闘技大会②
会場は塵煙が待っていた。地盤は、どうやら土のようだ。周囲を見渡せば、高い壁が丸い闘技場を囲んでいる。その壁の上が観客席。そこには、溢れんばかりの人と割れんばかりの歓声が轟いていた。
キョロキョロと周囲を見渡す大志の前に、一人の男が歩み寄って来た。手には、少し大き目のサーベルを持つ。
「――お前が、昨日急遽参戦することになった奴か?」
「あ? ああ……そうだけど」
「なるほどね……お前が……」
男は大志の姿をマジマジと見ていた。
「なんだよ」
「……いや、アルヴァ様の推薦で特別参加した奴がどういう奴なのかって思ってな。強そうには見えないがな……」
「特別参加? どゆこと?」
「あ? 何言ってんだ? お前、適性試合を免除になったんだろ?」
「適性試合?」
「……お前、本当に知らないんだな。この大会はな、レベルが高いんだよ。だから酷いケガをしないように、兵士と戦う適性試合で合格した者だけしか参加できないんだよ。
だがお前は、兵士長であるアルヴァ様の推薦で参加してるから、それを免除されたんだ。異例のことだぞ」
「待て待て。急遽キャンセルになった奴がいるから、その代わりに俺が参加したんだけど」
「キャンセル? 何のことだよ。今回適性試合をパスしたのは、全部で三十一人だぞ? キャンセルした奴なんていないし、名誉ある試合に出れるのにキャンセルする奴なんているかよ」
「……マジかよ」
大志は、観客席に目をやる。人が多すぎてどこにいるのかは分からないが、いるはずのアルヴァに視線を送った。
(嵌めやがったな……)
大志は全てを悟った。つまりはアルヴァは、最初から大志をこの大会に出させるつもりだったことを。だが、だとしたらなぜそこまでして自分を出そうとしたのか……そう考えた彼は、一つの可能性を浮かべた。
(……もしかして、俺は試されてるのか? だとしたら、ステラの素性がバレた可能性もあるな……)
だが、もしそうなら控室にいる自分が真っ先に捕えられているはず……彼の思考は、様々な憶測を浮かべていた。
「……まあいい。さっさとやるか……」
考え込む大志に、男は剣を構える。だが大志は、未だ構えをとらない。大志の姿を見た男は、小さく舌打ちをする。見れば大志は武器を持たない。おまけにこの余裕。男の神経は、逆撫でされていた。
「――舐めんなよ!!」
男は駆け出し、大志に向け剣を振り抜いた。大使は上体を軽く反らし、斬撃を軽く躱す。
「ちょっと待てよ。今考え事をして……」
「戦いの途中で考え事なんてしてんじゃねぇ!!」
男は更に激昂し、剣を次々と振り続ける。観客は声を上げて沸く。素人目から見れば、それは男の怒濤の攻めだった。いつ刃が体を捉えるか――観客は、嬉々としてそれを待つ。
……だが、二人には圧倒的とも言える差があることを大半の観客は知らない。
「……凄いな」
観客席から見つめるアルヴァは、声を漏らした。
「これ程の手練れとはな……想像以上だ……」
“黒瞳の雷帝”――噂では聞いていた。その中には、シュバリエを撃退したとの話もある。だがそれは、にわかに信じがたい話だった。
シュバリエとは、天界を護る騎士。圧倒的な力をもって、天界に害なすモノを排除し、人々を護る選ばれし剣。兵士達の尊敬を一身に受ける存在……それが敗れるなど、想像出来なかった。
だが、目の前で攻撃を躱す大志を見て、それが真実であるとも思えた。それほど、大志と相手には力の差があった。並の兵士では勝つことは難しいほどの強者を、まるで子供相手かのように軽々と攻撃を避け続けている。
それは、アルヴァにとって一目置く存在であり、かつ、天界にとって驚異となり得る存在であった。
「ステラ、大志はまだ全力ではないのだろ? どれほどの力を持っている?」
「……分かりません。私自身、大志さんの全てを見たことがないので……」
大志を見つめるステラの紅い瞳は揺れていた。大使は、彼女が抱いていた不安を一蹴するかのような動きを見せる。
そのステラを見たアルヴァは、彼女が大志に向ける信頼の大きさを知った。
「――くそ!!」
大志と闘う男は、力強く剣を振り抜く。しかし、やはり掠りもしない。盛り上がる観客と反比例するかのように、男の焦りと絶望は広がっていく。
強者とは思えない男だったはず。そして自分は日々の鍛練により、天界の兵士を捩じ伏せ、この名誉ある大会に参加することが出来ている。
にも関わらず、相手の男は、軽々と攻撃を躱し、ひたすらに自分を見てくる。まるで徐々に首を絞められるように、重々しい敗北感が男を襲い始めていた。
「――悪いな。色々気になることもあるし、そろそろ終わりにする」
剣を躱しながら、ふいに大志は呟く。
(――ッ!? 来る――!!)
