挟撃
アルヴァとスグルトは、同時に大志に飛びかかる。地を這うように飛び、剣と戦斧を同時に振り抜く。二人の斬撃はX字に閃くが、大志は跳躍しそれを躱す。躱した体制のまま、大志は雷を放った。
「任せろ!!」
大志の反撃に備えていたアルヴァは障壁を作り出し雷を防ぐ。眩く光る壁際。その光を突き破るかのように、スグルトが大志に向け飛び出した。
そして空中で戦斧を振り抜くが、大志は体を捻り避ける。捻る勢いそのままに、大志はスグルトの顔面に強烈な蹴りを放った。
「がっ――!!」
体勢が崩れたスグルト。間髪入れずに大志は雷を放とうと手をスグルトに向ける。
「させるかああ!!」
だが既にアルヴァが距離を詰めていた。大志に向け剣を振るが、剣を掴む手を大志は掴む。そして地に降りるなり、アルヴァの体を思い切り地面に叩きつけた。
「がっ…はっ……!!」
一瞬息が止まるアルヴァ。そのまま追撃をするかと思えば、大志は手を上空に向けた。その方向には、巨大な光の戦斧を構えたスグルトがいた。
「――ッ!!」
大志はスグルトの動きを見ていなかった。故にスグルトは裏をかいたつもりだったが、周囲に展開する電磁フィールドにより大志にはスグルトの行動が手に取るように分かっていた。
「くそがああああ!!」
自棄を起こすように、スグルトは光の戦斧を打ち下ろす。しかし大志が放つ雷は戦斧にぶつかり、スグルト諸共弾き飛ばす。
「な、なんだと!?」
容易く弾き飛ばされたことに、スグルトは驚愕する。明らかに、大志の雷の威力が上昇していた。
「チッ――!!」
倒れていたアルヴァは立ち上がり、大志に向け至近距離で剣を振る。
「うぉらあああああ!!」
スグルトもまたすぐに大志に向け滑空し、大志を挟むようにしながら戦斧を振るった。二人はそれぞれの武器をひたすらに振り抜く。しかし大志はそれすらも躱す。幾重にも重なる二人の刃の隙間を掻い潜り、スグルトに向け雷を走らせた。
「がああああ!!」
雷に呑まれたスグルトは後ろへ吹き飛ぶ。
そして大志は今度はアルヴァに雷を飛ばす。しかし造られた障壁がそれを阻む。だが大志は雷が障壁に衝突するやいなや、瞬時にアルヴァの背後に回り込む。
「―――ッ!?」
「飛んでけよ!!」
雷を強く帯びさせた掌底を直接アルヴァの背に叩き込む。
「うああああああ!!!」
アルヴァの体は水平に弾け飛ぶ。スグルトは痛む体を起こし、向かって来るアルヴァの体を受け止めた。足は地を滑る。それでも踏み止まり、方膝を付いてアルヴァを支える。
――しかしこの時、大志はすでに両手に雷を溜めていた。
「――ッ!」
「――いくぞ」
大志は両手から雷を解き放つ。雷の波動は瞬く間にアルヴァ達を包み込み、発光と轟音が周囲に広がった。
やがて光が収まると、大志は両手を力なく下げる。彼の目の前には、スグルトに抱えられながら障壁を展開させるアルヴァがいた。雷がぶつかる寸前に障壁を作ったアルヴァ達は、雷の直撃を免れていた。
「……もうちょいだったんだけどな」
大志はあくまで余裕の言葉を口にする。一方、アルヴァとスグルトは肩で荒く息をしていた。
「……凄い」
遠くから見守るステラは、目を丸くしてその光景を見つめていた。彼女自身、大志が魔法を駆使し本気で戦うところを見たのは初めてだった。大志が強いのは知っていたが、これほどとは思わなかった。
相手はシュバリエではないにしろ、降輪状態の実力者二人。その二人を、圧倒的に追い詰めていた。
しかしその強さには、どこか儚さも感じる。それは、彼女自身の件が深く関係しているが、当然大志には知る由もない。
アルヴァ達を追い詰める大志の活躍とは対照的に、ステラはどこか不安に思えていた。
アルヴァとスグルトは、ゆっくりと立ち上がる。視線は一切大志から離さない。離せなかった。少しの油断も出来ない相手。二人がかりで全力を尽くしても追い込まれる相手。ここまでの強者を相手にするのは、二人とも初めてのことだった。
「……ハハハ、参ったな。ここまでしてもこれだけの差があるとはな……」
「こんな奴がいたとはな……」
アルヴァは、大志のあまりの力に笑いが込み上げていた。スグルトも同様に、大志に尊敬の念すら感じていた。
「どうするよ、アルヴァ。このままだと、そのうち押しきられるぞ」
「……私に考えがある。スグルト、一つ頼まれてくれないか?」
そして二人は、視線を合わすことなく話をする。
大志はと言うと、冷静を装いつつも、心の中では違っていた。圧倒的な力の差がありながら、彼の心は焦りを感じていた。
(……このまま長引くのは不味いな。早くケリをつけないと……)
そう思う彼の四肢には、依然として雷が宿る。その光は、益々強く輝いていた。
「――大志!」
突然、アルヴァは大志に向け叫ぶ。
「大したものだ! おそらくは、このままいけば私達は一方的にやられてしまうだろう!
