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双極世界の黒い瞳の魔王様  作者: 井平カイ
第四章【無限の魔力】
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落ちる空

 暗雲立ち込める空の下――岩場の頂上付近では、アベルが握る銀色の刃が横一文字に振り抜いていた。風を裂くように閃いた刃は、執拗に大志の胴体を狙う。大志はアベルの様子を窺いながら右へ左へと跳躍しながら後方へと下がっていく。そして痺れを切らしたアベルが、それまでよりも大きく剣を薙ぎ払った。大志は、その動きを見逃さない。

 一呼吸で距離を詰めた大志は、アベルの胴体に蹴りを入れ込む。


「あぐっ―――!!」


 口から嘔吐物を吐き出したアベルは、体中に響く衝撃に動きを止める。すかさず大志は掌をかざし、アベルに向け雷撃を放った。轟音と眩い光に包まれたアベルは、断末魔すら出す暇もなく吹き飛ばされた。直撃である。


「………」


 しかし大志は、一向に緊張を解こうとしない。眉を顰め、背後に視線を送る。


「……ほう……俺がここにいるのは、掴めたようだな……」


 そこには、まるで勝ち誇るかのように薄ら笑う、吹き飛ばされたはずのアベルがいた。


(またか……)


 もう何度目の光景だろうか。大志は、さきほどから永遠とこの光景を繰り返している。殴り付け、蹴り、雷をぶつける。そうして何度も何度も、アベルを倒していた。しかしアベルは、その度にこうして何事もなかったかのように彼の前に舞い戻っていた。


「大志さん! これはやはり……!!」


 物陰に隠れるステラは、大志に声を上げる。


「分かってるよステラ。奴の魔法、だろうな……まあ、だいたいの見当はついているけどな」


 大志の言葉に、アベルは感心したように声を出す。


「ほう……聞こうか……」


「お前の魔法について、色々考えてみたんだ。瞬間移動にしてはダメージが見えない。幻覚にしては感触が生々しすぎる。だったら何か……簡単なことだろうな。ぶっ飛ばしたお前と、こうして出て来たお前……両方、本物なんだろ?」


「………」


「つまりは、お前の魔法は分身ってとこだろ。もう一人の自分を複製できるような、そんな能力だ。……違うか?」


「………」


 大志の話に、アベルはただ彼の顔を見る。しばらくの時が経った後、アベルはニヤリと笑った。


「――惜しいな」


「……惜しい?」


「そうだ。お前の推測はいい線を突いている。いや、むしろその通りだ。――ただ、最後だけが違っていたな……」


「どういうことだ?」


 大志の問いに答えるように、アベルは空へと浮かび上がる。両手を広げ大志を見下したアベルは、勝ち誇ったかのように言い放った。


「――俺の魔法は、“分身”なんて安っぽいものじゃないんだよ」


 次の瞬間、アベルの体は光に包まれた。その光はやがて分裂し、次々と広がっていく。大量の光の塊が、暗雲を明るく照らし出す。そしてそれが消え去った後、大志は空の光景に息を飲んだ。


「……こ、これは……」


 大志は驚愕する。目の前の光景が信じられないかのように、空中を見渡した。

 ――大志が見渡す空には、一面に人の姿があった。背に光の輪を浮かび上がらせ、いずれも同じ顔、同じ鎧、同じ武器を持つ。それらの人物こそ、アベルだった。

 空から、幾重にも重なったアベルの声が不気味に響き渡る。


『――俺の魔法は“増殖”……いくつもの自分を作り出し、そのいずれもが俺本人だ。意識を共有し、ダメージを受ければ光になって消える。そして他の俺に全てが引き継がれる……』


「増殖って、無制限かよ……そんなのありかよ……」


『ようやく、自分の立場が分かったようだな。……そうだ。お前に、勝ち目はない。いくら俺を倒そうとも、また新たな俺が生まれるだけのこと。どれだけ個の力は勝ろうとも、一人対無限ではそんなことは関係ない。いつしか押し切られ、お前は死ぬ』


「………」


 大志は歯を食い縛り、アベルを……いや、空全体を睨み付けた。そして四肢に纏わせた雷を更に強く光らせ、体勢を整える。


『さて、そろそろ選んでもらおうか。大人しく死ぬか、それとも――……抵抗して死ぬかをな!!』


 ――空が、落ちて来た。空中を埋め尽くすかのように増殖したアベルの軍勢は、一斉に大志目がけて滑空を開始する。それは絶望的な光景だった。幾千もの蒼い瞳が星々のように光る。しかしそこに希望はない。その光から見えるのは、ただ殺意のみ。星々の視線は、地上に立つたった一人の男に向けられる。

 大量の刃の前に受けに転じれば、たちまち貫かれる――瞬時にそう判断した大志は、脚に雷光を輝かせ、空に向け光のように跳躍した。


「数が増えたからって――いい気になってんじゃねええええ!!!」


 雷光が空へと昇る。その軌道上にいたアベル達は、瞬く間に四方へと吹き飛ばされた。光が集団の遥か上空へと辿り着いた時、そこで大志は両手を下に向ける。地上には、既に大部分のアベルが降り立っていた。


