街中の公園で
大志とステラは、街の中に溶け込むように表通りを歩いていた。
街の中はまるで祭りのようだった。人々は鮨詰めのようにごった返し、道の脇には出店が連なる。そこら中から客を呼び込む声、人々の話し声が響き、うねるように共鳴していた。耳をすませば、遠くから誰かが奏でる音楽も聞こえてくる。とても軽快で、明るい曲調。思わず心が躍ってしまうような……そんな、活気ある音楽だった。街の光景と人の声、音楽のリズム……それら全てが一体になり、この街を明るい色で包み込んでいた。
大志はステラを自分の背後に隠すように歩く。ちらりと後ろを見れば、ステラは顔を誰とも合わせないように俯く。だがその視線は、右へ左へ泳いでいた。決して警戒するようなものではない。どことなく、好奇心に満ちたものだった。
大志は、思わず笑みを零した。
「……ステラ、楽しいか?」
「え?」
「さっきから目が泳いでるよ」
「……すみません」
「いやいや、謝ることじゃないさ。とっても、楽しそうに見える」
大志の言葉に、彼女は少し頬を赤くする。
「そんなことを考える場合ではないのは、分かってるつもりなんです。でも、こんな景色、好きなんですよ。活気があるというか、皆が皆今を生きてる、謳歌してると言ってるように見えて……何だか嬉しくなります」
「……そうだな。確かに、これまでの街とはなんか違うな。本国って言うくらいだから、もっとお堅いイメージを持ってたんだけど……この街には、何と言うか、“生”が満ち溢れてる。落ち込んで歩いていても、ここの景色を見たら力が湧くような、そんな景色だ。……いい街だな、ここ」
「……ええ。本当に」
◆ ◆ ◆
しばらく街の中を歩いた二人は、適当な露店で食事を購入し、街の中心近くにある公園のベンチで昼食を取っていた。
公園の中にも色々な人がいる。友達同士ではしゃぐ若者、仲睦まじ気に並び歩く男女、幸せそうな家族……それらの光景を見ていた大志は、ふと自分の世界を思い出した。仕事で何かミスをした時には、向こうでも、こうして公園のベンチに座っていた。そして笑顔で歩く人々の姿を眺め、心の中の重荷を少しずつ軽くしていた。
異世界とはいえ、似通ったところはある。根本は違えど、一つ一つの小さなピースは共通するものがある。彼の心は、いつしか温かくなっていた。
とはいえ、いつまでも街の雰囲気を味わっているわけにもいかない。大志は少しだけ名残惜しさを感じつつ、肝心の話を進めることとした。
「……さて、これからどうするかな……」
「そうですね……当然ですが、兵士の数もかなりのものですし……」
「ああ。迂闊には動けないな……」
先ほど街を歩いていた中でも、大志達は何度も街中を巡回する兵士達と遭遇していた。無論、あれだけの人の波に紛れていた大志達に、兵士は気付くこともなかったが。それでもああやって警戒を怠らないあたりは、さすがは本国と言ったところだろうか。しかしそれは、大志達の行動に制限をかけることとなる。下手に騒ぎを起こせば、あのすれ違った兵士達はこぞって大志の元に集まるだろう。そしてそれから先は、衝突は避けられない可能性が高い。
「あの中央に見える白い建物が、中枢なんだろ?」
「はい。中央議事塔ですね」
「中央議事塔って言うのか。街であの警戒状況なら、中央議事塔周辺はかなりの兵士が配備されてるだろうな。誰にも見つからずに潜入ってのも難しそうだ」
「そうですね……」
本国には当然シュバリエも多数いるだろう。そして三人の勇者もいる。そんな状況では、強行突破など無謀以外のなにものでもない。
手詰まりとなった彼らは、ただ首を捻っていた。
「―――」
ふと、大志のセンサーに反応があった。声のトーンを落とした彼は、そっとステラに声をかける。
「……ステラ、下向いてろ。誰か後ろから近づいて来る」
「はい……」
彼の言葉に、ステラは今一度フードを深く被り俯く。その矢先、彼らの背後から声がかかった。
「――そこのお前達、少しいいか?」
声を受けた大志は、背後にいる人物の姿を探る。女の声だった。しかし、とても一般人とは思えない程凛々しく力強い。近付く足音と共に、鎧の音も響く。兵士であることは間違いないだろう。
「……はいはい。何か用事でも―――」
