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双極世界の黒い瞳の魔王様  作者: 井平カイ
第三章【英雄の街】
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褐色の少年

「――腹、減った……」


 道を歩く大志は、ふとそう呟いた。


「次の街まで間もなくだと思いますから、もう少しだけ我慢してください」


 横を歩くステラは、優しく大志に話しかける。大志は空を見上げながら、溜め息を吐いた。天候は快晴。風は清らかで心地よい。小鳥の囀りと草木が揺れる音がそこら中から聞こえてくる。


「魔法で空を飛んでけば、次の街なんてすぐなんだけどな……」


「ダメですよ。そんなことしたら、天界の軍勢にすぐに見つかってしまいますよ」


「ああ、それは面倒だ。勇者様とやらに会う前に、大軍勢とやり合わないといけなくなるな」


「そうですよ。だから、移動は極力魔法を控えないと」


「そうだな。―――っと、ステラ、人が来るぞ」


「あ、はい」


 ステラは慌てて着ている服のフードを頭から被った。その直後、歩く大志達の前から老夫婦が歩いて来るのが見えた。大志達に気付いた老夫婦は、ステラの姿に一礼をする。大志達もそれに礼を返すと、物珍しそうに男性が話しかけてきた。


「ほほう……アンタら、巡礼者かね」


「まあ、そんなところです。巡礼者はこっちで、俺は護衛みたいなもんですけど」


 笑顔で言葉を返した大志は、ステラに視線を送る。ステラはフードで顔を隠したまま、もう一度会釈をした。


「いやいや、今のご時世、巡礼なんてする若者がいるってのはありがたいことだ。しっかりと各地を回るといい」


「ありがとうございます」


「では、気をつけてな」


 そう言い残し、老夫婦は去って行った。

 老夫婦の姿が見えなくなったところで、大志はステラに声をかける。


「……ステラ、もう大丈夫だぞ」


「はい。ありがとうございます」


 そう言ってフードを取るステラ。そんな彼女に、大志は聞いた。


「……なあ、魔界人であるお前が天界の巡礼者を装うって、やっぱ辛くないか?」


「辛くはないですけど……ただ、少し抵抗はありますね」


 ステラは困ったように笑いながらそう返す。


「だよな……」


「でも、これが一番旅をしやすいですし。巡礼者ということにすれば、わざわざフードを外させて顔を確認することもないでしょうし」


 魔界人であるステラが天界を旅するということは、ある種自殺行為に等しい。彼女の素性が天界人に悟られるようなことがあれば、真っ先に捕えられてしまうからだ。

 そこで彼女は“巡礼者”を装うことにした。巡礼者とは、天界の各地を回り、様々な土地で礼拝する者のことである。天界では、過去に戦で命を落とした天界の兵士達をこうして弔う者も巡礼者と呼ばれている。さきほど老人が話していたとおり、この時の天界ではそのような人物は珍しい。だが巡礼者は、その精神を考慮され、兵士から干渉してくることは少なかった。故に、魔界人であることを隠しながら旅をするのに最適だった。

 だがもちろん、それは本来天界人が行うこと。魔界人であるステラにとっては、やはりどこか抵抗を感じる面があるようだ。


「きつくなったら言えよ? なんとかしてみるから」


「はい。ありがとうございます、大志さん」


 ステラは笑顔を見せた。それを見た大志は、やれやれといった様子で軽く息を吐く。

 大志の目的は天界の本国に行くこと。先も言ったとおり、それはステラにとってあまりにも危険な旅である。普通考えるなら、同行することについて止めるべきだろう。

 ――だがそれでも、大志はステラに引き返せとは言わなかった。彼は彼なりに、ステラがどういう覚悟で大志に同行することを希望したのかを理解しているつもりだった。それはステラにも伝わっていた。だからこそ、彼女は心から大志に感謝の念を抱いていた。




 ◆  ◆  ◆




 大志達はようやく街に着いた……が、その街の規模に大志は驚愕していた。砦付近の街に比べると、そこは桁違いに人が多かった。遠巻きに見ていた限りでは分からなかったが、建物も所狭しと並んでいた。

 建物と言っても、高層ビルのような近代的なものではない。土壁の四角い建造物であり、所々の劣化が見れる。だがそれでも、立ち並ぶ建物は壮観だった。そしてその中でも存在感を示すのは、奥に見えるドーム型の建造物。他の建物に比べ、かなり大きな建物だった。人の数も凄まじく、うねる人のいずれも青い目をしていて、それはまさに波のようだった。

 大志は、ただ驚くことしか出来なかった。


「ここ、人が多いな……」


「そうですね。天界の中でも大きな街になるかもしれませんね」


 驚く大志を他所に、フードを被るステラは淡々としていた。大志はそれにもまた驚いた。


「ステラは、この景色を見ても驚かないんだな……」


「ええ、まあ。魔界にも人が多い街はありますし。それより、食事にしましょうか。長旅で疲れたでしょう」


 スタスタと歩いて行くステラの姿は、どこか逞しく見える。場の変化に動じないタフさは、見習うべきなのか……大志は、ぼんやりとそんなことを考えながらステラに続いた。



「――さて、どうするか……」


 街の中にある飲食店にて食事を終えた後、大志は席に座ったまま腕を組み考える。彼が考えるのは旅費。旅をするにしても、金がないと食事すらままならなくなる。もちろんステラは持ち合わせていない。大志が持っていた金銭にはまだ少しは余裕があるが、これから先のことを考えればもう少し欲しいところか。