「ステラ!! もっと安全なとこに隠れとけ!! ――手加減なんて、してられねえからな!!」


 最後の忠告を叫んだ大志は、両手から雷撃を解き放つ。雷は光線のように大地に降り注ぎ、空中にいる大軍を飲み込んでいった。


「おおああああああああ―――!!」


 雷が消え去るや、大志は再び雷光となり地上へと舞い戻る。大地に着地するなり、縦横無尽に駆け回り始めた。振り降ろされる剣を躱しながら、拳を突き吹き飛ばす。体の横を刃が通り抜ければ、剣を持つ腕を掴み地面に叩きつける。竜巻のように激しく躍動する彼の前に、アベルの軍勢は次々と倒れていく。


『調子に乗ってんなよ!!!』


 一部のアベル達が剣を捨て一気に大志に駆け寄っていく。そして生者にまとわり付く亡者のように、数十人がかりで彼の体に掴みかかる。


「ぐっ―――!!」


『その人数がかりならお前も自由に動けまい!!』


 大志が身動きが取れなくなったのを見計らい、周囲にいたアベル達が剣を構える。そして一斉に向かって行く。


「自分ごと斬るつもりかよ――!!」


『俺の魔法は、こういう使い方も出来るんだよ!! 俺もろともお前を斬り付けたところで、俺はまた増殖を繰り返すだけのことだ!!』


 大志の眼前に、凶刃が迫る。大志は動きが取れない腕に力を込め、体を包む雷を更に激しく輝かせた。


「このっ―――!! 舐めんじゃねえええええええ!!!」


 大志の体から一気に雷が放出される。雷は円状に広がり、群がるアベル達、はたまた飛びかかるアベル達を消し去りながら周囲に飛散していく。

 光が消えれば、立つのは大志だけになっていた。群がっていたアベル達、刃を構え迫っていたアベル達の姿はない。だが上空には、未だアベルの軍勢が浮かんでいる。増殖の魔法により、アベルは次々と増えていく。だが一方で、大志の息は既に切れ始めていた。


「……はあ……はあ……」


 大志の肩が上下に大きく揺れる。個としての能力は、大志の方が勝っていた。だがアベルは、決して手の抜けるような相手ではない。しかもそれが幾百もの軍勢となり、大志一人に向かってきている。肉体的にも、精神的にも疲労が蓄積するのは当然と言えるだろう。だがそれ以上に、大志には憂いがあった。


(くそ、時間がないな……早くケリを付けないと……)


 彼の中の焦りは、大きくなっていく。


 大志の様子を岩陰から見守るステラは、息を飲んだ。彼女の脳裏に甦るのは、英雄の街を過ぎた時の光景。


(大志さん……まさか……)


 あの時彼は、街を超えたところで突然意識を失った。何が原因かは分からない。だがもし今、アベルに対峙している今意識を失えば……考えるまでもない。大志はたちまち、命を落とすことになるだろう。

 彼女の胸の前に組む手には、自然と力が入っていた。


『――相変わらずだな……』


 上空に浮かぶアベル達は、一斉に口を開いた。


「……あ?」


『貴様の魔法、やはり威力が増してきている。確か、“お寝坊”とか言ってたな……なるほどな、確かに、寝起きが悪い……』


「………」


『だが、如何に強力な魔法を駆使しようとも、無限に増える俺に勝てるはずがないだろう。そろそろ諦めて―――』


「―――ハハハハ……!!」


 大志は、突然笑い出した。その様子に、アベルは一度息を吐いて呟く。


『……ついに狂ったか……それも致し方ないな。なにしろお前は……』


「――勘違いしてんじゃねえよ」


『……何?』


「やめだやめだ。先のこととか色々考えるのも、力を加減して時間を引き延ばすのも、全部やめだ。とにかく、お前は全力でぶっ潰す。だから、リミッター……外すぞ」


『……今まで加減をしていたというのか? ふざけたことを――』


 そうアベルが話す途中だった。大志は地上に雷光だけを残し、姿を消した。


『―――ッ!?』


 アベル達は、一瞬何が起こったのか理解出来ず動きが固まる。その刹那、彼らの遥か上空より、雷が雨のように降り注いだ。


『がああああああああ……!!』


 アベルの軍勢の一部は光に呑まれ、地上に落下する。残る軍勢は雷が放たれた方向を振り向いた。そこには、宙に浮く大志の姿があった。


『き、貴様……!!』


「だから言っただろ! リミッター、外させてもらうってな!!」


 そして大志は、四肢に纏わせた雷を激しく光らせた。


「これからどうなろうが知ったことか! 行くぜアベル!!」


 四肢の雷は、やがて大志の体全体を覆い尽くす。まるで大志自身が雷そのものになったかのように、雷光は一筋の閃きとなり、アベル達に向け滑空を開始した―――。



  

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