街の由来
褐色の少年の家は、街の中心地にあった。見た目はどこも同じであったが、周りの建物よりも少し大きい。
「ここが家?」
「………」
少年は何も言わずに頷く。そして玄関の戸を開けた。中は薄暗い。誰もいないようだ。ランプはあるが、時刻は日中、火を灯すことはしていない。
「一人暮らしなのですか?」
「……お姉ちゃんがいる」
「お姉さんは仕事中ですか?」
「そんなとこ」
ぶっきらぼうに話しながら少年は水樽から水をすくい、コップへと入れる。そして大志達に差し出してきた。
「……一応お礼を言っておくよ。ありがと」
「お礼くらいもっと心を込めて言えねえのか?」
「別にいいでしょ」
やはり不愛想な態度に、大志は少しため息を吐いた。しかし、それでも礼を言うあたりは元々は素直な子なのかもしれない。そう思うと何だかホッとした大志達は、差し出された水を一口飲んだ。
―――次の瞬間、家の戸は勢いよく開けられた。
「おうヘイル!! 帰ってきてたんだな!!」
それと同時に野太い声が室内に響く。大志がその声の方向に目をやると、そこにはかなりの巨漢が立っていた。髪は土色の短髪。右目周囲には刃物によるものと思われる傷跡もあり、色黒の肌にも無数の傷跡があった。筋肉は大志とは比べ物にならないほどで、まるで女性の胴体のような四肢だった。
豪傑―――まさに、その言葉がよく似合う人物だった
その姿を見た瞬間、大志は口の水を勢いよく吹き出した。
「うおっ!? なんだよいきなり! きったねえな! ――ヘイル、コイツは?」
「……お客さんだよ、スグルト」
(ヘイルってのは、この子の名前か。で、こっちがスグルト……男みたいな名前だな……)
「おおそうか! よく来たな客人!」
巨漢は大志の肩をバシバシ叩いた。その衝撃で大志の首はカクカク動く。
「なんだモヤシみたいな奴だな! もっと鍛えろよ! ガハハハ…!!」
豪快に笑う巨漢。声はどこまでも野太い。大志は苦笑いを浮かべ、褐色の少年――ヘイルに声を掛けた。
「……ヘイル、お前の姉ちゃんって逞しいんだな……」
それを聞いたヘイルは、呆れるような表情を大志に見せる。
「ねえ、何か勘違いしてない? この人はお姉ちゃんじゃないよ? ていうか、どっからどうみても男じゃん……」
「へ?」
大志は、改めてもう一度スグルトに視線を送る。満面の笑みで腕を組んで大志を見下ろすスグルト。
「……ええと、誰?」
「おう! スグルトだ!」
「……はあ……そっすか……」
そして再びヘイルに視線を戻す大志。
「……誰?」
「スグルトだよ」
「いや、そうじゃなくて……」
「―――なんだ? やけに騒がしいな……」
直後、室内に今度は女性の声が響いた。綺麗な声だったが、どこか凛々しい。
「……おかえり、お姉ちゃん……」
「お姉ちゃん?」
大志とステラは、その声の主の方に目をやる。
そこに立っていたのは、甲冑を着た女性だった。ヘイルと同じく褐色の肌。身長もかなり高い。髪は銀色の短髪。四肢は細いが、見れば逞しいものだった。
「客人だとさ、アルヴァ」
スグルトは笑みを浮かべてその女性――アルヴァに声をかけた。
「客人? ヘイルが連れてくるなんて珍しいな。なら、自己紹介しておこうか」
アルヴァは室内に入り、スグルトの横に並び立った。その歩く姿も、やはり凛々しい。だがそれ以上に、その女性が着ている甲冑が気になる。当然、大志とステラには見当がついていた。だからこそ、大志はヘイル達に悟られないように密かに身構える。
「――私はアルヴァ。この街に駐留している天界軍の兵士長をしている。ゆっくりしてくれ、客人」
◆ ◆ ◆
その夜、アルヴァの家では大志達を迎えた食事会が開かれた。当然相手が天界軍の人物だと分かった大志達は一度断ったが、アルヴァに再度誘われ、スグルトにほぼ強制的に招かれ、仕方なく参加した。瞳の色も病気だと誤魔化した。この周辺には、“黒瞳”が魔界人解放戦線のメンバーであることは知られていないようだった。それでも、大志はいつでも逃げれるように警戒していた。
「――そうか。大志達は巡礼で各地を回ってるんだな」
甲冑を脱ぎ、シャツとズボンだけのラフな格好に着替えたアルヴァは、酒を片手に話しかけた。
「あ、巡礼者はこっち。俺はその護衛みたいな感じ」
大志に紹介されたステラは、フードで顔を隠して表情を見られないようにしつつ会釈した。
「大志は護衛なのか? そうは見えないが……」
「ああ、それはよく言われるよ」
「ちゃんと護衛できるのか? 人を守るなら、俺のように強くならないとな!」
スグルトは豪快に酒を飲みながら、自慢げにそう語る。大志はそれに苦笑いを浮かべていた。そんな大志に、アルヴァは話しかけた。
「しかし、いい時期にこの街に来たな。ちょうど明日、闘技大会が開かれる。この街の代表行事だ。ぜひ見て行くといい」
「闘技大会?」
「……大志、知らないの?」
ヘイルは大志にそう尋ねる。当然、初めてこの街に来た大志が知るはずもなく、首を縦に振った。
「そうか……割と有名なんだがな。まあいい、この街のことについて話しておくか。巡礼の参考にもなるだろう」
そう言い、アルヴァは手に持ったコップの酒を一口飲んだ。
「――この街、“ヘリト”は、かつて英雄がいたんだ」
「英雄?」
「そうだ。英雄だ。その昔―――境界の絶壁が造られる前、魔界の軍勢が天界を攻めてきた時のことだ」
「――――」
大志は、人知れず動揺した。魔界の軍勢が天界を攻めた……それは、大志は知らないことだった。ステラは、更に深く俯いていた。
