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11 ――緑の戦士――

地面に巨大な爪痕が作られた。木々があっという間になぎ倒されていく。絶え間なく地を、大気を響かせる轟音は、その度にハイドの精神を削っていた。


空は完全に明るくなったが、反比例するようにハイドはその心を閉ざし始めている。


振るう腕の先に見えない鉤爪かぎづめが装備されているのか、攻撃範囲が恐ろしいまでに広い。自身の間合いから完全に外れなければ、敵の攻撃を直に貰ってしまうほどに広大なのだ。そして――――嫌になるほど鋭い。


ただの打撃でさえ、地面は大きく凹んでいた。一体どんな悪口を言われたのだろうか。


「早いねぇ速いねぇ疾いねぇッ!」


名も知らぬ緑の物体はまた腕を横に薙ぐと、虚空を容易に切り裂いた。空気の層が簡単に乱れて暴風が生まれる。斬撃が起こらないことだけは幸運と呼べるのだろうが――――そのせいでバランスを大きく崩してしまった。


訂正、やはり不幸運である。


「こなくそォッ!」


地面に剣を突き刺し、それを支点にハイドは垂直に飛びあがった。すぐ足元で、また特殊な攻撃が大気を乱している。


剣を引き抜いて敵の背後に回ろうと思っていたのだが、どうやら時間が足りないらしい。ハイドは諦めて着の身着のまま魔族の後ろに着地する。


幸か不幸か、魔族化しなくとも魔力の絶対量は底上げされているらしく――――速度を重点的に上げる肉体強化魔法を掛けても魔力の底は未だ見えない。以前なら、30分と持たなかったのに、である。


この状況で不幸だなんて事が言えるほど余裕はないし、この恩恵をそう呼ぶのは失礼であろう。故にこれは幸運である。


しかし――――最近は運が付いている。言ってしまえば運しか付いていない。実力は皆無にも思えたが、運は実力のうちという言葉がある。


ハイドは深く屈んで、頭上に鉤爪が通過するのを肌で感じながら、「だったら俺は最強かも知れんな」と自画自賛して見せた。


だがその自賛を取り消すにはそう時間は必要なかった。


鉤爪が通過した直後、その流れは地面に対して平行ではなく垂直に、つまりハイドの頭上に移動方向を変えたのだ。運が悪い――――否、ただの読みの悪さである。愚直に言えば判断ミス、馬鹿に対するツケであった。


瞬間的な閃きがハイドの強み――――では無いために、ハイドは情けなく、そのまま魔族に飛びつく形で攻撃を回避、加えて攻撃のキャンセルを成功させた。


「おっと、びっくらこいた」名も知らぬ魔族はいいながらハイドを蹴り飛ばす。情けなく腹に強烈な痛みを負って、無残に宙を滑るハイドへと、魔族は再び腕を振り上げた。


またその攻撃は、今度は他者からの影響によって発動を不可とされる。


ハイドの後ろから――――素早く何かが飛来したのだ。


それを認識した時には既に、ソイツは魔族の眼前へと迫っている。だがその宝玉ルビーの如き紅眼は伊達ではなく、矢を捉えるなり、機敏に顔をそらすことを可能とさせた。


ギリギリ、頬を掠る所で矢は避けられた。魔族は驚きながらも、また楽しいと、しかし意表を突かれたなとその一瞬で感慨にふけると――――矢はすれ違い様に爆発を起こす。


顔の横で爆ぜたソレは爆煙、爆風の留まるところを知らずに魔族を包んでいく。瞬く間に、刹那にして。それはハイドが地面に叩きつけられた頃にようやく、ピークへと達していた。


そこが一旦の休憩だと、ハイドは隙を窺えぬ煙を睨みながら膝を立てて呼吸を整える。その煙の揺らぎを見るたび、脳裏には魔族がそこを突き破って高速でハイドへと迫る想像ビジョンが投影されていた。


休む時間があっても休めない。胃がキリキリと痛むのは空腹のためではないだろう。


ノラは良く育っていた。今までなら心配してハイドの下へと寄って来ていたが、今では先ほど矢を放った位置からさっさと居なくなっていた。気配も、魔力も、見事なまでに感じさせずに。


「これじゃ騎士団が数分保ったってのも、怪しいところだな」


魔族は遊んでは居ないだろう――――そう信じたい。楽観すぎる希望的観測は最も死を招きやすいと聞くが、そう考えねばやってられないのだ。


最も、遊んでいることが事実であれば、本気になられたら手の出しようがないのだが。


感情が高ぶれば魔族になれていたが、どうやらアレは倭皇国あのとき限りのイベントらしい。今はどうあがいても変身できないし――――ソレを知らずに、『殺すのが勿体無い』などと吐いていた自分が憎たらしかった。


