礼と信念
オオオオオオオオオ……!!
会場は凄まじい歓声に包まれる。誰もが興奮しながら手を握り、天に掲げ、雄叫びを上げる。
なぜなら、“彼”が戦っていたからだ。
「――クソがあああ!!」
対戦相手の振りかざした大剣が、地面に叩きつけられる。だがやはり、彼の体を捉えることはない。
「そんな大振りじゃ十年経っても当たんねえよ!!」
大志は躱した剣を踏み台にし、相手の頭上を舞う。そして通過する直前に、後頭部目掛けしならせた足を蹴り入れる。
「がはっ――!!」
男は地面に倒れる。後頭部にとてつもない衝撃を受け、目の前が歪む。それでも懸命に立ち上がろうとするが、手足に力は入らない。
そして、最後は地に沈んだ。
「……ふぅ」
男が倒れたのを確認するや、大志は出入口に向かう。それを迎える大歓声。圧倒的な力で勝ち進む彼。強者がまるで相手にならない。その力は、尊敬すら生まれる。
いつしか大志は、全観客を虜にしていた。
「……まったく、あいつには参るな」
アルヴァもまた、呆れるように声を出す。
「あんなのが天界の敵だと考えると、恐ろしくてしょうがないな」
ステラは、今のアルヴァの言葉に引っ掛かるものがあった。それまで彼女は何も言わなかった。余計なことを言えば何をされるか分からない――そういう思いがあった。
だが、アルヴァが言うのは大志の話。だからこそ、言わずにはいられなかった。
「……それは、違います」
アルヴァもまた、それまで黙り混んでいたステラが口を開いたことに驚く。
「……ほう。どういうことだ?」
「大志さんには、敵や味方という考えはありません。ただ純粋に、自分の感じるまま、思うままに物事を捉えています。
あの人は、良くも悪くも、この世界の理から明らかにかけ離れています。彼にとっては、魔界も天界も同じ世界、魔界人も天界人も同じ人なんです」
「なるほどな。――だが、それではいつかこの世界の理にぶつかるぞ?」
「そうですね。私もそう思います。……でも、大志さんなら大丈夫。きっと、何か答えを見付けてくれるはずです。私達では考え付かない、大志さんだからこそ見付けることができる答えを……。
――何より、私自身が、大志さんに変わって欲しくないんです」
「………」
アルヴァは、ステラを見ていた。おそらくは個人的な想いがあるだろうことは分かる。……だが、ステラにはそれだけではない、何か特別なものがあるように思えた。ステラが話すのは、この世界全体のこと。魔界だけのことではなかった。それは、魔界人としては明らかに異質だった。
(この子…いったい……)
横目でステラを見ていたアルヴァは、大志に視線を戻す。そして、フッと笑みを浮かべた。
(……まったく、おもしろい二人だな)
世界の理からかけ離れた黒い瞳の男――
世界全体を見る魔界人の娘――
アルヴァの二人への興味は、更に深くなっていた。
◆ ◆ ◆
それから、大志は破竹の勢いで勝ち進む。敵の攻撃に当たることもなく、相手をほぼ一撃で沈めていく大志。観客は彼の一足一挙動に注目し、歓声を上げる。
そして大志は、トーナメント決勝の舞台に立っていた。
「――はあっ!!」
対戦相手は二本の剣を駆使して大志に挑む。攻撃は最大の防御といったところか。演武のように舞いながら、両剣を華麗に振り抜く。
大志はただ剣先を見つめていた。そしてやや大振りしたのを見計らい、二つの刃の隙間を狙って鋭い拳を相手の顔面に突き入れた。
「あぐっ――!」
後方に吹き飛ぶ相手とすぐさま距離を詰める大志。だが相手の目は死んではいない。
「簡単にやられると思うなよ!!」
吹き飛ぶ勢いを利用してさらに後方に跳躍した男は、剣先を大志に向けた。大志の電磁センサーは、彼の周囲にマナが集束するのを確認する。
「――魔法か!?」
「くらえやぁぁ!!」
剣先からは火の玉が飛ぶ。彼の先天魔法は火のようだ。猛烈な勢いの火の塊が大志に迫る。だが事前に待ち構えていた大志は、火の玉の右斜め下を掻い潜る。一瞬だけ頬に熱を感じる。だが通り過ぎるやいなや、更に強く地を蹴り出し、瞬く間に男の眼前へと迫った。
「躱した!?」
「当たり前だろ!!」
そして大志は体を捻り、鞭のような鋭い蹴りを相手の胴体に突き刺す。
「――――ッ!!!」