振り返った大志は、目の前に人物を見て固まる。そんな彼に、兵士は首を傾げた。
「……ん? なんだ?」
彼の目の前には、一人の女兵士がいた。鎧を身に纏い、腰には剣が。紫色の髪は短く、とげとげしている。そしてその風貌は―――
「――小っちゃい……」
大志は、思わず心の声を漏らした。目の前にいたのは、確かに兵士だった。だがその背丈は、凄まじく小さい。まるで子供のようだった。
彼の言葉を受けた瞬間、兵士の額に血管が走る。そしてすぐさま腰の剣を抜き、大志に剣先を向けた。
「……斬っていいか?」
ドスの効いた声を大志に向ける兵士。その目には、確かな殺意が宿る。
「……いやいや、悪かった。思わず本音が出てしまって……」
「……フォローになってないぞ、馬鹿者が……」
やれやれと呟きながら、兵士は剣を鞘に納めた。大志はばつが悪そうに笑い、話題を変える。
「……ええと、あんたは?」
彼の言葉に、彼女は思い出したように話を続けた。
「――そうそう、忘れるところだった。ちょっと人を探しててな、声をかけさせてもらった。……なるほど、確かに情報通り、黒い瞳の男と巡礼者だな……」
「――お前……!」
大志は咄嗟に身構えた。そして広範囲にセンサーを飛ばす。女は大志達のことを探している。それはつまり、自分の素性を知っているということだろう。
――だが奇妙なことに、他の兵士の反応はなかった。女にも今のところ敵意は感じられない。
(……こいつ一人か? どういうつもりだ?)
大志は困惑しながらも警戒を強める。そんな彼に、女は笑みを浮かべた。
「そんなに警戒しなくてもいい。私は別に、お前達を捕えようとしているわけではないんだ」
「……俺のこと、知ってるのか?」
「当然だよ、“黒瞳の雷帝”。そして、魔界人の女……」
「ステラのことも知ってるのか……で? 用件は?」
「ああ。とある御方が、お前達を招待してるんだよ」
「招待? 誰が?」
「――勇者様だ」
「―――ッ!? ゆ、勇者!?」
思わず、ステラも女兵士に目をやる。予想もしていなかった。勇者自らが、自分達を招待とは……。
ステラの紅い瞳を見た兵士は、少しだけ驚きの表情を浮かべた。
「……本当に、目が紅いんだな。私はこの街から出たことがないからな。魔界人を見るのは初めてだ……」
女の言葉に、ステラはハッと慌てて視線を外す。そんな彼女にクスリと笑った兵士は、腰に手を当てて話を続けた。
「まったく、わざわざ入り口の兵士にも極秘裏に話を通していたんだぞ? 黒い瞳の男と巡礼者が来たら、私のところへ丁重に案内してやれって。どうやって街の中に入ったのやら……」
「……何だよ。楽には入れたのかよ……」
「まあな。……いずれにしても、お前達を案内しよう。勇者様のところへ。ついて来い、客人……」
兵士は、大志達に背を向けた。そして足を踏み出そうと――
「――そうそう、自己紹介がまだだったな」
――したところで、もう一度大志達の方を振り返る。
「――私は、本国を守護する兵……クロエ。一応、先日シュバリエに任命された身だ」
「……シュバリエ?」
大志はクロエを改めて見つめる。
「まあな。まだなりたての若輩者だからな。そうは見えなかっただろう」
「正直、全然見えなかったよ。……小っちゃいし」
「……斬っていいか?」
ギロリと大志を睨み付けたクロエは、腰の剣に手をかける。
「……悪い、冗談だ」
「……質の悪い冗談に付き合うのは、今回までだからな……。まあいい、こっちだ……」
再び背を向けたクロエは、街の中に向かって歩き始めた。
「……大志さん、どうしますか? 罠とは思えませんが……」
「ああ。あいつの言い方では、特に他意はないだろうな。……もっとも、あのクロエとかいう奴が知らされていないだけかもしれないけど」
「……勇者が、私達と……目的はいったい何でしょう……」
「さて、な。……とにかく、今は話に乗ってやろうじゃねえか。楽に勇者と会えるなら、それに越したことはない」
「……そう、ですね……」
そして二人はクロエの後に続く。その踏み出す足は無意識に早足となる。遠くから聞こえる喧噪は、彼らの耳には届いていなかった。
高鳴る胸の鼓動を感じながら、二人は中央に聳え立つ、白い塔に向かって行った。