「当時はこの街は貧しい村だったらしいがな。そんな街に、魔界の軍勢が攻め込んで来た。人々は逃げ惑い、多くの命が失われ、街は絶望の中にいたそうだ」
「………」
「そんな中で、ある一人の男が立ち上がった。その者の名前は“ヘリト”。彼はたった一人で魔界の軍勢に立ち向かい、人々が逃げる時間を稼いだそうだ。そして、命を落とした」
(まるで魔王みたいな奴だな……)
「彼の活躍により、村の人々は救われた。そして絶壁が造られ、この辺りには平和が訪れた。そして、村の復興が始まった時、その英雄とも言える人物を称え、村の名前に使ったんだ。それが、この街の名前の由来だ」
「へえ……魔界が、ね……」
「実はな、私とヘイルは、ヘリトの子孫なんだ。私はそれを誇りに思っているし、祖先のように街を、人々を守りたいと思い天界軍に入ったんだよ。子供じみた話だがな」
「いや、立派だと思う」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいな。とにかく、私は祖先から受け継いだ力で、民を守りたいんだよ」
「………!!」
会話の途中、ヘイルは突然席を立った。突然のことに、大志は少し困惑する。
「……もう寝る」
そう言い残し、ヘイルは自室に戻る。
「……なんだ?」
「………」
状況がよく分からない大志だったが、アルヴァは表情を暗くしていた。その顔を見た大志は、何となくヘイルが突然席を立った理由が分かった。
「……そうか。ヘイルは、ナーダなんだな?」
「……大志は、感がいいな」
アルヴァは、諦めたように力なく笑みを浮かべた。
「ヘイルは、生まれながらに魔法が使えないんだよ。私は小さなころから魔法が使えたから、その分ヘイルが周りから過剰な期待を持たれてな。それが、ヘイルを追い詰めているんだろう」
「………」
「……すまない。話が脱線してしまったな」
アルヴァは、もう一度酒を一口飲んだ。
「――それから街は発展した。その中で、闘技場が造られた。“英雄のように強くあれ”―――そういう意味が込められてな。そして、定期的にそこで闘技大会が開かれるようになったってわけだ」
「へえ……」
「その闘技大会のチャンピオンが俺だ!」
スグルトは、豪快に自分を指し笑みを浮かべた。
(なるほど、納得)
そう考える大志の顔は、やはり苦笑いとなっていた。
「……ん? ところで、スグルトはアルヴァ達とはどういう関係なんだ? 兄弟か何かと思ってたんだけど違うみたいだし……」
「俺か? 俺は、アルヴァの婚約者だ!」
「……マジ?」
何だか信じられない言葉を耳にした大志は、確認までにアルヴァに視線を送った。アルヴァは、困ったような笑みを浮かべていた。
「……私にそういうつもりはないと、前から言ってはいるんだがな。しかしスグルトはこういう男だ。何を言っても引かず、困ってしまっててな」
「ハハハ……」
それはさぞや大変だろう……大志は、心の底からアルヴァに同情した。だが、そう話すアルヴァだったが、どうやらスグルトを嫌ってはないようだった。何とも不思議な関係のようで、大志はそれ以上二人の仲について詮索しなかった。
そんな中、アルヴァは何かを思いついたような表情を浮かべた。そして、大志に顔をグイッと近づけた。
「――なあ大志、お前、この子の護衛だったな?」
アルヴァは親指を立て、ステラを指示する。
「まあ、そうだけど。……で?」
そう聞いたアルヴァは、ニッコリと笑みを浮かべた。
「大志、闘技大会に出てみないか?」
「……は?」
「いやな、ちょうど一人欠場になって困っていたんだよ。何しろエントリーはとっくに終わってたし、今日中に参加者を募ってもまともな闘士は来そうになかったからな。護衛って言うくらいだから、少しは腕に自信があるんだろ? だったら、ぜひ参加してみないか?」
大志は固まった。もしそんな大会に参加し、彼の先天魔法――雷でも使おうものなら、おそらく自分が魔界人の仲間だと気付かれるだろう。何しろ雷の魔法は、魔王が使っていた魔法。感付かないはずがなかった。
当然、大志は全力で拒否する。
「いやいやいやいや、それは無理」
「そう言うな。街のために何かをすることも、巡礼の一環だと思うぞ? これもこの街のためだ。参加してほしい」
そう言われると痛かった。ここに来て、巡礼者であることが裏目に出てしまったのかもしれない。それでも、大志は何とか抵抗しようとした。
「……そもそも、なんで俺? 他にも天界の兵士とかもいるだろ」
「兵は参加出来ない決まりになっててな、それは無理なんだ」
「マジかよ……」
「大丈夫だ! たぶんお前が俺と戦うことはない! 何しろ俺は、チャンピオンだからな! 決勝戦でしか戦わないんだよ!」
(何が大丈夫なのやら。そういう話じゃないんだよな……)
「……俺が出ても、大して活躍なんて出来ないぞ?」
「それはいいさ。ただ、飛び込みで素人が参加すれば大ケガをするかもしれない。それなら、少しでも実戦経験のある者が好ましい。もちろん、タダでとは言わない。参加するだけでそれなりの金額が手に入るし、勝ち進めばその分の報酬金も入る。旅の資金稼ぎと思えばいい話だと思うが? それとも、どうしても参加出来ない理由でもあるのか?」
「………」
資金稼ぎ――確かにそうかもしれない。それにこれ以上断れば、逆に怪しまれる可能性もある。そう理解した大志は、項垂れるように承諾した。




