劣等感
宴が終わった後、アルヴァ達はそれぞれの部屋へと戻り、スグルトは帰って行った。大志とステラもまた家を出ようとしたが、アルヴァ達に止められ、部屋の一つを借りることとなった。
夜深くとなった家の中は、やけに静かだった。高窓からは月灯りが差し込み、外を眺める大志の顔を照らす。その月を見ながら、椅子に座る大志は溜め息を吐いた。そして、ベッドに腰掛けたステラもまた浮かない顔をしていた。
「……さて、どうするかな……。今のうちに脱出するか?」
「そうですね……でも、ここで出ていけば、おそらくは探しに来るはずです。騒ぎも大きくなり、追っ手が来る可能性もあります。それどころか、周辺の街に連絡が入り、かなり目を付けられるかもしれません」
「だよな……しかし残れば明日の闘技大会、と。どうしたもんかな……」
「………」
大志が首を捻っている中、ステラはどうも表情が暗い。明日の大会に関することか……いや、ステラが俯く原因は、他にあった。しばらく考え込んでたステラは、意を決したかのように顔を上げた。
「……大志さん、お話があります」
神妙な顔をするステラを見た大志は、彼女が言わんとすることを何となく理解できた。
「……魔界が昔天界を攻めた話か?」
虚を突かれたステラは一度驚き顔を上げる。しかしすぐに俯き、重く閉じた口を開いた。
「はい……。本来なら、早くに大志さんに説明するべきだったと思います。ですけど……」
「――まあ、言い辛い話ではあるよな。聞く人によっちゃ、今の魔界の現状は因果応報とも言えるし」
「……手厳しいですね。ですが、その通りだと思います。当時の魔界は、領土を広げることが全てだったそうです。如何に敵よりも領土を広げるかという中で、矛先は自然と天界に向けられたようです」
「領土を広げるために侵略ね……どこの世界も変わらないんだな」
同情するかのように呟く大志。彼がその言葉を向けた先はステラではなく、目の前に広がる景色……世界。その顔を見たステラは、言い知れぬ不安を感じた。
「……大志さん、天界に侵略をしたのは、数多くいる魔界人の極一部なんです。しかも実力者が侵略を指示し、それに従った者が大半なんです。決して魔界全体が進攻しようとしていたわけではありませんし、魔界人の多くは善良な人々だということを理解してほしいです」
ステラの表情は沈んでいた。いつか話すべきだったこと。しかし話せば大志の心が魔界から離れてしまう気がした。それに無様にも怯え、言うべきことを言わずにいた自分が情けなかった。
責めるつもりはなかった大志は、ステラに笑顔を向けた。
「そんなことは分かってるよ。ステラを見てたら分かるし、結局侵略とかいうのは、力を持った一部の奴が原因なのもどこの世界も変わらないよ。それに、俺が持ってる魔界人のイメージはちょっと違うし」
「どんなイメージなんですか?」
「豪快で酒好き」
それを聞いたステラは、強張らせていた表情をほぐし、思わず吹き出した。
「それ、フィアさんのことですか?」
「それ以外にはいないだろ。だいたい戦線の奴らもみんな酒好きみたいだしな」
声を出して微笑むステラ。大志は、人知れず安堵の息を吐く。どうやら、元気になったようだ―――
「……それより、明日の大会だな。とりあえず、強化魔法だけでやってみるよ。雷なんて飛ばしたら、それこそ衛兵が飛んで来る」
「そうですね。ただ、かなり厳しいものになるとは思いますが……いっそ棄権をしてみたらどうですか?」
「いやいや、やるからにはちゃんとそれなりに貰うもんは貰うつもりだけど………うん?」
そう言いかけた大志の目に、何かが止まった。
「大志さん?」
「……いや、ヘイルが外に出てってな」
「ヘイルくんが?」
「ああ……こんな夜更けに……」
大志は、どうにもヘイルのことが気になっていた。優秀な魔法が使える姉、魔法が使えないナーダである弟……どこか自分と似ている気がしていた。
「……ステラ、先に休んでてくれ。ちょっと様子を見てくる」
「え? あ、はい……」
困惑するステラを休ませ、大志は窓から飛び降り、夜の下に走り出した。
◆ ◆ ◆
夜の下、辺りは月の灯りにより、青色に染まっていた。それはまるで天界の人々の瞳の色を写したかのような景色、色合い―――
その中に佇むヘイルは、青々とした月を見上げていた。
「――まだ寝ないのか?」
後ろからかかった大志の声に、ヘイルは振り返る。その表情は、どこか悲しそうだった。
「……うん。眠れない」
「そうか……」
大志はヘイルの隣に立った。そして、月を見上げる。一度大志の顔を見たヘイルもまた、もう一度空を仰いだ。
しばらく月を眺めた大志は、徐に話しかけた。
「……アルヴァのことを、考えてたのか?」
「……うん」
少し躊躇するようにヘイルは返答する。大志は少しだけ表情を綻ばせる。
「――そっか……。まあ、アルヴァは優秀そうだしな。あの若さで部隊の兵士長を任させるくらいだし。片や自分は魔法も使えない。だからアルヴァを見る度に劣等感を感じてしまう。本当はアルヴァが好きなのに、不愛想に接してしまう……そんなところか?」
「………」
ヘイルは俯いてしまった。大志の言葉は的確だった。心の中を強制的に探られるような言葉。ヘイルは、ただ黙り込んだ。
「……俺にもな、兄貴がいるんだよ」
突然、大志はそう切り出した。俯いていたヘイルは、大志の顔を見た。
「お兄さん?」
「そう。兄貴。――兄貴はな、ホントに優秀なんだよ。何をやっても兄貴を超えることなんて出来なかったし、兄貴にも見下されてた。俺はな、兄貴が怖かったんだよ」
「………」
「そういう意味では、お前が羨ましいな。あんだけお前のことを想ってくれる姉ちゃんがいるんだしな。――あ、だからアルヴァと仲良くしろって言うつもりはないからな。だけど、もう少しアルヴァと接していいとは思うな。これは俺の個人的な意見だ」
「……うん、頑張ってみる」
少し照れるように頭をかくヘイル。大志は彼の頭を強めに撫でた。
「頑張る必要はないんだよ。ただ、素直に接すればいいだけだ」
「分かってるって。……それより、明日は大丈夫なの? 大会に出る人ってかなり強いよ?」
「う~ん……まあ、たぶん何とかなるだろ。降輪とか使われたらちょっとキツイけどな」
「何言ってんだよ。普通の人が降輪なんて使えるわけないでしょ?」
「そうなの?」
「護衛のくせに知らないんだ……降輪ってのは、普通は使えないよ。あれ、凄くコントロールが難しいからね」
「ふ~ん……」
「ねえ、大志は降輪使えないの?」
「ああ」
「そっか……まあ、頑張ってよ。応援してる」
「ありがとよ。……さて、そろそろ寝るか。いつまでも起きてると、“それに付き合う奴”がいるみたいだし」
「え?」
「いやこっちのこと。まあ、もう少し空を見てからでいいだろ」
そして二人は再び空を見上げた。蒼い月は益々強く光を放ち、幻想的に揺れる。
その二人の後ろにある木の陰には、人影があった。フードを頭に被るその人物は、顔を赤くして俯いていた。




