開かれる扉
中央議事塔……ここは、天界の中心地。軍事、行政等の方針が決められる場所。
街の中で一際大きく聳え立つ白い塔は、まるで天界全てを見渡すかのようだった。中は一面白を基調とした造りになっていた。純白の通路は日射しを乱反射させ、まるで光の城であるかのように思わせる。
その中を歩く三人。コツコツ……コツコツ……と、足音が後を追う。
大志は周囲をキョロキョロと見回していた。兵士の数は多い。至る所の扉の前には、槍を持った兵が警戒をしていた。
「あの扉の部屋に、色んな重鎮がいるんだ。政治家、大臣……襲おうと思っても、かなり厳しいと思うぞ」
扉を見つめる大志に、クロエが歩きながら声をかける。
「襲うつもりはないけど……ここって、やっぱ天界の中心なんだな。改めて実感したよ」
その言葉に、クロエは声を出して笑う。
「当たり前じゃないか。“天界の脅威”は、相当な世間知らずのようだな」
「天界の脅威?」
「お前のことだよ、雷帝。天界に仇なす強者。数々のシュバリエを撃破し、天界を目指す者――本国では、そう呼ぶ者もいる」
「そんなことを言われてたなんてな……」
「お前が相当な腕であることは分かる。さっきから隙が無いからな。……しかし、天界の脅威ってのは大袈裟のような気もするな」
「ハハハ……」
大志は苦笑いをする。何だか凄く失礼なことを言われた気がしていた。
一方ステラは、どこか落ち着かない様子だった。
彼女にとって、ここは自分を敵視する人々の中心地。気が気ではない心境であった。
「……魔界人、安心しろ。お前に危害を加える連中は、ここにはいないさ」
「……え?」
「ここの兵達には、それぞれの任がある。敵を討つ者、警護をする者、サポートをする者……広く兵とはいえ、それぞれにそれぞれの責務があるんだ。それを放棄してまでお前を捕える輩は、ここにはいない。一人の勝手な行動は、隊全体を危険に晒すことになる。それを、皆重々分かってるんだよ」
「……」
「なるほどな……統率ってやつか……」
「そうだ。だからこそ、我らは強い。――だから、妙な動きはしないでくれよ雷帝。お前とて、無事では済まないはずだ」
「……念押しかよ。そんなに心配しなくても、何もするつもりはないさ」
(今のところは、な……)
ここは天界の本拠地。何があるか分からない。それに、勇者が自分達をここへ呼んだ理由も分からない以上、これから先の展開も読めない。
大志は、人知れず握る拳に力を入れていた。そして周囲への警戒も、更に強いものにしていた。
◆ ◆ ◆
「……ここが……」
「ああ。勇者様達がいる部屋だ」
施設の中をしばらく歩いた大志達は、とある扉の前にいた。周囲の白色とは違い、年期のある木の大扉であった。扉からは、重々しい雰囲気が漂う。心なしか、空気も鋭い。
緊張漂う中、クロエは静かにドアをノックする。
「……勇者様、クロエです。件の者達をお連れいたしました」
彼女の言葉に、扉の内側から声が響く。
「――ああ、ありがとう。通してくれ」
その声に、クロエは一度扉に頭を下げる。
「失礼します……」
そして扉は開かれる。
大志の喉からは、ごくりと唾を嚥下する音が鳴る。そこにいるのは、これまでの旅の目的。会いたかった人物。ゲームや小説でしか見たことがない、本物の勇者と呼ばれる者達……彼の緊張は、自然と向上していた。
一方、彼以上に四肢に力が入る者がいた。ステラだ。
握る手には汗が帯びる。口の中はカラカラだった。それとは正反対に、フードの中の顔にはツーっと一筋の汗が流れる。
様々な想いが入り混じる中、扉は重い音を響かせていった。そして開かれた扉の中から、眩い光が放たれる。部屋の窓の正面には、まるで待ち構えているかのように太陽が座していた。その光は、中の様子を眩ませる。
大志は思わず、手を目の前にかざし光が視界を阻害するのを防いだ。部屋の中央には大き目の机、それと椅子が数脚。部屋の隅には本棚もある。そして中には、三つの人影があった。その中心に立つ人物から、声がかかる。
「――クロエ、ご苦労だったね」
透き通るような、男性の声だった。とても優しく、耳に触れるように響く。
その言葉に、クロエは頭を下げる。
「いえ。命令に従ったまでです」
「命令じゃなくて、お願いだったんだけどね。……まあいいや。後はこっちで適当に話すから、もう下がっていいよ」
「はい……」
クロエは深く一礼した後、踵を返し外へと向かう。
その途中、大志とすれ違う最中、彼女は大志に視線を向けた。そして彼と目が合ったのを確認した後、口を動かし声なき声を届ける。
――妙なことはするなよ――
彼女の口は、そう動いていた。
(……本当信用ねえな、俺……)
大志が軽く手を振り合図をすると、クロエはクスリと笑みを浮かべ部屋を後にした。
扉が閉まる音が響いた後、部屋には五人だけとなる。大志とステラ、三人の勇者……ここに来て、大志の目はようやく三人の姿をはっきりと捉えた。
窓際に立つ者が一人、壁にうっかかり立つ者が一人、そして中央の椅子に座る一人……クロエと会話をしていたのは中央の人物。その者は、再び口を開く。
「……よく来てくれたね。黒瞳の雷帝、天界の脅威……キミには色んな呼び名があるけど、ここは敢えて、名前で呼ばせてもらうね。――須藤、大志……」
彼の言葉に、大志は驚愕する。そしてやや身構えながら、静かに声を出す。
「……どうして、俺の名前を?」
「キミは有名人だからね。名前くらい、嫌でも耳に入るよ。……さて大志、まずはお茶でも飲みながら自己紹介をしようか。
――僕達が、勇者だ」




