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双極世界の黒い瞳の魔王様  作者: 井平カイ
第五章【黒い瞳の魔王】
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三人の勇者

 光の中にある部屋で、中央の勇者は大志に笑みを送る。

 大志は、慣れて来た瞳で彼らの姿を見渡した。全員白の鎧を着ている。だが装備は人により異なっている。それぞれの特性に合わせるかのように、それぞれ独自の鎧を身に纏っていた。


「……さて大志、まずは僕から。――僕の名前はリヒト。よろしくね」


 リヒトは短い金髪を揺らしながら、優しく微笑む。

 白い鎧は、一般的な兵士が着るものとはかなり異なっていた。長いコートに装甲は左腕を覆うのみ。鎧とは言えないものなのかもしれない。細い体にも関わらず、まるで身を守る必要がないかのように、至極軽装であった。そして腰には剣が。その剣も実に特徴的であり、刃の部分が異様に長かった。蒼い瞳は透き通り、その顔は実に優男ではあるが、女性と見間違えるほど整ったものであった。先程から口を開くのは彼ばかりであり、傍から見ても彼が中心人物であることは間違いないようだ。


「次が彼……」


 リヒトは、窓際に立つ男性に視線を送る。


「彼の名前はグレン。僕らの中で最年長で、まあ、僕の兄のような存在かな。ちょっと気難しいけど、とてもいい奴だよ」


 リヒトの紹介に、グレンは一度大志に視線を送る。そして大志の姿をしばらく見つめた後、再び窓の外に視線を戻した。


(……気難しいというか、不愛想だな……)


 グレンはリヒトと違い、屈強な男だった。筋肉質で長身。短い灰色の髪に色黒の肌。鋭く細い目は、まるで見る者を射貫くかのように眼光鋭い。鎧もかなりの重装であり、通常の兵士ではろくに動くこともままならないだろう。何よりも目を引くのは、背に持つ巨大な剣。長い柄。太く長い刃。横に伸びた鍔……その姿は、まるで巨大な十字架を背負うかのようにも見える。


「そして、そこに座る彼女。彼女の名前はアリシア」


「……初めまして」


 半分瞳を閉じたような、眠そうな表情で会釈するアリシア。


「あ、ども……」


 思わず大志も会釈を返す。

 勇者の中の紅一点といったところか。彼女の装備は、どちらかと言えば修道衣に近いのかもしれない。ロングスカートで、肩にはカーディガンのようなものを羽織っている。装甲は胸部と肘から先の腕。武装は腰の部分にショートソードが見える。勇者とは思えないほどの軽装であった。

 瞳と似た色をした青い髪は、無造作に後ろに伸び風に揺れる。美人と呼ばれる分類には入るだろうが、彼女の周りに漂うゆるりとした空気は、少し近寄りがたいものがあった。


 二人を紹介したところで、リヒトは再び大志に視線を送る。


「……自己紹介も終わったことだし、さっそく本題に入らせてもらうよ」


「……」


「細かい裏の取り合いとかは好きじゃないんだよ。だから、単刀直入に言うね。

 ――大志、天界側に来なよ」


「―――」


 リヒトの言葉に、大志は思わず言葉を忘れた。

 これまで天界から散々敵として追われていた彼を、リヒトは仲間になれと言ってきた。これは大志にとって、予想もしないことだった。


「……いきなりだな……」


「僕らだって、キミとは戦いたくないよ。天界の軍を散々かき乱して、魔界人の収容所まで壊滅されたしね。そんなことをやってのけるキミが、敵に回るなんて考えたくもない。出来ることなら、共に剣を並べてもらいたい」


「その散々天界の軍をかき乱した俺を、なんで仲間に入れようとしてんだよ。天界の勇者がそれでいいのかよ」


「細かいことは気にしないタイプなんだよ。それに、グレンもアリシアも、軍の上層部も承諾済みだから大丈夫」


(グレンやアリシアはともかく、軍の方はとても嫌とは言えないだろうな。相手は勇者だし……)


「キミが天界についてくれるなら、これ以上心強いことはないよ。……この要求、ぜひ受け入れてほしいね」


(……受け入れない場合のことは、言わないんだな……)


