降輪
宙を浮かぶクリートは、予備動作もなく地に向かい滑空を始めた。大志に向け猛進するクリートの速度は、それまでとは比べ物にならないほどだった。
(速い――!!)
大志はすぐに身構える。周囲に散布した電磁波は、迫るクリートの動きを捉えていた。
「行動が読まれているなら―――反応出来ぬ速度で動くまで!!」
剣を構え、振り抜く。速度を乗せた剣先は、風を消し去るかのように猛烈な勢いで大志に迫る。
「うおっ!」
大志は体を捻りそれを躱す。振り抜かれた刃は、僅かに大志の服を掠めた。掠めた先の布は、まるで最初から切れ目が入れられていたかのように、繊維を痛めることなく断裂されていた。
「チッ、浅いか……!!」
クリートは再び空中へと跳び距離を置く。だがすぐに体勢を取り、大志に向かい飛び掛かる。
「これで終わると思うなよ!!」
「しつけえ奴だな!!」
幾度となくクリートの攻撃が続く。大志のみを狙っていたクリートであったが、大志が躱すと付近の民家を掠りながら飛行する。みるみる大志の周囲には建物はなくなり、残骸が数を連ねる光景となっていった。
大志はクリートの攻撃を何度も躱し、捌く。速度は圧倒的。だがそれでも攻撃が見えている。それはクリートに歯ぎしりをさせることだった。
(降輪を使用しても、まだ対応するか――!!)
そんなクリートの神経を逆撫でするかのように、大志は軽やかに躱していく。無論、楽なわけではない。少しでも気を抜けばクリートの剣が身体を切り裂くだろう。それでも大志は顔に笑みすらある。それは自分の能力に自信があってのことだった。周囲に撒き散らした電磁波は、凄まじく正確なソナーのような役割を果たしており、更に身体能力、反応速度は強化され、防御面では盤石とも言えるかもしれない。
「チッ……」
避け続ける大志を見たクリートは、軽く舌打ちをし空中で静止した。そして大志を見下ろすような形のまま動かなくなった。そんなクリートへ、大志は表情を柔らかくしながら話す。
「スンゲエ速ぇな……それが降輪ってやつなのか?」
「そうだが……君にとっては、あまり大差ないようだな」
「そんなことねえって。けっこうキツイぞ?」
「けっこうキツイ…か……。まさか、降輪状態の僕を前に、その程度の感想しかないなんてね……」
しまった――大志は頭をかく。大志にはそういうつもりはなかったが、結果として挑発した形になったようだ。今相手を更に熱くさせるのは得策ではないと大志は考えていた。それは、フィア達が関係していた。
(さて……フィア達はどうだろう)
大志は電磁波の流れを変え、ちょうど村の中央の状況を読み取る。檻の鍵を前に、フィア達は苦戦をしていた。普段の鍵とは違い、今日のは特に頑丈のようだ。鍵の前で必死にこじ開けようとするフィア達。その状況が、大志には手に取るように分かった。
(救助はまだみたいだな……ちょっと時間稼ぐか……)
そして意識を再度クリートに向け、少し声を大きくしながら話かけた。
「――なあ、なんでお前は魔法を使わないんだ?」
「魔法?」
「ああ。制空権は今んとこお前にあるだろ? それで魔法を使えばもっと有利になるんじゃないか?」
「………」
クリートは少し思案した。その点について、相手は既に気付いていることは分かっていた。だが解せない。なぜそれをいちいち確認するのか。もしここで魔法を使われれば、さらに自分を追い詰めるかもしれないのに―――
(余裕の表れか? だとしても不用心すぎるな……)
「……君こそ、なぜ攻撃をしてこないんだ? それだけ動きを読んでいれば、攻撃なんて容易いだろう」
「無茶言うなって。さっきもいったけど、避けるのでけっこうキツイんだよ……」
「……そう、か……」
更に少し考えたクリートだったが、一つの決断をする。それまで以上に表情を険しくさせ、声を張った。
「……僕が魔法を使わない理由は、二つある。一つは、僕自身が魔法をあまり好きじゃないからだ」
「魔法が好きじゃない? なんでだよ」
「僕はシュバリエだ。その名に恥じないように、これまで誰よりも鍛錬を積んできた自負がある。だが、戦闘で魔法を使い勝負を決した時、魔法のおかげで勝てたと思いたくないんだ」
「……誇り、か」
「まあ、そうかもしれないな。――だが、最大の理由はもう一つある。僕の魔法は、範囲が広すぎるんだ。僕が魔法を使えば、かなりの範囲を巻き込むことになる。それでは、僕が守りたいものまで傷付けてしまう」
「………」
