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双極世界の黒い瞳の魔王様  作者: 井平カイ
第四章【無限の魔力】
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超える存在

「――マズイって……どういうことだよ」


 ハルムフェルトの言葉に、大志は表情を険しくさせた。ハルムフェルトは、大志の顔に視線を戻し、静かに話を続ける。


「ここの責任者……シュバリエのアベルにはもう会ったかい?」


「……ああ。ここに来ていきなり会ったよ」


「そう……たぶん、キミの連れの子は、アベルの部屋に連れてかれているよ」


「……は? 牢屋じゃなくて?」


「アベルって奴はね……かなりの、好色家なんだ」


「好色って……女好きってことか?」


「まあね。でも、彼にとって魔界人ってのは、ただの穢れでしかないんだよ。弄ぶだけ弄び、捨てる……そうやって、何人もの捕えられた魔界の女性が悲惨な最期を迎えてるんだ」


「………」


 大志は息を飲む。甘く考え過ぎていた―――彼の脳裏には、その言葉が巡っていた。ここは、天界。魔界人であるステラを、敵視する世界。ステラはその世界の収容所に入っている。彼女がどんな目に遭うかなど、想像に容易いことだ。

 何が安全なのだろうか。何の根拠に呑気に雑談をしていたのだろうか。大志は、自分の馬鹿さ加減に舌打ちをした。

 大志はすぐにその場を立ち上がる。そして牢屋の中をくまなく見渡した。


「……どうするの?」


 ぼーっとしたような表情をしながら、ハルムフェルトは大志に訊ねる。そんな彼に視線を送ることなく、大志は見渡し続けていた。


「何がだよ」


「ここの牢屋、どうやって出るつもり? 鍵は兵士が厳重に保管してるよ?」


「ああ、それなら考えがあるから大丈夫だけど……そういえば、アベルの部屋ってどこにあるんだ?」


「それなら最上階だけど……って、出るつもりなの?」

 

 牢屋内は厳重に結界が施され、目の前の鉄格子には丈夫な鍵が取り付けられている。他に出口などない状況で、何を言ってるのだろうか……ハルムフェルトは、呆れるように言い捨てた。だが大志は、壁を手で触りながら当たり前のように答える。


「当然だろ? じゃないとステラのとこに行けないし」


「でも、出口は鍵がかかってて……」


「それなら問題ないって」


 大志は目の前の壁から数歩後退し、重心を落として構えを取る。


「――出口がないなら……作るまでだ……!!」




 ◆  ◆  ◆




 収容施設の最上階……その一室には、二人の人がいた。一人は椅子にもたれかかり、ティーカップを持つ。もう一人は室内にある大き目のベッドに座り、紅い瞳を細くしながら椅子の人物を睨み付けていた。


「そんな怖い顔をするなよ……紅茶がマズくなる……」


 椅子の人物――アベルは、笑みを浮かべながら零すように呟く。彼の蒼い瞳は、ただにやつくようにステラに向けられていた。


「……それなら、早く私をこの部屋から出してください」


 ステラは視線を逸らし、小さく吐き捨てる。彼女の言葉に、アベルは再度笑みを浮かべ、紅茶を一口啜る。室内は静まり返り、ただクラシックの音楽が不気味に響き渡っていた。重苦しい空気がステラを包み込む。目の前には天界が誇るシュバリエ……彼女の緊張は、自ずと高くなっていた。


「……私を、どうするつもりですか?」


 視線を合わせないまま、アベルに訊ねる。彼女の心境を察したのか、アベルは更に顔をにやつかせた。


「どうなるか、お前だって分かってるだろ?」


「………」


「貴様達のような汚らわしい存在は、俺達天界にとって邪魔以外の何物でもない。当然、粛清される運命にある。……だがまあ、貴様のように見れる容姿なら、“特別措置”が取られるだろうがな……」


