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双極世界の黒い瞳の魔王様  作者: 井平カイ
第三章【英雄の街】
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障壁

 大地を駆けるアルヴァは、剣を構える。やや細めの剣ではあったが、鈍い光を放つ刃は刃毀れ一つない。


「――はあっ!!」


 その剣を横一字に振り抜く。だが大志はそれを読み、紙一重の距離で躱す。しかしアルヴァも攻撃の手を緩めず、立て続けに剣を振り続ける。さすがは兵士長だろう。その剣筋は鋭く深い。闘技大会に出場した選手など、彼女の太刀筋には太刀打ちも出来ないだろう。

 だが大志はそれを見切る。次々と繰り出される刃の閃きを黒い瞳で確かに捉える。


「チッ―――!!」


 アルヴァは大志に向け剣を突く。がそれも体を回転させながら躱した大志は、その回転力をそのまま右肘に乗せ彼女の腹部に突き込む。さすがに鎧の上からでは肉体へのダメージは少ない。だがその衝撃でアルヴァの体は後方によろける。

 大志はよろける彼女の右手を掴み、一気に放り投げる。宙を舞うアルヴァの体。アルヴァは着地しすぐに大志に視線を送るが、大志は既に距離を詰める。苦し紛れに剣を振るが、大志に当たるはずもない。


「甘いんだよ!!」


 剣を潜り抜けた大志はアルヴァの懐に入り、胴体を思い切り蹴り抜く。


「がはっ―――!!」


 アルヴァの体は、再び後方に吹き飛ぶ。今度は鎧越しでも十分な衝撃が彼女の腹部を襲っていた。内臓が蠢き、吐き気がする。それでもアルヴァは体を起こし、剣を構える。


「はあ……はあ……」


 アルヴァは既に肩で息をしていた。分かっていたつもりだった。だが、客観的に見るのと実際に戦うのでは雲泥の差があった。こちらの剣は当たらない。相手の攻撃は重く速い。圧倒的な強さでトーナメントを勝ち抜いた理由を、アルヴァは身をもって思い知っていた。


「……アルヴァ、悪いが今のままだと相手にならねえよ。どうする?」


「ふん……決まっている。全身全霊をもって――死合うのみ!!」


 その言葉の直後、アルヴァの背後に光の環が出現した。そしてアルヴァの体はふわりと宙に浮かぶ。


「……やっぱりお前も使えるんだな。降輪」


「私自身、これはあまり好きではない。宙に浮かび制空権を制すなど、私の流儀に反するのでな。……だが、お前にはそうも言ってられないだろう」


 宙に浮かぶアルヴァは剣を構える。大志もまた地に着く足に力を込める。


「行くぞ!!」


 アルヴァは一気に加速する。風を帯び、人剣一体となり大志に向け滑空する。速度は先程の倍――いや、数倍はあろうか。


「やっぱ速ッ――!!」


 大志は体を捻らせ躱す。躱しながら足を蹴り入れようとするが瞬時に上昇したアルヴァを捉えることはない。


「どうした雷帝!! 当たらないぞ!!」


 アルヴァは宙を舞いながら叫ぶ。だが大志は、あくまでも冷静だった。


「やっぱ降輪ともなると、大した速度になるな」


「まだ余裕を出すか!! だが、長くは続かんぞ!!」


 再びアルヴァは滑空する。剣を構え、速度を乗せた一太刀を浴びせるために。


 ――その時、アルヴァは気付く。大志の両手の雷が、更に強く光ることを。


「―――ッ!?」


「――俺も、使わせてもらう」


 そして大志は右手をかざし、掌から雷を放出する。激しい雷撃は空へと昇り、アルヴァの体に迫る。慌てて体を捻り雷の一撃の直撃を逃れたものの、彼女の体には雷の衝撃が走る。


「がっ―――!!」


 そのままアルヴァは地上へと堕ちるが、大地と衝突する寸前で体勢を整え、何とか踏みとどまった。


「……はあ……はあ……直撃せずに、この威力か……」


 アルヴァは全身を襲う痛みに耐えながら呟く。もし直撃すれば、魂ごと打ち砕かれることだろう。


「悪いな。俺も先を急ぎたいんだ。さっさと決めさせてもらう」


 大志の手に、再度雷が光り輝く。

 だがアルヴァは、その光を見てニヤリと笑う。


「……なるほど、確かに強力だ。――だが、私には“通じない”ぞ」


「……は?」


(強がりか? それにしてもこの余裕は……)


 先ほどの一撃を見てのはったりなのか……そうも思えない。考える大志に、アルヴァは更に挑発する。


「撃つなら撃てばいい。だが、お前の雷は私には通じない」


 飽くまでもそう言い放つアルヴァに、大志は少しだけ心をざわつかせた。


「……いいさ。なら、止めて見せろよ!!」


 そして大志は雷を放つ。その刹那、アルヴァは剣を横にして自らの前に翳す。


(なんだ?)


