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双極世界の黒い瞳の魔王様  作者: 井平カイ
第二章【世界の形】
15/40

駆け出す道の先

「……そう、ですか……大志さんはシュバリエと……」


「ああ……」


 外では雨が降り始め、静かな砦に雨音だけが響き渡る。フィア達は魔界の人々を魔界へ送った後、砦に戻っていた。もちろん村に戻ろうという話にもなったが、策もなく村に戻るのは危険と判断したフィアは渋る面々を無理やり言って聞かせ、砦に引き返すこととなった。当然ながら、砦の中は重苦しい雰囲気に包まれていた。 出迎えたステラは並ならぬ雰囲気を察し、更に大志がいないことに気付く。そんな彼女に、フィアは大志がシュバリエと戦っていることを告げた。

 だが彼女は、フィアの予想に反し慌てるようなことはなかった。険しい表情こそ浮かべていたが、冷静に、淡々とフィアの話に耳を貸す。


「……意外だったな」


 そんな彼女に、思わずフィアはそう零していた。


「何がですか?」


「いや、大志はあのシュバリエとタイマンで戦ってるんだ。だからそれを言うと、もっと慌てるかと思ったんだがな……」


 フィアの言葉に、ステラは優しく微笑みを返した。


「……出発前、大志さんは言っていました。“いつも通り戻って来る”と……いつもの優しい口調で、いつもの笑みを浮かべて、私にそう言いました。心配をしていないと言えば嘘になります。けれど、それ以上に大志さんを信じています。――信じて、いるんです。きっと大志さんは、そんな私の想いに応えてくれます。だから、私は待つだけです。彼が、ここに戻って来るのを……」


 そう話すフィアの表情は、希望に満ちていた。窓から見える空を見上げ、同じ空を見ているであろう大志へ話しかける様に、ただ優しくそう語り掛ける。


「……――そう、か……敵わないな、お前には……」


 ステラの話に、フィアは笑みを浮かべ頭をワシワシとかく。そんなフィアに、ステラは不思議そうな表情を浮かべた。


「? 何がですか?」


「いや……何でもないさ……」


 話をはぐらかされたステラは、更に不思議がっていた。フィアは、そんな彼女の頭を思わず撫でていた。優しい笑みを浮かべて――


「――おいフィア! どうすんだよ!」


 その二人に、レスタは声を荒げながら詰め寄る。


「どうするって何がだ?」


「決まってるだろ!! 大志を助けに行くかどうかだ!!」


「落ち着きなさいレスタ。さっきもフィアが言ってたでしょ? このまま村に行っても、ただやられるだけよ。何か対策を立てないと……」


 冷静に語るミール。だが今度は、テスタが語尾を強くし話す。


「対策対策って……それを考えてる間に大志がやられるかもしれないだろ!? ……いや、もしかしたら、もう既に大志の奴、死んでしまって―――」


「―――勝手に殺すなよ」


「―――ッ!!??」


 突然入り口の方から声が響いた。どこかで聞き覚えのある声……いや、知らないはずはない。全員がその方向に顔を向ける。そこには、腰に手を当て苦笑いをする大志の姿があった。


「た、大志!!」


 彼の姿を見たテスタとレスタは、真っ先に駆け寄った。そして肩に腕を回すなり、頭を脇の下に固め、頭にグリグリと拳を押し付けた。


「お前……帰ってきてたんならそう言えよ!! 何コソコソ戻ってるんだよ!!」


「今戻って来たんだよ!! ……てか痛ぇって!! ちょっと離せよ!!」


「離すかよ!! 心配かけさせた罰だ!! 甘んじて受けろ!!」


 ワイワイと騒がしくする三人。それを見たフィアとミールは呆れながらも安堵の表情を浮かべていた。そしてステラは、温かい視線で大志を見つめていた。


「――で? シュバリエはどうしたんだ?」


 じゃれ合う大志達に向け、フィアは訊ねた。それを聞いた三人は一瞬動きを止めたが、大志はすぐにテスタ達の腕をどかし、ニッと笑って答える。


「ああ。ちょっと“大人しく”してもらったよ」


「そう、か……全く、信じられん奴だな、お前は……」


「ホント、たった一人でシュバリエを相手するなんてね……心配して損した気分になるわ……」


「お? ミール心配してたのか?」


 大志の言葉に、ミールは顔を一気に赤くさせそっぽを向く。


「そ、そんなわけないでしょ!! バカ言わないで!!」


 そう吐き捨て、スタスタと砦の奥へと歩いて行った。からかいすぎた――大志は再び苦笑いを浮かべ、数回頬を指でかいた。


「――大志さん」


 そんな大志に、後ろから声がかかる。振り返れば、そこには笑みを浮かべたステラが立っていた。その表情を見た大志もまた、優しい笑みを返す。


「……ただいま、ステラ」

 