 アベルは椅子から立ち上がり、ベッドに座るステラに歩み寄る。ステラは、ただ口を閉ざしたまま視線を逸らし続けていた。


「……震えもしないとはな……少しは気持ちを高ぶらせてもらいたいものだ」


「………」


「しかし、それもいつまで持つことだろうな……」


 アベルは、右手をステラに伸ばす―――と、その時―――


「――触らないでください」


 閉ざされたステラの口が開いた。その言葉には、恐れはない。むしろ威嚇するように、紅い瞳から放たれる視線をアベルにぶつけていた。

 ステラの言葉に、アベルは伸ばした手を彼女の眼前で止める。


「……ほう……思ったより、気が強いみたいだな……」


 依然としてアベルに臆する様子を一切見せないステラは、立て続けに口を開く。


「……あなたにとって、私のような魔界人は穢れの対象でしかないんでしょ? どうしてわざわざ……」


「確かに。天界にとって、貴様らはさっさと消え失せてもらいたい存在でしかない。……しかし、そんなゴミをどう処分しようがこちらの勝手だろう。惨めに最後を迎える前に、“いい思い”をさせてやろうというだけの話だ」


「よく言いますね。“天界にとって”ではなく、“あなたにとって”の話でしかないのでは?」


「ご名答。まさに、その通りだ……」


 アベルはクスクスと笑みを浮かべながら、一度ステラから距離を取る。


「俺からすれば、貴様らがどうなろうが知ったことではない。これからどういう扱いを受け、どういう最後を迎えるのか、実にどうでもいい話だ。お前は、捨てた食べかすに興味が出るのか? 出ないだろ? 汚く腐る前に、さっさと処分したくなるはずだ。俺にとって魔界人とは、その程度の存在でしかない」


「……そんなゴミ相手に、あなたは手を出そうとしてるのですか?」


「まあな。構造上は俺達となんら変わりはないからな」


「あなたは……歪んでます……」


「俺が? 歪んでる? ……ハハハハ……!」


「………」


 室内にアベルの笑い声が響き渡る。外の風は、彼の声に呼応するかのように吹き荒れ、窓を激しく揺らしていた。


「果たして、本当にそうか? これこそ、今の世界の形ではないか。強者が弱者をどう扱おうが自由だ。貴様らに自由などはない。ただ怯え、ただ蹂躙されればいいんだよ。主張など、言葉にする権利すらない」


「……あなたという人は……」


 ステラの視線は、更に鋭いものとなっていた。だが、彼女の視線はアベルの心を満たすことになっていた。この状況下でも取り乱すことのないステラが、自分を睨み付けている。自分に、確かな敵意を送っている。これこそ、彼が求めていた視線。恨みを持つ視線。その恨みを思うがまま蹂躙することで、彼の欲はグラスに水が注がれるかのように満たされていた。

 その時、ふとアベルは思い出す。


「……それにしても、あの大志とかいう男……」


「―――」


 突如、アベルの口から大志の名前が出る。ステラは、思わず表情を固まらせた。その表情が、アベルの口を更に饒舌にする。


「奴も、相当運の無い奴だ。貴様と行動を共にしていたがために、巻き添えになるとはな。

 見れば奴は魔界人とは少し違うようだ。しかし天界人でもない。黒い瞳の者など聞いたこともないしな。……いずれにしても、奴が何者だとしても、現に魔界人である貴様の身内であれば、俺達の敵には違いあるまい。そうやって、奴もまた処分される。惨めに、誰にも知られることなく最期を迎える。

 まあ、噂に聞く“黒瞳の雷帝”がどんな奴かと思ったが、しょせんはこんなもの―――」


「―――甘く、見ないでください」


 アベルの話は遮られた。ステラが、先ほどよりも大きく、はっきりとした口調で、気分よく語る彼の言葉で塞いだ。突然のことに、アベルは思わず言葉を忘れ、ステラに視線を戻す。彼女の瞳は力強かった。しかし、今までとはまったく違う。この眼はいったい―――