「……だが、君が相手なら、魔法なしでは難いだろう。――魔法、使わせてもらう」
そう言った瞬間、クリートの周囲の空間が歪み始める。景色がグニャリと音を立てるように、捻じれていった。
「これは……」
「周囲の兵士も遠くに行った。これで、関係のない者を傷付けることはないだろう……では、行くぞ雷帝……」
クリートが更に体勢を深く構える。その直後、大志は再びフィア達の動向に検索をかけた。なんとか鍵を開錠している。だが、まだ村を出ていない。クリートの言葉通りなら、おそらくクリートの魔法はかなりの広範囲になる可能性がある。今ここで魔法を使われると、フィア達はおろか、助けようとした魔界人まで巻き込まれてしまう。
そう考えた大志は、すぐに現状最も時間を稼げる方法を考え付く。
「………」
大志はゆっくりと迎撃の構えを解除した。四肢の力を抜き、宙を浮くクリートに視線だけを送る。もちろんクリートもそれが見えていた。だからこそ理解出来ない。今まさに魔法を使おうとしているにも関わらず、逆に大志は無防備になっている。
考えながらも魔法を使う機会を窺うクリート。だがここで、大志は両手を上げ、クリートよりも一足早く口を開いた。
「――降参だ」
「……何?」
「だから降参だ。まいった。素直に投降するよ」
それを聞いたクリートは、魔力を込めるのを中断する。それはクリートが予想すらしていなかった行動であった。耳を疑うクリートだったが、確かに大志は“降参”と口にしている。真意が分からない。あれほどの動きをしていながら、大志は自ら戦いを放棄する。それは、実に奇妙なことだった。
「……どういうつもりだ?」
「どうって、そのままの意味。お前の魔法はヤバいんだろ? 俺だって命が惜しい。だから、降参だ」
「………」
クリートは再び考え込んだ。
(油断させるつもりか? しかし、さっきの状況を見るに、この男が隙を無理やり作ろうとすることもなかろう……いったい何を考えている……)
片や大志は、電磁波をフィア達に集中させる。まだ村から出てはいない。いや、出れない状態であった。クリートが降輪を使用した際、兵士達は全員村の外へと避難した。おそらく、クリートが使う魔法を知っていたのだろう。それはフィア達にとっても大志にとっても予想外の出来事だった。囚われた魔界人の救出は出来たものの、避難した兵士達が村を囲むような状態で待機している。到底、見つからずに村を立ち去るのは難しいだろう。
(村を出れないのか……とにかく、まずは兵士達を村に戻さないとな……)
そして大志は、再度声を上げてクリートに問う。
「で? どうするんだ? 俺は投降するといってるんだけど?」
「……お前が何を考えているかは知らないが、そう言うのであれば、これ以上戦う理由もないだろう。身体を拘束させてもらうよ?」
「そりゃそうだろうな。いいからさっさとしてくれ。俺は休みたいんだよ」
「そうか……君は本当に変わってるな」
少しだけ笑みを浮かべたクリートは地上に降りた。そして背中に浮かべる光輪を消し、大志の元へと歩いて行く。
その後、大志は拘束された。
◆ ◆ ◆
「おい! 大志の奴捕まっちまったぞ!?」
物陰から様子を窺っていたテスタは、フィアに焦るように話しかける。
「……たぶん、私達を巻き込まないためよ。さっきの話だと、あのシュバリエの魔法はかなりの広範囲の攻撃のようだし……」
ミールは神妙は表情で大志を見つめたままテスタに言葉を返す。
「フィア! おいフィア! どうすんだよ!!」
レスタもまた、テスタと同様に焦りを露わにしながらフィアの方を見る。フィアは冷静な表情のまま、大志の方向を見ていた。
「……落ち着け。少なくとも、今のところアタシらのことは気付かれていない。まずは様子を見るぞ。そして、隙を見て大志を助けて、全員で脱出する」
テスタ、レスタ、ミールは静かに頷いた。それを見たフィアは、今度は救出した魔界人達に目をやる。魔界人達は赤い瞳を揺らしながら、不安そうな表情をしていた。
「……大丈夫だ。お前達は必ずアタシらが助ける。もう少し我慢してくれ」
それは優しい表情だった。優しくも、どこか頼もしいフィアの顔を見た魔界の人々は、少しだけ安堵を浮かべた。もう一度微笑みを浮かべたフィアは、大志の方を振り返る。魔界人達には決して見えなかったが、その表情は険しいものだった。
(大志……)
それぞれの思考の中、村は再び静寂を取り戻す。そして暗闇は深くなり、やがて村全体が、夜の帳に包まれていった。