「……お帰りなさい」


 二人はそれ以上の会話をしなかった。それでも、騒がしい周囲とは全く違う、温かい空気が二人の間に流れていた。




 ◆  ◆  ◆




「――さて、今回の作戦の成功を祝って、今日も飲もうじゃないか!」


 その日の夜、砦ではさっそく祝賀会が開かれた。フィアは一際大きなジョッキを片手に、豪快に酒を飲みまくる。それを見た面々は、少しフィアとの距離を取り、目を付けられないように視線を合わせることなく酒と料理を堪能していた。

 そんな中、不意に大志が切り出してきた。


「――ああ……ちょっと話があるんだけど……」


 突然の大志の言葉に、全員が話を中断し、大志の方を見た。


「なんだよ大志、藪から棒に……」


「ええと……何て言えばいいかな……」


 大志は視線を泳がせ、中々はっきりと話さない。言い辛そうに、言葉を必死に選んでいた。それを見たフィアは、表情を引き締めてフォローをする。


「……大志、何かあるなら遠慮はするな。お前の思うままに言ってみろ」


「あ、ああ……」


 そして大志は目の前のジョッキを少しだけ強く握り、全員の顔を見渡した。そして、静かに話し出す。


「……突然であれなんだけど……俺、行きたい場所があるんだ。だから、ちょっと行ってこようと思う」


「行きたい場所? どこだ?」


「――天界の本国ってとこ」


「………は?」


「………え?」


「………な、何だって?」


「………」


 全員が、凍り付いた。そして大志の言葉を頭の中で復唱する。行きたい場所があって、そこへ行く。その場所は、天界の本国―――つまり、敵の本拠地―――


「――はああああああ!!??」


 そして一気に全員が大志に詰め寄った。


「お前正気か!? 何バカなこと言ってんだよ!!」


「そうだぞ!! そんなところにノコノコ行ってみろ!! 俺達全員仲良くひっ捕まって処刑されるぞ!!」


「い、いや、行くのは俺だけだから……俺一人で行ってみたいんだけど……」


「余計に危険じゃないの!! 敵の中には、既にアンタの顔を知ってる奴もいるのよ!? それなのにたった一人で行くなんて正気の沙汰じゃないわ!!」


 物凄い勢いで迫るテスタ、レスタ、ミールに、大志はただたじろいでいた。だがフィアとステラは三人とは違う表情を浮かべる。フィアは険しい表情をしながら、大志の言葉の真意を探るように大志の顔を見つめる。一方ステラは、考え込むように俯き、コップの中に広がる波紋を見つめていた。

 そしてフィアは、重い口を開いた。


「――大志、訳を…聞かせてくれないか?」


 大志に群がる三人は、フィアの方を見る。


「……別に大したことじゃないんだよ。ちょっと勇者って奴に会って確かめたいことがあるんだ」


「ゆ、勇者あ!?」


「呆れた……何言ってんのよ……」


 テスタとレスタは更に驚きの声を上げる。ミールは大志の話についていけず、頭を抱えながら椅子に座り込んだ。


「……大志、自分が何を言ってるのか、分かってるのか?」


「当然。……実は、クリートから……あ、あのシュバリエな。そのクリートから、“勇者と会わないか”って言われたんだよ。まあ仲間になれってことなんだけど」


「はあ!?」


 驚愕する面々。フィアは、表情を更に険しくさせた。


「……まさかとは思うが……お前、天界側の軍勢に入るつもりか?」


「んなわけねえだろ。……ただ、その勇者って奴と会って、確かめたいことがあるんだ」


「確かめたいこと? 何だ?」


「んん~……何って聞かれても答えられないんだけど……強いて言えば、“真実”ってやつかな……」


「真実? 何の真実なんだ?」


「“色々”だ。それは会ってから話す」


「………」


 フィアは押し黙った。大志の口調は、いつもと何ら変わりはない。だからこそ、彼が本気であることが全員に伝わっていた。決して冗談で言ってるわけではない。彼は本気で、勇者と会うつもりだった。

 重苦しい雰囲気が、室内に充満していた。フィアは、その雰囲気を裂くように、もう一度口を開く。


「……なあ大志、最後にもう一度確認させてくれないか? 天界の軍勢に、入るつもりはないんだな?」


「当たり前だって。そんなに信用ねえかな……」


 それを聞いたフィアは、内心胸を撫で下ろしていた。大志が敵に回るほど厄介なものはない。それがないと分かったことが、一番の救いだった。


「……いや、聞いてみただけだ。アタシは別に反対しないよ。好きにすればいい」


「ッ!? ちょっとフィア!?」


「ミール、大志は本気だ。お前も分かってるんだろ? こうなったコイツは、止めたって無駄だ。……それも分かるよな?」


「それは!! ……そうだけど……」


「もちろん、アタシとしても大志にはずっとここにいてもらいたいさ。これまでアタシらの作戦の中で、大志はとても大きな役割を果たしていたし、助けられてきた。……だからこそ、コイツの意志を尊重したいんだよ。

 分かってやれとまでは言わない。……だけど、ここは何も言わずに見送ってくれないか? これは、アタシからの頼みだ」


「………」


 フィアの言葉に、ミール達は何も言えなくなっていた。誰もが口を閉ざし、下を向く。本音を言えば、もちろん大志を止めたい。だがフィアの言葉はもっともであり、それは自分たちも思うことでもあった。