その言葉に、反撃を予知した男は、一度距離を置き剣を深く構える。
――が、大志は瞬く間に男との距離を詰める。男からすれば、突如目の前に現れたかのように感じていた。
(速――!!)
驚愕する最中、男の腹部に大使の鋭い蹴りが差し込まれる。
「がっ――!!」
呻き声を漏らした男の体は、前のめりとなる。かと思えば、大志の右手はいつの間にか男の頭部を掴んでいた。
「――ッ!?」
「ちょっと寝てろ」
その刹那、男の頭は地面に叩きつけられる。そして男は、うつ伏せのまま動かなくなった。
「………」
一瞬の出来事に、観客は皆が声を失った。先程までの地響きのような大歓声は消え去り、静寂が会場を包んでいた。
「……救護の人、後はヨロシク」
静まり返る会場の中、大志の声だけが響いた。そして彼は一人静かに出入口に向かい歩を進める。
(……これって、何かしないといけないのか?)
あまりにも静かになったことに、大志はそんなことを思い浮かべた。
そして彼は、出入口に消えながら、右手を軽く握り空に掲げる。
ウオオオオオオオオオ……!!
その姿に、観客は沸いた。先程までとは比べ物にならないほどの歓声。称賛の声。勝鬨……鼓膜が破れるかのような声が幾重にも重なり、会場は揺れる。
「……圧巻、だな」
歩き去る大志の姿に、アルヴァは戦慄を覚えていた。
大志が攻撃する直前、相手は剣を構えていた。おそらく、後の先を狙うつもりだったのだろう。――にも関わらず、相手は何も出来なかった。それほど、大志の動きが相手の予測を圧倒的に上回っていたのだろう。
(それでも到底本気とは言えない。それに、奴が使ったのは強化魔法のみ……もし、これに放出魔法が加われば……)
――もし加われば、今以上の動きに更に攻撃の幅、威力が格段に上がるだろう。それはまさに、驚異的と言えた。
気が付けば、アルヴァは唾を飲み込んでいた。そして、無意識のうちにあの言葉を口にする。
「――黒瞳の…雷帝………」
◆ ◆ ◆
控え室に戻った大志は、ゆったりとベンチに座る。その彼を見つめるのは、同じく控え室にいる男達。だがその目は、試合が始まるまでとは違っていた。彼らもまた、尋常ならざる鍛練を積んできた猛者達。その彼らから見ても、大志の強さは一目瞭然だった。先程の対戦相手が弱いわけではない。だが、あまりにも力の差がありすぎ、本来の強さなど霞んでしまっていた。
大志を見つめる彼らの目には、既に畏れすら見えた。
しかし大志はというと、そんな視線など見えていなかった。ただ座り、思案に耽る。
(……バレてるとなると、ステラの身が危ないな……どうする……)
彼一人なら、いかなる状況でも逃げることは可能だろう。だが、魔法が使えないステラはそうはいかない。ステラがどういう状況にいるか分からない以上、下手な動きも取れない。
大志は、最善の策を考えていた。
「――大志殿! 大志殿はおられるか!?」
突然、一人の兵士が控え室に入り、大志の名を呼ぶ。大志は少し警戒しながら、兵士に歩み寄った。
「……俺だけど」
「おお! 大志殿か!」
兵士は笑みを浮かべ、駆け寄る。どうやら、危害を加えるようではないようだ。
「大志殿、アルヴァ様から御伝言です」
「アルヴァから?」
「はい。――“連れの人物は、私が責任を持って預かる。身の安全も保証するから、余計なことを考えず、今は試合に集中せよ”……とのことです」
(……あんにゃろう……)
「以上になります」
「……分かった。ありがと」
「はっ! では――」
兵士が去った後、大志は再びベンチに座る。先程とは違い、酷く体が重苦しかった。
(……やっぱり、バレてるな)
今の兵士の話を要約すれば、ステラの正体は分かってるが、手荒な真似はしない。だから今は試合をしろ――こういうことだった。
今の兵士の態度を見る限り、どうやら部下には知らせていないことも分かる。
だとしたらアルヴァの目的は、自分の力を見ることなのか――
(……ま、考えても仕方ねえか)
アルヴァの性格を見る限り、妙なことはしないだろう……そう判断した大志は、天井を仰いだ。
(見たいなら見せてやるよ。ビビんなよ、アルヴァ……)
天井を見つめる大志の目は、鋭いものとなっていた。そして彼の両の手は、力強く握り締められていた。




