ソルスレイティア
森の中にある街道を歩く大志とステラ。これまで、一緒に旅をしてきた二人。自然と、歩幅までも合うようになってきていた。
……だが、今の彼らは、少しだけいつもと違っていた。
「……」
「……」
お互いに何も言葉を発することなく、黙々と歩く。
緊張もあるだろう。しかし二人は、それぞれ別のことを考えていた。
ステラは、これから向かう本国のこと……。そこは天界の中心であり、そこには、魔界に侵攻した勇者達がいる。彼女の脳裏に浮かぶのは、あの日の記憶……焼ける森と、傷付く人々。思わず目をしかめてしまうような光景。
それでも彼女は歩みを止めない。彼女自身が知りたいのだろう。全てを―――。
一方の大志は、本国のこともそうだが、ステラのことも気になっていた。
彼女は、いったい何を背負ってるのだろうか……。それは今の彼には分かりようもないことだ。それでも、時折見せる、彼女の何かに耐えるかのような表情は、彼の気持ちの糸を引いていた。
それぞれがそれぞれの思考に耽る中、ついに“その地”は、彼らの眼前に広がった。
森の小道を抜けた先は、高い丘の上となっていた。そしてその袂には巨大な街がある。それこそ……
「……ここが……」
大志の呟きに、ステラは答える。
「……ええ。ここが、天界の本国……全ての中心――“ソルスレイティア”です」
「ソルスレイティア……」
ステラの言葉を繰り返した大志は、再び本国に目をやる。
丘の袂から果ての海まで広がる街並み。周囲には、まるで外部の者を拒絶するかのように、巨大な壁が聳え立っていた。壁の手前から中心部にかけて、並び立つ建物は徐々に大きくなる。そして中心地には、摩天楼が存在を示すように密集していた。
その中心にあるものは、王宮のように見える。白い外壁は陽の光を反射し、どこまでも眩く光を放っていた。
「ここに……勇者が……」
「はい。彼らは、ここにいます」
「……」
彼女の言葉に、大志はもう一度本国を見渡す。そして一度大きく息を吸い込んだ。
「――行こう、ステラ」
「はい……」
そして二人は、丘を下り始める。心なしか、それまでよりも早足になっていた。
◆ ◆ ◆
街の入り口は巨大な門だった。
外から街の中を見渡せば、行き交う人々の群れは相当なものだった。人の波は目眩がするほどうねりをあげる。まるで祭りのようだが、天界の本国ともなれば、これも日常的な光景なのかもしれない。
大志達は人の中に埋もれるように歩く。ステラは、普段よりも深くフードを被る。常に下を向き、視線が人と合わないようにする。これだけの天界人の中、彼女が魔界人だと知られれば、当然かなりの騒ぎになるはず。そうなれば、本国にいる兵士や、挙句勇者までが駆けつけて来るだろう。
「……あれは……」
街の壁の境界に差し掛かった大志は、声を漏らす。
彼の見つめる先では、入国者の検査が行われていた。兵士が門に立ち、潜ろうとする者の顔、荷物を入念に確認する。ここは天界の本国、やはり警備も相当なものだ。
「マズいな……あれじゃ、フード被ってても無駄だろうな……」
「大志さん、どうしますか?」
「……そうだな……」
ふと、入り口の奥に目をやる。街を覆う高い壁……その周囲には、人の姿はなかった。
(あそこなら……)
「――ステラ、こっちだ」
「え? あ、大志さん!」
人目を避けながら、大志は壁際に向かって行く。ステラは、それに続いて行った。
壁の袂には、人はいなかった。入念に周囲を見渡した大志は、上を見上げる。
「少し高いな……」
「外敵を防ぐ壁ですからね。壁の上には、きっと兵士もいますよ」
「だろうな……でも、逆にまさかここから人が入るとは思わないだろ」
そして大志は、ステラの体を抱きかかえた。
「え? ちょ、ちょっと大志さん?」
「ちょっと我慢しろよ」
笑みを浮かべる大志。彼の顔を見たステラは、何かを察する。
「……大志さん、もしかして……」
「ああ。――“跳び越える”」
そして大志は、足元に雷を宿らせる。雷が迸った刹那、大志とステラの体は一瞬で遥か上空へと舞い上がる。高く高く、そして迅く。高い壁の上へと到達した大志は、下に視線を送る。壁の上部では、やはり兵士が並び目を光らせていた。彼らはまだ、大志達には気付いていないようだ。
「……降りるぞ、ステラ」
「は、はい!」
再び雷を走らせた大志は、大地に向け滑空する。一迅の風になった大志は、瞬く間に兵士の横を通り抜けた。
「……ん?」
壁の上を巡回していた兵士は、ふと空を見上げる。
「……こんなに晴れているのに雷か……不吉だな……」
そして彼は、そのまま巡回を再開する。大志達に気付くこともなく……。
一方、町中へ降り立った大志はステラを降ろし、目の前に立つ巨大な壁を見上げる。
「……ふぅ。なんとか気付かれずに入れたな……」
見上げる彼を見たステラも、同じく上を見る。太陽の光を隠した壁を、揺れる紅い瞳で見つめた彼女は、視線を大志に戻す。
「……まず、どうしますか?」
「そうだな……」
腕を組み、思案に耽る大志。
「いきなり勇者に会いに行っても、門前払いされるのがオチだろうし……。何か、きっかけが欲しいな。勇者に“お目通り”出来るようなきっかけが……」
二人は頭を捻る。しかし、簡単に方法が見つかるはずもなく……
「……とにかく、街に行ってみようか」
「……そうですね」
とりあえず、二人は街に向かって行った。




