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双極世界の黒い瞳の魔王様  作者: 井平カイ
第三章【英雄の街】
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巨像

 スグルトの豪快な一振りが大地に突き刺さる。大志は体を横に向け、スグルトの一撃を躱していた。


「素早いな!!」


 だがスグルトは、もう一つの戦斧を横に振り切る。大志は宙に飛び、反転しながら後方に距離を取る。


「逃がすか!!」


 スグルトは距離を詰め、二つの戦斧を交互に振る。巨大な戦斧は、まるで鞭のような凄まじいスピードで繰り出される。あらゆる方向から振り抜かれる戦斧は、草に触れれば草を切断し、大地に触れれば切れ込みを入れる。しかし大志はひたすらにそれを躱し続ける。やや後ろに下がりながら、スグルトの様子を窺う。


「どうした!! 逃げるばかりか!!」


「――逃げるかよ!!」


 強大な一振りを躱した大志は、大地を蹴る。スグルトの顔目掛けて跳び上がり、強烈な膝をスグルトの顔面に浴びせた。スグルトの顔は後ろに逸れる。だがすぐに顔を戻したスグルトは、宙を飛ぶ大志を見てニヤリと笑う。その笑みを見た大志は、スグルトにダメージが無いことを悟った。


「やばっ―――」


 宙を舞う大志に向け、スグルトは戦斧を振る。大志はスグルトの顔面を踏み台にして更に跳躍し、紙一重で戦斧の一撃を躱した。

 スグルトは顎に手を当て、首を捻らせながら残念そうにする。


「……くそ、もう少しだったんだがな」


「お前タフだなぁ……普通さっきの膝で終わってるぞ」


「ふん。あんな攻撃、何発受けても効かんわ」


「嘘だろ……バケモンかよ」


「お前が言うな。俺の連撃を全部躱しやがったくせによ」


「まあな。でも、スゲエ速いな」


 そこでスグルトはニヤリと笑う。


「……なら、もっと早くしてやろうか?」 


「……あ?」


 その直後、スグルトの背後にも光の輪が浮かび上がった。それこそ、降輪―――


「俺も使えるんだよ。降輪……」


「……マジかよ。お前が、“天使”って面か?」


「天使? なんだそれ?」


「……いや、なんでもない」


「よく分からん奴だ。……それと、俺も魔法を使わせてもらうぞ……」


 そう言うと、スグルトの両の戦斧にマナが集まり始めた。マナを帯びた戦斧は仄かに鈍く光る。


「なんだそれ……光でも飛ばすのか?」


「まあ、見りゃ分かるよ。――さて、そろそろ行くぞ」


 スグルトは構える。大志もまた、すぐに構えをとった。先ほどの戦斧の攻撃は、到底戦斧とは言えない程の速度で繰り出してきていた。これに降輪とくれば、自ずとその脅威さは分かる。それに加えてスグルトの魔法。体に変化はないようだ。だが、彼の戦斧は光を纏う。さすがの大志も、警戒を強くした。

 そしてスグルトは駆け出した。そして間合いに入るなり、先程よりも速く戦斧を連続で振り抜く。風を切り裂く音が響く。少しでも触れれば、その部分が吹き飛んでしまうかのような攻撃の数々。

 だが大志は、それすらも冷静に躱す。


(攻撃の速度が上がっているが、これは降輪のおかげだろうな。なら、奴の魔法は……)


 躱した後、大志はスグルトに掌をかざす。


「雷か―――!!」


 たまらずスグルトは宙へと飛ぶ。その直後、彼が立っていた場所には電撃が走る。宙へと逃げたスグルトは、すぐさま戦斧を振りかざした。そして滑空するかと思いきや、振りかざしたままスグルトは宙に静止する。


「……なんだ?」


 目を細めて彼の様子を見る大志。その大志を見たスグルトは、ニヤリと笑みを見せた。


「うおおおおおおおお!!!」


 スグルトが雄叫びを上げると、戦斧から光が放たれる。そしてその光は、彼の頭上で―――いや、まるで武器を媒介にするかのように、戦斧の先から光が伸び、巨大なもう一つの光の戦斧を形成した。


「なっ――!!」


 驚愕する大志。スグルトは、そのまま巨大な光の戦斧を地上に向け振り下ろした。大志は大きく横に飛ぶ。光の戦斧が大地と衝突すると、大地を割り、巨大な深い亀裂を作り出す。それは紛れもなく刃による一撃。光の塊は、間違いなく戦斧であった。


「……なるほどな。これがアンタの魔法か……」


 スグルトの戦斧は再び戻り、元の鈍い輝きを放つ。


「おうよ。これが俺の魔法、“巨像”だ。俺が手にした武器を巨大なものへとするっていうものだ。飛ばしたりも出来ねえ単純な魔法だが……派手だろ?」


「確かに。……厄介なもんだな」


「そうだろう。これに触れれば最後……お前なんぞ、叩き潰されるぞ!!」


 スグルトは宙に浮いたまま再び戦斧を構える。そして二つの、巨大な戦斧が空中に出現する。


「――オラアアア!! どんどんいくぞ!!」


 スグルトは二つの戦斧を交互に振る。巨大な戦斧は空から振り下ろされ、瞬く間に大地を割る。振動と衝撃の地響き。大地は揺れ、地は裂ける。戦斧のその巨大さで、大志は大きく跳躍を繰り返す他なかった。

 しかしそれでも反撃をする。躱しながら雷をスグルトに放つ。攻撃のみに意識を集中していたスグルトは躱せるはずもなく、雷の直撃を受ける。


「うぐぐっ――!!」


 呻くスグルトだったが、すぐに目を見開き再び戦斧を振るった。


(耐えるのかよ!!)