「――無駄だ!!」


 アルヴァの目の前に、突如光の壁が出現した。走る雷は光の壁と衝突する。激しい光と轟音は周囲に響き渡る。傍から見るステラはあまりの眩しさに手をかざしながら見守る。

 やがて雷が消え去ると、そこには光の壁だけが残っていた。


「……マジかよ」


 一瞬だけ、大志は気を抜いてしまった。アルヴァはそれを見逃さない。すぐに大地を駆け、大志に接近する。懐に入るなり剣を振るが、大志は辛うじてそれを躱す。そして至近距離で掌を向け、雷を放つ。

 ――だが、それよりも早くアルヴァは再び光の壁を作っており、雷は大志の目の前で飛び散る。そして再びアルヴァは剣を大志に向け振りかざすが、大志は一度距離を置き、舌打ちをするアルヴァを睨み付けた。


「……アルヴァ……!!」


 大志の鋭い視線に動じることなく、再び剣を構えたアルヴァは高らかに言い放つ。


「見たか大志……これが私の先天魔法、“障壁”だ。いかなる攻撃も、私の壁の前には届かない。――貴様の雷とて同じだ!!」



 ◆  ◆  ◆



 一方、街の闘技場はざわついていた。王者決定戦を前に、大志が突然消えたことで混乱が怒っていた。観客席に座る人々は、いつまで経っても始まらない決定戦に苛立ちを覚え、頻りに罵倒を飛ばす。係員の兵士は観客を宥める者と大志を探す者に別れ慌ただしく対応していた。

 観客席に座っていたヘイルは、罵声を飛ばす観客に怯えながら、会場を見つめていた。


(大志……何してんだろ……)


 ふと、彼は特別席に姉であるアルヴァ、それと、大志と行動を共にしていた巡礼者――ステラの姿がないことに気付いた。


(お姉ちゃん? ステラさん? どこ行ったんだろ……)


 消えた三人に、ヘイルはどこか不安を覚えた。何か嫌な予感がする……だが、今の会場の状態では、とても兵士に探すのを依頼するのは難しい。どうするか悩んだ彼の脳裏に浮かんだのは、スグルトであった。スグルトはアルヴァの家に頻繁に来ており、口には出さないがまるで兄のように慕っていた。彼なら、何とかするかもしれない。ヘイルは急ぎスグルトの控室に向かった。

 闘技場内の廊下もまた、慌ただしく走り回る兵士が多数いた。とても話しかけれる状態ではない。彼はすれ違う兵士達の顔を横目で見ながら、スグルトの部屋に辿り着いた。


「――スグルト、入るよ?」


 一度声をかけ、扉を開ける。室内は薄暗かった。灯りが点いていない。ヘイルは入り口にあったランプに火を灯し、それを手に取る。そしてランプの光に照らされた室内を改めて眺めてみた。


「……スグルト?」


 だが、そこにスグルトの姿はなかった。通常決定戦では、スグルトはこの部屋から直接闘技場に向かう。つまりはこの部屋以外に待機するところはない。


(お姉ちゃん、スグルト、大志、ステラさん……みんなどこに……)


 彼の中に、再び嫌な予感が走る。気が付けば、彼はランプを床に置き、闘技場を飛び出していた。



 ◆  ◆  ◆



 街外れの草原では、大志とアルヴァの攻防が繰り広げられていた。

 大志はアルヴァの剣を見切り、躱し続ける。アルヴァは時には地上戦を、時には宙に飛び空中戦を繰り広げながら、大志の体を剣で狙う。大志もまた躱すと同時にアルヴァへの攻撃を繰り返す。だが大志の攻撃は、いずれも当たることはない。光の障壁が、大志の攻撃を遮っていた。

 大志の鋭い突きがアルヴァに向けられる。だがそれすらも、アルヴァの障壁に阻まれる。


「チッ――!!」


 アルヴァの剣の反撃を躱した大志は、再びアルヴァとの距離を置いた。アルヴァの障壁は、大志のいかなる攻撃をも阻む。雷撃、打撃、蹴撃……そのいずれも、彼女に届くことはない。彼女の先天魔法“障壁”は、まさに絶対防御のものであった。

 距離を置いた大志に、アルヴァは声を掛ける。


「確かにお前の攻撃は強力だが、私には通じない。もっとも、私の攻撃も見切られてるようではあるがな。だが、躱し続けることと、防ぐこと――その精神的負担の差は、どちらが重い?」


「言ってくれるじゃねえか……」


 アルヴァの言葉には自信があった。だがそれも当然だろう。黒瞳の雷帝と呼ばれる大志の渾身の攻撃を、障壁は全て防ぎきっている。それについては、大志もまた舌を巻いていた。

 ……だが、大志は攻撃をしながら、アルヴァの障壁をひたすらに観察していた。そして、一つの過程を立てていた。


「………」


 大志は掌から、小さな光の礫を生成する。それはバチバチと音を鳴らす、雷の礫。駆け出した大志は、走りながらそれを周囲に撒き散らしていく。空中には、フワフワと光の礫が揺れていた。


(何をしている? もしや、トラップか何かか?)