 ステラも考えていたが、一向にいい案は浮かばない。いっそ日雇いの仕事をすることも考えたが、ステラの素性が知れるリスクがあるうえに、そもそも巡礼者の同伴者が日雇いの仕事を探しても中々見つからないものだった。雇主としては、なんだか罰当たりな気分になるようだ。


「まあとりあえず、次の目的地を考えて――――ん?」


 その時、大志の視界に妙なものが映った。人の波の奥、裏路地に入る通路を進むまだ幼い少年四名。――その一人は肩を他の少年に掴まれ、強制的に連れて行かれているようにも見えた。


(裏路地に連れてかれるガキんちょ……喧嘩、いや、たかりか?)


 喧嘩するにも見えない。何しろ一対三であり、掴まれていた少年は無抵抗で俯いていた。大志達の立場を考えれば、子供相手とはいえ、あまり干渉しない方がいいのだろうが……


(どうしたもんかな)


「ん? 大志さん、どうしました?」


 神妙な顔をする大志に気付いたステラは声をかける。


「……ステラ、ちょっと寄り道するぞ」


「え?」


 大志は徐に立ち上がり、裏路地の方に向かった。ステラには事情がよく分からなかったが、彼女もまた大志に続いた。




 ◆  ◆  ◆




 裏路地は日の光が届きにくく、昼間だというのに薄暗かった。土壁が四方にあり、見ていると息が詰まりそうになる。


「――お前いい加減にしろよ!!」


「―――ッ!」


 そんな裏路地では、少年の怒声が響く。三人の少年に囲まれた状態で壁際に立たされた褐色の肌の少年は、ただ怯えるように身を縮めていた。


「お前のせいで学校じゃ俺達の班はいつもドベなんだよ! どうにかしろよ!」


「そ、そんなこと言ったって……」


「お前アルヴァさんの弟なんだろ!? なんでそんなにダメなんだよ!!」


「……お姉ちゃんは、関係ないし……」


 姉らしき人物の名前を出された瞬間、褐色の少年は更に顔を暗くさせた。いやそれどころか、どこか反発的にも見えたその様子は、少年達の怒りを更に深くさせた。


「―――ッ!! この―――ッ!!」


 少年の一人が、褐色の少年の胸ぐらを掴み拳を振り上げる。


「―――ッ!!」


 少年は目を瞑り、痛みに備えた。


「―――その辺にしとけ」


 突然、そこに大志の声が響く。大志は振り上げられた手を後ろから掴んでいた。少年達は固まる。


「な、なんだよアンタ……」


「喧嘩は別にいいけど、三人がかりってのは気に入らないな。やるなら一対一でやれよ」


「アンタには関係ないだろ!?」


「そうそう。俺はお前らとはなーんも関係ない」


「だったら引っ込んで……!!」


「関係ないから、俺がどうしようが俺の勝手だろ。お前らのやることが気に入らないから口出した。――これも俺の勝手だ」


「大人のくせに子供のやることに口出すなよ!!」


「バカタレ。大人だからこそ、子供がやることに口出すんだろうが。子供が妙なことをしてるなら、それを正すのが大人の役目ってやつだ」


「………」


「別に喧嘩するのを全面的に否定するわけじゃない。やりたいならやれよ。ただ、さっきも言ったけど、無抵抗の奴を多人数で取り囲むのはダメだ。それは喧嘩じゃなくて、ただの一方的な暴力だ」


「………」


 少年達はもはや何も言わなかった。それは当然だろう。自分達より圧倒的に歳も体格も上の大志がいるのだから、下手なことなど出来るはずもなかった。


「……で? どうするんだ?」


 大志は改めて少年達に尋ねる。少し体を震わせた少年達は、その場を走り出し大通りの方に向かって行く。


「もういいよ!!」


 そう言い残し少年達は人波の中に紛れていった。残されたのは、褐色の少年だけ。彼は大志の姿をただ呆然とと見ていた。


「――もう大志さん、相手は子供なんですよ? そんなに脅かさなくても……」


 建物の陰から、ステラが声を掛ける。


「そう言うなって。あのまま殴らせるわけにもいかないだろ。――おいお前、大丈夫か?」


 大志は改めて少年に尋ねる。


「………」


 少年は慌てて視線を逸らし、黙り込んでしまった。その様子を見た大志とステラは、お互いを見てどうしたものかと考える。


「……とりあえず、彼を家まで送りませんか?」


「だな。さっきの奴らがまた来るとも限らないしな。――家、教えてくれよ。送るからさ」


 少年は何も言わずに頷いた。そして、三人は少年の家に向け歩き出した。




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