 沈黙が包まれる室内で、ステラは再び口を開く。


「甘く…見ないでください。大志さんは、あなたが思うよりずっと……ずっと、大きな人です」


「……何を言ってるんだ?」


「あの人は、この世界に決して縛られたりしてはいない。自らの目で物事を見定め、考え、歩き出そうとしています。

 あの人は、この世界を……今の世界の形を、悲しいと言ったんですよ? その言葉の意味が、あなたには分かりますか?」


「………」


「分かるわけがないでしょう。だってあなたは、種族の違う者を、ただのゴミだと言い切る人ですから。大志さんの言葉の意味を、この先理解することは出来ないでしょう。

 ――あなたに、大志さんの考えを超えることは不可能なんです」


「……お前、何が言いたいんだ?」


 アベルの語尾は強くなっていた。彼女が何を言っているのかは理解出来ない。だがそれでも、侮辱しているのは理解できる。相手はただの魔界人……そんな人物にいいように言われることが、何よりも腹立たしかった。

 しかしステラは話を止めない。止めるつもりもなかった。


「簡単なことです。あなたに、大志さんを止めることは出来ません。――いや、あなただけじゃない。歪んでしまっているこの世界の誰にも、大志さんを止めることは出来ません。

 ……もちろん、私にも」


「……だからどうした! そんな“大そうな奴”も、今や鉄格子の中だろうが!! 貴様がどれだけ言おうが、奴にはこれ以上何をすることも出来ないんだよ!!」


「それが、甘く見ているということなんですよ。……私は、信じています」


「何をだ!!」


「大志さんのことをです。――彼が、魔王をも超える存在になることを……」


「ま、魔王……だと……?」


「あなたも知っているでしょう。以前天界軍に挑んだ魔王のことを。圧倒的な力で、天界の軍勢を退けた化物のことを……。彼は、それを超える存在だと言ってるんです。そんな彼が、ここで止まるはずがありません」


「……ふざけたことを……!!」


「ふざけたことかどうか……あなたにも、すぐに分かりますよ……」


「………」


 ステラの眼は、ただひたすらにアベルに向けられていた。決して揺るぐことなく、焦がすかのように熱い眼をしていた。アベルは僅かに退く。これまで、この部屋に連れて来た魔界人は、誰もが怯えるような視線を向けていた。しかし彼女はどうだ。怯えるどころか、逆に威嚇する目をしている。目の奥に見える紅い光は決して虚ろになることはない。アベルを押し切るように、彼の蒼い目を射貫いていた。

 

(なんなんだこの女……この眼は、いったい……!?)


 アベルはたじろぐ。混乱する。彼の理解を超えた存在に、ただ睨み返すことしか出来なくなっていた。


 ――その時だった。突如、施設全体に途轍もない衝撃音が響き渡り、建物が激しく揺れ動く。天井からは埃が舞い落ち、壁の絵画は床に落ちる。


「――な、なにごとだ!!」


 周囲を見渡しながら、アベルは叫び声を上げた。その声に、ステラは静かに答えた。


「……決まってます」


「あ!?」


「――“彼”です…」




 ◆  ◆  ◆

 



「―――ハハハハ……!! キミは、本当に無茶苦茶な奴だね!!」


 牢屋の中では、ハルムフェルトが大声を出して笑っていた。彼の笑いの対象は、目の前にいる人物。そして、その光景。


「まさか、これだけ結界がかけてある壁を、魔法で吹き飛ばすなんてね!!」


 彼の見つめる先には、外からの光が差し込まれていた。岩を削った壁の中央に、巨大な風穴―――光は、そこから溢れていた。その前に立つ人物――大志は、笑い転げるハルムフェルトにばつの悪そうな顔を浮かべていた。


「いやいや、けっこう大変だったんだぞ? マナも全然集まらないし、時間かかるし……でもま、こうやって穴が空いたからもう大丈夫だけど」


 大志はゆるりと穴を潜り抜け、外へと出る。外は決して天気がいいわけではない。しかし施設内に比べれば明るい。大志は一度体を伸ばし、雲のフィルターにかけられた太陽の光を全身で浴びた。

 彼の後に続き、ハルムフェルトもまた外へと出る。


「……で? これからどうするんだい?」


「聞くまでもないだろ……」


 大志はニヤリと笑い、左の掌に右拳を当てた。


「――この施設を叩き壊す。そして、ステラを迎えに行く……!!」

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