退くと、彼女は一回転する。華麗に、姿勢を相手に認識されないように少しずつ下げながら。少しずつ、近づきながら――――また正面を向く際に細身の剣を穿つ。


だが、その場にハイドは居なかった。


虚空を貫いた瞬間、視界の端に影を捉える。


しまった――――そう息を呑んだ瞬間、足首に強い力が加わり、強く踏んでいた地面は消えて、身体はフワリと浮かび上がった。


前に倒れる体は、まるで地面に吸い込まれるように自然に思えたが、その腹に手を回されて、身体は強く揺らいだ後、再び立ち上がった。


「君は体重が軽い分、ステップが良い。だから大技を出した後こそ、そこに注意したほうがいいね」


何をされたのか、理解している最中の彼女に告げるとハイドは再び、それでも構えていた剣を弾いた。


今度はハイドが仕掛ける。型どおりの、大きく振り上げた剣による縦一閃。


彼女は冷静にソレを見極めて横に避けると――――振り下ろされた剣は地面に触れることなく宙で停止して、薙ぐ動作へと変更された。


慌てて細身の剣を正眼に構え、決して受けようとは考えず、刀身を軽く押さえながらハイドの剣に触れさせて、強制的に剣の流れを作って攻撃を避けた。


そこで、ようやくハイドの隙が生まれる。彼女はそこを狙って腰を落とし、剣先を投げ込むが――――彼の身体は軟体か、グネリと動いた腰は華麗に剣を避けた。


一撃、ハイドの白刃が彼女の頭部目掛けて降り注ぐ。


そこで――――彼女は強く眼を瞑ってしまった。その直後に触れる弱い衝撃波と、ゆっくりやってくる風を受ける中、ハイドの溜息が耳に届いた。


「誘ってる隙と、不意に生まれた隙は違うからちゃんと見たほうがいい」


「き、貴様ぁ……」


「ああ、でも全体的に良かったよ。受け流し方とか上手だったし。自分の苦手分野を良く知ってるのはいいことだ」


適度に運動すると再び、ほのかではあるが、眠気が再来する。ハイドはそれで手合わせを終了だと、剣を鞘に戻して、自分が居た廊下へと視線を向ける。


「邪魔して悪かった。それと、明日からよろしく」


「ま、待て――――」


ハイドは彼女の言葉を聞く間も無く姿を消した。


彼女は、ハイドが居た場所を暫くの間、ただ呆然と眺め――――そこを剣で縦に、横に、斜めに、と縦横無尽に切り裂いた後、力が抜けたように跪いた。


月はそんな彼女の姿でさえも、皮肉なように美しく魅せていた。

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