 大志は驚愕しながらも、幾重にも振り降ろされる光の戦斧を躱す。そして躱しながら、足に帯電させた雷を強くした。


「この―――!!」


 大志の足元に雷光が走る。そして彼は瞬時にスグルトの背後に移動した。


「――ッ!?」


 スグルトは大志の姿を完全に見失っていた。それはシュバリエとの戦闘で見せた大志の高速移動術。やはりスグルトも大志の姿を捉えることは出来なかった。


「――いい加減に落ちろよ!!」


 背後から、スグルトに向け雷を放つ。強烈な雷は、無防備となっていたスグルトの体を襲う。


「がああああああああああああ!!!」


 凄まじい衝撃に、スグルトの体は大きく仰け反る。さすがのスグルトの耐久力でも二度の雷の攻撃に耐えきることは難しく、スグルトはそのまま地に向け落ち始めた。

 ――が、落ちながらも彼の魔法は途切れていない。落ちる体勢のまま、スグルトは光の戦斧を大志向け走らせた。


「――読んでんだよ!!」


 だが大志もそれを予知していた。彼の両手の雷が激しく光る。大志は両手を大きく前に突き出し、迫る巨大な戦斧に向け大出力の電撃を放つ。光の柱とも言える程の雷の塊は迫る戦斧と衝突する。

 攻撃はスグルトの方が仕掛けた。だが、大志の放つあまりに強大な雷に、いつしかスグルトの方が耐える形となっていた。


「うぐっ……ぐぐっ……!!」


 スグルトは必死に耐えるが、大志の放出する雷は衰えることなく、むしろ勢いを増していく。

 押し切られるのは時間の問題だろう―――そう思われた瞬間、大志の耳にステラの叫びが響く。


「―――大志さん!! アルヴァさんが――!!」


「―――ッ!?」


 ステラの言葉に、大志はすぐに電磁フィールドの範囲を拡大させる。すると彼の右側面から、猛烈な勢いで迫るアルヴァの姿を認知した。


「――大志いいい!!!」


 アルヴァは瞬く間に大志の眼前へ辿り着き、剣を振り抜く。だがアルヴァの姿を把握していた。大志はそれを躱す。しかしスグルトへの雷の放出は中断せざるを得ず、スグルトは間一髪のところで雷の直撃を受けずに済んだ。

 そして地に降り立ち、片膝を付く。彼は息を切らていた。


「はあ……はあ……」


 彼の前に舞い降りるアルヴァ。大志もまた少し離れたところに着地する。


「……スグルト、大丈夫か?」


 大志を睨み付けたまま、アルヴァはスグルトを気遣う。そんな彼女に、スグルトは失笑しながら言葉を返す。


「ハハハ……無様なとこ見せちまったな……でも、おかげで助かったぞ」


「……そうか」


 アルヴァはすぐにでも障壁を出せるよう構えていた。そんな彼女に、大志は言う。


「思ったより復活が早かったな、アルヴァ。でもな、お前の障壁はもう意味をなさねえよ。――お前の障壁、正面からの攻撃しか防げないんだろ?」


「………」


 図星だった。そう予想した大志は、だからこそ最後に彼女の背後からの攻撃をしていた。見破られたアルヴァだったが、彼女は動じることはなかった。

 アルヴァは横目でスグルトを小声で声を掛ける。


「……スグルト、まだいけそうか?」


「ああ。大丈夫だ」


 そう言い、スグルトも立ち上がる。それを確認したアルヴァは、大志に視線を戻した。


「……その通りだ、大志。もはや隠す意味もないだろう。私の障壁は、正面にしか展開出来ない」


「だったら、たぶんもう勝ち目はねえよ」


「――いや、そうでもないさ。何せ、こちらは“二人がかり”だからな……」


 そうアルヴァが言うと、スグルトは再び戦斧を構える。


「……まだやるつもりかよ」


「当然だ。私とスグルトに、戦闘放棄はない。倒れるまで戦い続けるのみ」


「なるほど、ね。結局二人ともぶっ飛ばさないと終わらないってことか」


 大志もまた構える。四肢の雷が迸る。視線は二人に向けられる。


「――よもや卑怯とは言わないだろうな。私は――私達は、お前をこれ以上進ませない……!!」


 アルヴァとスグルトの本心を言えば、本来であれば、二体一の状況などは作りたくなかった。だが、目の前の男には、そうも言っていられなかった。単身ではとても勝ち目はないだろう。恥を捨て、外聞を捨て、アルヴァとスグルトは大志に挑む。大志もまた何も言わずにそれを受ける。

 草原での攻防は、更に激しさを増すばかりだった。


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