男は凄まじい勢いで吹き飛び、受け身を取ることもなく地を滑る。土煙を舞わせながら、男は力なく倒れた。
その瞬間、大志がチャンピオンであるスグルトへの挑戦権を獲得することが決定した。観客は総立ちし、彼に賞賛の拍手をする。一応会釈をして対応する大志だったが、彼の意識は別のところに向けられていた。
(……見つけた。そこか……)
大志は試合中、電磁フィールドの範囲を拡大させ、ステラの居場所を探っていた。そして観客席の中でも特別席に当たるとも言える最上段の席、そこにステラがいることを把握した。そしてその隣に座るアルヴァの存在も……。拍手の渦の中、大志は出入口へと向かう。そして、その脚でステラの元を目指した。
◆ ◆ ◆
最上段の席は、高い位置から闘技場を見下ろすことの出来る場所だった。観客の声はうるさいが、そこからだと試合の全てを見ることが出来る。そこに、並んで座る二人の姿があった。アルヴァはどこか貫録を感じる。普段着と違い、鎧を着ているからかもしれない。その横にいるステラは、怯えてる風でもなかった。凛として、席に座っていた。
「――いい試合だったな、大志」
大志が現れるなり、笑顔で出迎えるアルヴァ。彼女は分かっていた。おそらくは、いずれ大志が自分でこの場所を見つけることを。
「あんがとよ。……お前、最初っから俺をこの大会に出させるつもりだったみたいだな」
皮肉たっぷりの笑みを返す大志は、やや睨むようにアルヴァに視線を送る。だがアルヴァも、余裕に満ちた笑みを返す。
「まあ、そういうことだな。騙すような真似をしてすまなかったな」
「……それについてはいいさ。それより、もう十分だろ。俺は最終試合は棄権する」
「それはもったいない。スグルトに勝てば、賞金が出るんだぞ? 旅費になると言ったことについては本当なんだがな」
「いらねえよ。……なら、ステラを返してもらおうか」
「……嫌だと言ったら?」
「決まってる。――消炭にしてでも、取り返す」
大志の周囲には、バチバチと電気音が鳴り響く。チカチカと小さく稲光も見える。それは彼なりの威嚇だった。彼の姿を見たステラは、不安そうに二人の姿を交互に見ていた。
「………」
アルヴァは少し考えた。今の状況で衛兵を呼んだとしても、おそらく兵士達が来るよりも早く、大志はステラを奪還するだろう。何をしようとしても、既に警戒している彼を出し抜くなど難しい。
だとするなら、ここは素直にステラを明け渡す方が賢明だろう……アルヴァは、そう結論付けた。
「……分かった。ステラ、人質のように扱ったことを詫びる。すまなかったな」
「い、いえ……」
会釈をしながら、ステラは小走りで大志の元へと駆け寄る。そして辿り着くなり、大志の隣に並びアルヴァに正対した。
「……ケガはないか?」
大志は小声でステラに確認する。ステラもまた、小声で大志に返した。
「はい。大丈夫です」
「そうか……」
そして大志は、手でステラを自分のやや後ろに引かせる。
「……俺達はもう街を出ていくよ。決してこの街の人の迷惑になることはしないって約束する。だから、何も言わずに見送ってくれ。……いや、見送らなくてもいい。ただどっか他所を向いててくれ」
「そうだな。しかし、お前達は一応私の家の客人だ。その客人が出ていくのを見送りもしなかったのでは、一族の人々に申し訳が立たない。街の外まで見送ろう」
「……お前一人でか?」
「ああ。私一人で、だ……」
「………」
大志は、アルヴァの申し出を受け入れた。そのまま闘技場を後にし、荷支度のためアルヴァの自宅に向かう。その道中、大志はいつも以上に周囲を警戒していた。電磁波を周囲に散布し、周辺一帯の人の動きをくまなく確認する。今のところ妙な動きはないものの、大志は警戒を強めながらアルヴァの自宅に向かう。
アルヴァは大志達の前を歩いていた。大志達を警戒していないのか、それとも逃げたり後ろから襲われても対応できる自信があるのか……それは分からない。分からないが、今は下手な行動は出来ない――大志は、そう判断する。
アルヴァの家には誰もいなかった。ヘイルは、家にいなかった。おそらくは闘技場にいるのだろう。無人の部屋から荷物を持ち、そのまま三人は街の外に向かった。
◆ ◆ ◆