 リヒトの口調は、実に柔らかいものだった。普通の者がこの口調で彼から提案を受けたなら、思わず首を縦に振ってしまうかもしれない。……だが大志は、その言葉の裏側に、何か威圧感のようなものを感じていた。優しいはずの彼の声は、とても重く、そして深く、大志の心に圧し掛かる。


(なるほどな……さすがは勇者ってところか……)


 しかし、大志にも肝心の用件があった。それは、彼がここまでして勇者と会いたかった理由――真実の追及……。

 一度大きく息を吸い込んだ大志は、笑みを向けるリヒトを見る。


「……その前に、聞いてもいいか?」


「……何でもいいよ。言って」


「俺も単刀直入に聞かせてもらう。――どうして魔界を攻めたんだ?」


「……キミも、唐突だね」


「誤魔化すなよ。俺にとっては、けっこうマジなことなんだ。勇者であるアンタらから、直接聞きたいんだ」


「………」


 大志の言葉に、リヒトは口を閉ざす。微笑む顔は変わらない。だが彼の蒼い目は、まるで威嚇するように大志に向けられていた。大志もまた黒い瞳で彼を見つめ返す。視線と視線はぶつかり、お互いの意志は渦を巻く。

 そんな二人の間に入るかのように、突然グレンが声を出した。


「――天界の脅威は取り除く……ただそれだけだ」


 そしてグレンは、ここに来てようやく顔と体を大志に向けた。そんな彼に、大志は問う。


「……魔界が天界を攻めたのは聞いた。でもそれは、遥か昔の話だろ? 今は境界の絶壁もある。簡単には魔界も攻められないだろう。それなのに、どうして魔界を攻める必要があったんだ?」


「遥か昔であっても、天界を攻めた事実は変わりはない。天界はな、魔界に怯えているんだよ。過去の進攻により失われた天界人の数は計り知れない。その恐怖は、天界の人々の中に脈々と受け継がれている。

 ――俺達は、天界を護る剣だ。いつまでも過去に囚われ、震える民を救わなければならない。……それが、俺達に科せられた使命だ」


「……無抵抗の魔界人を滅ぼしても、か?」


「それでもだ。天界人と魔界人は、全く異なる種族だ。異なる種族は、いつかどちらかが滅びるものだ」


「極論過ぎやしないか? 滅ぼし合うだけじゃなくて、もっと他の方法はあるはずだろ」


「……それを、わざわざ探さないといけないの?」


 今度は、アリシアが口を開く。


「争うことなく、剣を交えることなく、手を取り合って仲良し仲良し……素敵だね。とっても素敵。……でもね、そんなのはおとぎ話でしかないの」


 彼女に同調するかのように、グレンは更に言葉を続ける。


「現実はそんなに甘くはない。水と油は混じることがないように、異なる種族は決して同調することはない。表向きは手を取り合っても、その後ろでは互いに剣を向け合う。

 ……そんな危ういものが、お前が言うところの“他の方法”なのか? ――甘いな。甘すぎる」


「異なる種族だとか言ってるが、俺から見れば大して変わらないんだよ。この街の人を見て改めて思ったよ。言葉も、姿も、生活も、何も違わないじゃねえか。泣いて、笑って、怒って、悲しんで……いったい何が違うんだ? 違うのは目の色だけじゃねえか。

 何が水と油だよ。端から全部を諦めてるだけだろ」


「諦めではない。それが事実だ。理想を語るのは貴様の自由だ。……だがな、その理想が裏目に出た時、いったい何人の同胞を失うと思う? どれだけの血が流れると思う?