 礫はその場から動かない。それを見た彼女は、触れればダメージを受ける機雷のようなものであると想像した。


(トラップだとしても、触れなければいいだけのこと……!!)


 そしてアルヴァは駆け出した。すると大志は、逆に足を止めた。そして構えることなく、ただ胸の前で右手を差し出した。


「観念したか大志!! ――覚悟!!」


 アルヴァは跳び上がり、力強く剣を握り締める。そして大志目がけ振り降ろした。タイミング的には完璧だった。到底逃げれるものではない。

 ――ここで大志は、右手を強く握り締めた。その瞬間、宙を舞っていた光の礫は、一斉にアルヴァに向け走り出した。


「なっ―――!?」


 剣を振り上げたまま、アルヴァは迫る雷に目をやる。それはまるで無数の光の矢。それがアルヴァを目掛け様々な方向から向かってきていた。


「くっ――!!」


 体を捻り反転したアルヴァは、自らの背後から迫る光矢を障壁で防ぐ。しかし彼女の背後には、別の光矢が迫る。その数本が、彼女の背を捉えた。


「がっ―――!!」


 まるで鈍器で殴られたかのような衝撃がアルヴァを襲う。なおも多数の光矢は彼女に迫る。アルヴァは一度宙を飛び離れようとした。だが光矢は彼女を追尾する。光矢の速度は飛ぶアルヴァの速度と同等。だがその数は多数。やがて逃げきれなくなった彼女は後ろを向き障壁を作り出す。障壁にいくつもの光矢が衝突し、マシンガンのように断続的な衝撃音が響き渡る。しかし全てを防ぐことは出来なかった。再び数本が彼女の背後から迫り、背に当たる。


「ぐぅ――!!」


 痛みに呻き声を漏らすアルヴァ。その一瞬、障壁は姿を消す。すると瞬く間に彼女の体を目掛け、多数の光矢が降り注いだ。


「しまっ―――!!」


 彼女が光矢に気付いた時には、無数の矢が彼女の体を襲う。


「ぐあああああああああああ!!」


 身を屈めながら矢を受けるアルヴァだったが、体中を走る衝撃に耐えかね叫び声を上げる。全ての矢を受けたアルヴァには、無数の痣が残る。鎧はひび割れ、痛々しく欠片が落ちる。そして彼女の降輪は消え、地上に落下する。

 ――しかしここで、間もなく地上に衝突する寸前に、アルヴァの体は屈強な腕に受け止められた。


「……お前は……」


 大志はその人物に目をやる。彼にとって、それは意外な人物だった。


「……どうしてこんなところにいるんだ? ――スグルト」


「………」


 アルヴァを受け止めた人物は、スグルトであった。普段着とは違い、鉄の胸当てを装着していた。背中には巨大な戦斧が二本。おそらくは、彼の獲物だろう。一度大志に視線を送ったスグルトは、大きな腕でアルヴァを抱えゆっくりと運ぶ。そしてステラの横に彼女を眠らせた。


「……悪いが、見ていてくれないか?」


 スグルトは、ステラにそう話す。アルヴァの家で見た時とは印象が全然違っていた。表情は引き締まり、声も決して豪快でもなく冷静に話す。


「あ、はい……」


「すまない……」


 一度礼をしたスグルトは踵を返し、大志の元へと歩み寄った。そんなスグルトに、大志は声をかける。


「驚いたよ。まさか、アンタが来るなんてな」


 その言葉に、スグルトは表情を緩ませた。


「驚いたのは俺の方だ。まさか、こんなところでアルヴァが本気で戦ってるんだからな。――しかも、あれほどダメージを受けるとは……」


「悪かったな。ただ、加減をするなってのがあいつの希望だったからな」


「それについては文句を言うつもりもないし、どうしてこうなったか聞くつもりもない。お前と戦うことは、アルヴァ自身で決めたことだ。結果がどうであれ、俺はアルヴァを信じる」


「……ホントにホレてんだな」


「当たり前だ。俺は、アルヴァの夫になる男だぞ?」


 その言葉に、大志も思わず笑ってしまった。だがすぐに表情を戻し、スグルトに言う。


「……さて、俺達はもう行こうかと思うんだけど……どいてくれるか?」


「――どくと思うか?」


 その言葉と共に、スグルトは背負う戦斧の一本を手に取り、轟音を響かせ振り抜いてきた。大志は後ろに飛びそれを躱し、距離を取る。


「……やっぱ、どかねえよな」


「当然だ。どんな理由にしろ、アルヴァはお前に戦いを挑んだ。つまりは、お前はアルヴァが戦うべき相手ということ。――ならば、アルヴァがああなったからには、その意志は俺が継ぐ……!!」


 そしてスグルトは、戦斧を両手に構える。巨体に戦斧が二振り……それは、迫力のある立ち姿だった。


「――構えろ大志!! 俺は闘技場の覇者!! 容易く倒せる相手ではないぞ!!」


「――上等だよ!!」


 二人は同時に前に出る。スグルトは両手の戦斧を、大志に向け振りかざした。


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