大志達が来た方向とは逆の街の外は、草原が広がる穏やかな景色だった。草をかき分けるように吹く風は心地よい。日射しは暖かさを運び、青天がどこまでも広がる。
「――さて、ここまで来れば他の兵士も来ないだろう」
そういうと、前方を歩いていたアルヴァは立ち止まり、大志達の方を振り返る。大志達もまた立ち止まった。
「この先を行けば次の街がある。一本道だから迷うこともないだろう」
「そうか。色々悪いな」
「なに、いいさ。――それと、楽しませてくれた礼だ。受け取れ」
そう言って、アルヴァは懐から一つの小袋を大志に投げ渡した。片手で受け取った大志は中を確認する。そこには、割と高額な金銭が入っていた。
「いいよ別に。金ならいらないって言っただろ?」
「そう言うな。それは、私の個人的な気持ちだ。それと、ここまで見送って行先を案内するのも私個人の礼だ。同じ礼なら、まとめて貰ってくれ」
アルヴァは、爽やかな笑みを見せた。
「そうか……なら、ありがたく受け取っておくよ」
大志もまた笑みを返し、小袋をステラに渡す。そんな二人に、アルヴァは言葉をかけた。
「……大志、一つだけ教えてくれないか? お前達が旅をする理由は何なんだ?」
「ん? 理由? ……そうだな……」
大志は首を捻り考え込む。そして、そのまま言葉を返した。
「……世界を、知ることかな」
「世界を知る?」
「ああ。俺、あんまこの世界のことを知らなくてな。この世界が、どういう形をしているのか確かめに行ってる。……そんなところかな」
「そうか……なるほど、お前はやはり面白い男だな」
アルヴァはクスクスと笑っていた。何だか小馬鹿にされた気がした大志は、苦笑いをする。
―――と、笑いが収まったアルヴァは、緩んだ表情を引き締めた。そして、さっきまでとは違う、鋭い眼光を見せる。
「……さて、私個人の礼はここまでだ。これから先は、天界軍の兵士として、その職務を全うさせてもらう」
そう切り出したアルヴァは、腰に携えた剣をゆっくりと抜き出した。その光景を、大志とステラは冷静に見ていた。二人は、どこかそれを予知していた。アルヴァは確かに人格者だ。だが、それと同時に天界の人々を護ることに誇りを持っている。それならば、魔界側である大志達を見逃すはずもなかった。
「……やっぱ、そうなるよな」
「当然だ。天界を護る兵として、強大過ぎる力を持つお前を看過することは出来ない。お前を、この先には進ませない」
「アルヴァさん、先程言った通り、大志さんに天界が敵という考えはありません。剣を収めてくれませんか?」
ステラの言葉に、アルヴァは皮肉の笑みを見せた。
「……ステラ、それは出来ないんだよ。今はそうかもしれないが、いずれ敵になるかもしれない。少なくとも、大志は魔界人であるお前と行動を共にしている。それならば、天界の脅威となり得ると考えるのが妥当だろう」
「ですが……」
そう言いかけたステラを、大志は手で静止した。そして一度俯き、再び視線をアルヴァに向ける。
「……アルヴァ、どうしても引かないんだな?」
「何度も言わせるな。――お前を、この先には進ませない」
「そうか……。……ステラ、下がってろ」
「ですが大志さん……」
「ステラ、アルヴァは本気だ。アイツにもアイツなりの信念がある。それを目の前で見せてるんだ。これ以上は、言ってやるな」
そう話す大志の目は、どこか悲しげにも見えた。本当は彼もアルヴァと戦いたくはない。そう言ってるように見えた。
それでもそう話した大志に、ステラはそれ以上のことは言えなかった。
「……分かりました。気を付けてください」
ステラは大志の後方に下がる。それを見た大志は、再び意識をアルヴァに集中させた。
「大志、最後まですまない」
「いいって。……でもなアルヴァ、やり合う以上、女だからといって加減はしないからな」
「無論だ。加減などすれば、即斬り捨ててくれる」
「そうかよ。なら、遠慮はいらないな……」
大志は構えを取り、手足に雷を帯びさせる。手足を包む雷は、音を上げて光り輝く。
「――ビビんじゃねえぞ、アルヴァ……!!」
アルヴァもまた剣を構え、溢れんばかりの気迫を大志にぶつける。
「――私は、天界軍ヘリト駐屯部隊兵士長、アルヴァ……“黒瞳の雷帝”!! 参るぞ!!」
そしてアルヴァは地を蹴り駆け出す。長閑な草原は、瞬時に張り詰めたものとなった。