――だが、私達にも誇りがある! 最後の抵抗をさせてもらうぞ!」
そう叫んだ彼女は、大志に向け飛び出した。それまでで最も早く、大志との距離を詰める。それに続き、スグルトも飛び立つ。
大志は右手から雷を放つ。それはそれまで以上に激しい雷だった。
アルヴァとスグルトは体を擦らせながらも直撃を躱す。体には激しい痛みが走る。それでも二人は歯を噛み締め、大志に向かう。
すると突然、スグルトは遥か高く上昇し始めた。
大志はそれを認識しながらも、目の前に迫るアルヴァの対応を優先させた。
アルヴァは剣を振る。大志は軽々と刃を躱す。だがここで、アルヴァは大志に向け剣を投げつけた。
「――!?」
大志は体を捻りそれを避ける。その隙に、アルヴァは大志の頭上に飛ぶ。そして一気に下降し、障壁を展開させた。
「なっ――!」
障壁はそれまでで最も大きいものだった。それを押し潰すように、アルヴァは大志に向け急降下する。
「そう来たか!!」
大志は上空めがけ、雷を放つ。障壁は大志の頭上で雷とぶつかり止まる。それでもアルヴァは、大志に向け下降する。大志は雷で押し返そうとしていた。
――ここで、大志は目を疑う。
「うおおおおああああ!!!」
遥か上空に飛び上がったスグルトが、光の戦斧を振り上げて猛烈な勢いで降下してきていた。このまま振り抜けば、アルヴァもろとも切り裂いてしまうだろう。だが、その姿に迷いは見えない。アルヴァもまた一切避ける素振りを見せず、歯を食い縛り下へ下へと降下し、大志を押さえ付ける。
「アルヴァ! お前自分ごと――!?」
「命を顧みていては、お前に勝つことは叶わないからな!!
お前の力は危険過ぎる! 私はお前が怖い! お前の力が天界に向けられることが怖いんだ!
――だから、お前はここで必ず止める! いかなる手段を使ってもな!!」
「バカかお前!! スグルトの一撃をモロにくらえば死んじまうぞ!?」
「もはや命は捨てた!! ――大志!! 私に付き合ってもらうぞ!!」
アルヴァの目は真実を語っていた。全てを覚悟した目だった。そしてそれは、スグルトも同じだった。アルヴァの覚悟を知り、彼もまた覚悟を決めていた。それこそが、アルヴァに対する礼儀だと――
(――何言ってんだよ……何言ってんだよ……!!)
大志は激しく心をざわつかせる。彼の脳裏には、あの日の記憶が甦る。町を赤く染めたあの日の光景が――
彼が強くなった理由は一つ。あの日の自分を悔いたから。誰にも殺されず、誰も殺さないため……だが、今まさに、目の前で死をもって自分を打ち砕こうとする者がいる。
大志は、それが我慢できなかった。
「――ッ!? なんだ!?」
上から大志を押さえ付けるアルヴァは、すぐに変化に気付く。
「――命を捨てた? 命を顧みない? ふざけんなよ……ふざけんなよ……!!」
「こ、これは……!!」
大志の雷は、明らかに威力を増していた。彼の元には、それまでとは比べ物にならない程のマナが収縮されていく。押さえ付けるアルヴァの障壁は、徐々に亀裂が入り始める。押さえ付けるアルヴァの腕も震える。
「しょ、障壁が……もたない!?」
なおも大志の雷は威力が上がり続ける。まるで底は見えない。まるで無限に上がるかのように、限りなく上がり続ける。
「――勝手に! 俺に! 命懸けてんじゃねええ!!」
大志の雷は一際強く放たれた。
「ぐっ――うぐっ――あああああ!!」
あまりの威力に、ついにアルヴァの障壁はまるでガラスが割れるように砕け散る。その衝撃でアルヴァの体は弾き飛ばされる。
なおも大志の雷は上空めがけ走る。
「――ッ! なんだと――!?」
上空から戦斧を降り下ろし降下していたスグルトは、アルヴァの障壁が破られたことに驚愕する。その刹那、雷の塊が戦斧と衝突する。その威力は桁違いだった。一瞬の間も耐えることも出来ず、スグルトの光の戦斧は弾き飛ばされ、彼自身も回転しながら吹き飛ぶ。
「ぐうう……!!」
空中で体を静止させたスグルトは、目の前の景色に息を飲む。
そこには、もはや雷とは言い難い、光の柱が聳えていた。光の柱は雲すら散らす。その景色は、神話の世界にも見えた。
「――ッ! アルヴァ――!」
スグルトは我に返り、地上に目をやる。――すると目の前には、大志の姿があった。
鬼の形相で拳を構える大志。彼の構える右手には、眩い雷光が宿る。
「――寝ろ!!」
スグルトが思考すら出来ない間に、大志は右手の突き上げ、スグルトの腹部に叩き付けた。
「ゴフッ――ッ!!!」
スグルトの巨体は、大きくくの字に折り曲がる。その一撃は、瞬時に彼の意識を断裂させた。
地上ではアルヴァが立ち上がる。頭に手を当て、混乱する思考を落ち着かせていた。だが動揺は激しい。今まで、障壁を破られることなどなかった。しかし絶対防御は破られた――それが、彼女の冷静さを削いでいた。
次の瞬間、アルヴァの目の前に大志が現れる。四肢には雷光。視線は獣の如し。
アルヴァは、その姿に畏れを抱き身を凍らせる。
――その隙に大志は再び姿を消す。その一瞬後、アルヴァの首の後ろに衝撃が走る。大志は彼女の背後に移動し、首めがけ手刀を打ち込んでいた。
アルヴァもまた、一瞬のうちに意識を失い、そのまま地面に倒れる。
それを追いかけるかのように、空からはスグルトが落ちてくる。大志はスグルトの体を片手で受け止め、やや無造作にアルヴァの隣に寝かせた。
並び意識を失ったまま眠る二人。それを見た大志は、ようやく安堵の息を漏らした。
「……ふぅ」
体を伸ばして、大きく深呼吸する。
(……何とか間に合ったな)
そして大志は、駆け寄るステラの元へと歩み寄っていった。