魔族は意外と、穏やかに姿を現わした。


煙はゆっくりと晴れてきて、しかしそれを待てない中の人は煙幕を纏いながら澄んでいる大気へと姿を露にする。そうして彼は両手を広げた。


「いいぞ、お前等! 大好きだ。魅力的だ。恋心を抱かせられる。のぼせるぜ、沸騰しそうなほど――――燃え上がるッ!」


彼はそう言って跪いた。なんだ、土下座告白とは物珍しい……というか、そんなものは聞いたこともない。


くだらないことを考えていると、魔族は地面に掌を合わせた。その瞬間、地面はハイドの股を通って綺麗に真っ二つに分かれてしまった。


薄く細い、ペンでなぞった様な溝が出来上がる。ハイドは嘘のようなソレを覗き込んで、直ぐ離れた。


直後――――下から吹き出た鋭い突風が、ハイドの横髪を巻き込んで引きちぎり、空へと舞わせる。それに連動して大きな衝撃を受けたハイドは、その溝の方向へと倒れそうになった。


――――また矢が、背後から飛び出した。やじりの無いソレは見事ハイドの背中に鋭い打撃を入れて、ハイドを前に押す。一点集中の痛ましい傷が出来たが、そのお陰で頭部が真っ二つに斬られる事件は避けることが出来た。


容赦は無いが、助かる。むしろ容赦が無いお陰で助かったのだ。彼女は本当に、強くなってくれた。ハイドはその思いを胸に染み込ませながら前を睨んだ。


溝から吹き出る風の壁はいつしか消え、また溝自体も元から無かったように塞がっている。恐ろしい奴だ。ハイドは感想をもらして、魔力を集中させた。


針鼠グレイブジアース


魔族の足元で魔方陣が展開するや否や、その地面が突如としてきり状に変化して魔族を突き上げる。眼にはしっかりと、彼が穴だらけになる姿が映るが、それは魔法攻撃が成功したためであるかまでの判断は付かない。


「針鼠、重掛ダブルポイント――――針山地獄アライブオブザヘルッ!」


故に、同魔法を追加し魔法自体を強化。更に多くの針は地面から精製され、やがてそこは大きな針山となる。錐もその太さを拡大させていた。


地面が激しく唸るような音がった。同時に大きく身体を揺るがす震動もあった。ハイドは腰を落としたまま、それ以上の行動は謹んで、現在行っている情報収集に徹する。


――――瞬く間に、針山の錐はその長大な体の半ば辺りを綺麗に切断した。その中で巨大な錐の切り口に立つ彼は、自身よりも巨大な錐の先端部分を抱えていた。


腹に開く丸く大きな風穴は、その内側の、切断面を綺麗に薄く剥がすと塞がっていった。他者から受けた傷を自分の能力で裂く事により、自分が作った傷に変換する。そうすれば、傷もたやすく塞がるのだが――――それを迷い無く実行するのは、やはり魔族の為せる精神ちからと言ったところだろうか。


ハイドの放った針鼠は魔方陣内で作られた故に、消すも追加するもなんでもござれである。しかし、その魔方陣の影響下から切り離されてしまえばそれは、敵を倒すための魔法ではなく、敵味方関係無しの、共通した凶器へと変わる。


術者ハイドはそれを目の当たりにして、こんなこともあるんだなあと学び、また心に恐怖を馳せていた。


無情にも、巨大な錐は続々と放られてアーチを描く。


空からは鋭い物理的殺傷力のある雨が降り注いだ。ハイドはやれやれと肩をすくませて雨を避けながら駆け出して魔族へと迫る。


今度は放物線を描かずに真っ直ぐ飛ぶ凶器が瞳に映りこんだ。


息を呑む。呑むだけである。胃に空気が溜まった。それ以外の行動は総て間に合わなかった。ハイドは魔人を自称するが、魔族化しなければただの『強い人』である。


故に、飛んで来る凶器を認識できたのが数メートルにまで迫った位置ならば避けることなど到底出来ず、出来るはずも無く、ハイドは仕方なしと甘んじて、その肩に痛烈な傷をこさえてしまった。


前方に進む力。背後へと貫く力。互いが激しく主張し、ぶつかり合って、前者が負けた。後者は余裕綽々に、自己顕示欲を満たしていく。


ハイドはきりもみに弾け、再び背後へと吹き飛ばされる結果を「ああ無情」と、どうしようもなく受けながら、今度はどう攻めようか。彼はそうに得た情報を有効活用して、地面に叩きつけられて、肩から走る激痛がしっかり脳へと伝わるまでの間、思索に耽っていた。

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