 そんな中、今度はステラが口を開いた。


「――あ、あの……」


 その言葉に、ステラに視線が集まる。全員の視線の中、ステラは俯いたまま話を続けた。


「……大志さん、勇者に会いに行くんですか?」


「あ、ああ……そうだけど……」


「……そう…ですか……」


 ステラは更に強くコップを握り締めた。かと思えば、何かを決意したかのように大志の方を向く。


「――無理は承知で、大志さんにお願いがあります。……私も、連れて行って下さい」


「……はい?」


「……え?」


「……は?」


「………」


 再び、全員が凍り付いた。しかしステラは誰かが叫び声を上げる前に、続けて話をする。


「私も会って確かめたいことがあるんです! それは、大志さんと同じかもしれません。ですけど、私自身が話を聞きたいんです! お願いします!」


 その口調は、普段のステラからでは考えられないほど力強かった。そして彼女の赤い瞳の奥には、確かな強い決意があった。


「ちょ、ちょっとステラ!! あなたまで何を―――!!」


「――ああ、いいよ」


「――ッ!? た、大志!?」


 ミールの言葉を遮るように、大志はステラの提案を承諾する。それは彼女の強い意志を感じ取ってのことだった。彼女にも、自分と同じように強い意志がある。それなら、反対する理由はどこにもなかった。

 もちろん、全員が大志に反対した。


「おい大志!! お前はともかくステラには危険すぎるだろ!! お前は瞳が黒いからまだ誤魔化せるけど、ステラは違うんだぞ!? 目を見たら一発で魔界人だってばれちまうよ!! そうなったら、ステラはすぐに捕えられるんだぞ!?」


「大丈夫だって。俺がいるから、ステラ一人くらいなら何とかなるって」


「何とかなるって……お前なぁ―――!!」


「落ち着けテスタ。――ステラ、さっきテスタが言ったことはもっともな話だ。その覚悟が、お前にはあるのか?」


 そう話すフィアに、ステラは強い視線と真剣な表情を向ける。


「――はい。分かっています」


「………」


 これは、何を言っても無駄だろう――フィアは、本能的にそれを察した。そしてフッと笑みを浮かべる。


「……そうか。なら、好きにすればいい」


「おいフィア!! それはいくらなんでも―――」


「心配するな。大志だっているんだ。少なくとも、一人で行かれるよりはずっと安心だ。……大志、ステラのことを頼んだぞ」


「――ああ、任せろって」


「……ああもう!! もう好きにしろ!!」


 テスタとレスタも、観念したかのように椅子にドカッと座り込む。それを見たフィアは優しい笑みを浮かべた。そして目の前にある酒を、一気に飲み干した。




 ◆  ◆  ◆




 翌日の明朝、砦の前には荷物をまとめた大志とステラがいた。そしてその前には、欠伸をしながら見守る戦線のメンバーがいた。


「――大志、十分気を付けろよ? お前が行くのは敵の本拠地だ。少しの油断が命に関わることになるからな」


「分かってるって。――じゃ、行って来るよ」


 話もそこそこに、大志は歩き始めた。ステラもまた、一度お辞儀をした後、大志に続き歩き始めた。


「必ず戻って来いよ!! 大志!! ステラ!!」


「じゃないとまた罰だからな!!」


 遠くなる二人に、テスタとレスタは大きく声を掛ける。大志達は一度足を止め、振り返ると大きく手を振った。そして、再び歩き出した。

 その二人を見つめるミールは、隣に立つフィアに静かに話しかけた。


「……行ってしまったわね……」


「ああ……」


「ねえフィア。大志は何をするつもりなのかしら……」


「……さあね。ただ、アイツにアタシらの常識は通じないからね。もしかしたら、アイツの行動が、“この世界の根本を揺るがすこと”になるかもしれないな……」


「世界の根本ね……ちょっとオーバー過ぎない?」


「そうかもな……だけど、アイツを見ていたら、それも一概に言い過ぎとは言えない気がしないか?」


「確かに……大志、無茶苦茶だしね……」


 ミールは思わず顔を綻ばせた。それを横目で見たフィアもまた、表情を柔らかくする。そして大志達に視線を戻し、腕を組んだ。


「いずれにしても、待とうじゃないか。アイツらが、何をするかをな―――」



 一方、砦から離れる二人は森を歩く。そして大志は、一度ステラに視線を送り、口を開いた。


「――ステラ、少し走ろうか……」


「――え?」


「いいから。さ、行くぞ」


 そう話すと、大志は少し小走りで駆け出した。


「あ、大志さん! 待ってください!」


 それにステラも続く。


 その森には朝日が差し込み、木々にまだ残る雨粒が無数の光を反射させていた。辺り一面には、昨晩の雨に潤された清らかな空気が漂う。空には千切れ雲が所々浮かんでいて、その日も晴天に恵まれそうだった。

 走る二人は顔を合わせる。その表情は明るく、笑みが浮かぶ。駆け出す道の先は、優しい日の光に包まれていた。



第二章 完

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