 ――そんなのは、たくさんだ」


「……」


 最後の言葉は、吐き捨てるように放たれた。その言葉には、色々な想いが込められていた。大志もそれを感じ取る。そして実感した。天界と魔界の間にある亀裂が、絶望的なほど深いことを……。

 黙り込む大志に、静観していたリヒトは、再び口を開く。


「……大志、ことはそんなに簡単じゃないんだよ。そりゃもちろん、互いに血を流さずに終わるのが一番いいとは思う。……だけどね、それは無理なんだよ。無理なんだ。

 天界の魔界へ対する黒い感情は根強い。魔界側もきっとそうだ。それは大地に伸びる木の根のように、人々の心に絡みついている。そして長引けば長引く程、蝕んでいく。今僕らに出来る最善の方法は、早急にそれを排除することなんだ。

 ――それが、僕らの覚悟だ」


「……なあ、天帝とかいう奴は、どう考えてるんだ?」


「天帝様?」


「ああ。いるんだろ? 出来れば会ってみたいんだけど」


「それはいくらキミの頼みでも無理だね。人前に出ること自体極稀なんだ。

 ……それにあの御方の考えは、僕達が全て分かるわけじゃない。だけど、きっと僕らと同じ気持ちだよ。天界の王たる御方なら、ね……」


「……そう、か……」


 そして室内は、沈黙が漂った。

 互いが互いの想いを放ち、強く示す。言葉の膠着状態から、誰として声を出すことが出来なくなっていた。


 ……そんな空気を、意外な人物が切り裂いた。


「――大志さん……少し、いいですか?」


 突然、大志の背後にいたステラが口を開く。全員が彼女の方に視線を向けた。


「ステラ、今は――」


 ――今は場が悪い……そう言うつもりだった。だがステラは、彼の言葉を制止するかように続ける。


「大丈夫です、大志さん。私も彼らと、話をしてみたいので……」


 大志の制止を振り切り、ステラは大志の前に出る。


「……おい、魔界人の女。今はお前が出る幕ではない。下がれ」


 グレンはやや不機嫌そうに、ステラに告げる。だがステラは、一切臆する様子を見せない。それどころか、クスリと笑みを零した。


「……何がおかしい?」


「……いえ、やはり気付いてはいないようでしたので……つい……」


 そしてステラは、おもむろに深く被っていたフードを外す。そして黒髪を揺らしながら顔を上げ、勇者たちを見渡した。


「……“久しぶり”ですね、みなさん……」


 彼女の顔を見た瞬間、三人の勇者は表情を一変させた。


「なッ――!?」


「嘘――!?」


「――ッ!?」


 勇者達は瞬時に身構える。リヒトとアリシアが立ち上がった拍子に、座っていた椅子は勢いよく後方に吹き飛び音を鳴らしていた。勇者達の顔は、明らかに動揺の色を見せていた。そしてその心臓は激しく脈動し、息を荒くさせる。


 大志には、一切状況が分からなかった。だが、部屋の空気が一変したことは感じ取っていた。その中心にいるのが、ステラだということも……。 


「……ステラ、勇者達を知ってるのか?」


 大志の問いに、リヒトは呆れるような笑みを浮かべ声を出す。


「ステラ? ……そうか。名前を変えていたのか……」


「……リヒト、どういうことだ?」


「どうもこうもないよ。……大志、キミが魔界人と行動を共にしていたことは知ってたけど……まさか、よりにもよって“そいつ”とはね……。

 まったく、運命ってやつはよほど皮肉家のようだ……」


「だから、どういうことだよ。俺だけ除け者にすんなよ」


「そんなつもりはないけどね。……そうだね、その女の“本当の名前”、教えてやろうか……」


「……本当の名前?」


「………」


 リヒトの言葉を、ステラは口を閉ざし聞く。紅い瞳をただ彼に向け、逃げる素振りすら見せず、ただその場に存在を示す。

 一度唾を飲み込んだリヒトは、腰の剣の柄を握ったまま口を開いた。


「――その女の本当の名前は、マグナリス……」


「……マグナリス?」


「ああ。かつて僕らが魔界を攻めた時に、“魔王”を名乗る者が僕らの前に現れたのは、キミも知ってるだろ?

 ――それが、その女だ……」


「……え?」


「端的に言おうか。――キミがステラと呼ぶその女は、“魔王”なんだよ……」


 大志は、一瞬リヒトが何を言ってるのか理解出来なかった。揺れる思考のまま、ただステラの方向に顔を向ける。

 

「………」


 ステラは、何も言わずにその場に立っていた。臆することのない、紅い瞳を前に向けたままで――


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