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双極世界の黒い瞳の魔王様  作者: 井平カイ
第二章【世界の形】
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バランスブレイカー

 普段その村で騒ぎが起こることはない。長閑な風景が広がり、面白味はないが趣はある……そんな、平和な村―――

 ―――だが、その日の夜は明らかに違っていた。


「ぐあああああああああ……!!」


 男達の悲鳴と共に、村中に雷の光が迸る。それは闇夜を切り裂く黄色の閃光――その光を体に浴びた兵士は次々と吹き飛び、大地に伏せる。一度倒れた兵士は二度と立ち上がることはない。僅かに体を痙攣させている。息はあるようだ。


「怯むな!! 散開し全方位から攻めろ!! 数だ!! 数を活かせ!!」


 指揮官と思しき兵士は剣を振りかざしながら部下達に叫ぶ。しかしその表情には一片の余裕もない。焦りの色はもちろん、その顔には畏れが現れていた。それは指揮官に限られたものではない。彼の指示により“その者”に向かって行く兵士達もまた、等しく畏れを抱いていた。それを自分の奥底に押し込める様に、雄叫びを上げながら兵士達は駆け出していた。


「ハン! 甘ぇよ!!」


 その者は自らに向かって来る人の波に一切怯むことはない。一度大きく跳躍した彼の体は、瞬く間に波を大きく跳び越える。頭上を越える人影に、剣、槍といった武具を手にした兵士達は目を奪われる。そして兵士達を完全に跳び越え着地した彼は、そのまま右手を脇の横に構え力を込める。その手からはバチバチという音と共に光が集う。


「ッ!? く、来るぞ!!」


 最後尾の兵士がそう叫ぶと、兵士達は顔を青ざめさせ一斉に後方に目をやる。――だが、時は既に遅い。


「寝てろよ!!」


 右手を勢いよく突き出すと、そこから光は放たれた。轟音は地を走り、光は兵士の絶望の声が漏れる前に集団を包み込む。


「があああああああああ!!!」


 人の波はその場に倒れ、稲光は空間を支配していた。

 それでも天界の戦力はまだ終わってはいない。すぐに次の波がたちまち彼を囲む。だがどうだ。彼を囲む兵士達の顔は一様に絶望に染まっていた。いやそれだけではない。その者の規格外の強さから、神々しさすらも感じていた。そう、まるで触れることさえ出来ないかのような、圧倒的な力を感じ取った兵士達は呑まれていた。

 ただ一人の人物、黒瞳の雷帝に――――


「―――ずいぶん、威勢がいいようだね」


「ん?」


 突然、兵士のうねりの奥から、若い男性の声が響いた。その声を聞いた兵士達は、たちまち絶望から希望へと表情を変える。何かに縋るかのようにある一点を見つめた兵士達は、その人物の前を退き、一つの道を作り出した。そしてその道を悠然と歩き始める人物。軽めの青き鎧を装備し、腰には剣を構える。少し橙がかかった頭髪は僅かに長く、彼の右目を隠すかのように揺れる。その表情は自信に溢れていた。自らの力に対する絶対の自信。その表情を見た大志は、少しだけ表情を険しくさせた。


「キミが噂の雷帝か?」


「……お前は?」


「フン、僕の問いに答えないとはな……礼儀を知らないようだが、まあいい……」


 そう話しながら、その人物は大志の前に立つ。そして右手で胸当てを触り、高々と声を出した。


「僕は、天界軍“地の勢”所属のシュバリエ――クレート。今回、この部隊の警護を“天帝”より依命された者だ」


(……天帝?)


「君とはいつか会いたいと思ってたんだが……こんなに早く実現するとな。とにかく、お見知りおきを……」


 クレートは深々と礼をした。


「あ、どうも……」


 これまでの生活の癖だろうか。礼を受けた大志もまた頭をかきながら一礼する。


「さっそくで悪いが……雷帝、君には退いてもらいたいのだが」


「ホントさっそくだな……」


「最初に言っておくが、僕は君を過小評価したりはしていない。これまでの君達の戦いは耳に入っているし、その中でも特に君の功績は大きなものがある……逆に、君さえいなければ阻止出来たものが多いとも言えるな……」


「………」


 何だか急に褒められた気になった大志は頬を数回かく。それを見たクリートは少しだけ声を大きくして笑う。


「照れることはないよ。あくまでも僕個人の感想だが、客観的に言ってるつもりだ。……しかし、僕達からしたらあまり面白くはない話だけど、ね」


「そりゃそうだ」


「さて、戯言はこれで終わりだ。どうする雷帝? 退くのか退かないか……好きにしてくれ」


「そんなこと言ってもなぁ……言うまでもないだろ?」


「まあ……そうだろうね……残念だな」


 そう最後に呟いたクリートは、静かに腰の剣を抜く。そして銀色の光を放つ剣先を大志に向け、涼しかった表情に力を入れた。


「他の者は手を出すな。邪魔になるだけだ。―――行くぞ雷帝!!」


 先ほどの静かな口調とは一転し、勇ましい咆哮を上げながらクリートは駆け出した。剣は体で隠すように後ろに構える。

 大志は後方に跳ぶ。それを見たクリートは大きく地を蹴り、更に大志との距離を詰めた。そして剣を大きく縦に振り抜く。その刹那大志は右に跳ね、斬撃の軌道から体を逸らした。風を切る音を鳴らしながら、剣は大地に刺さる。しかしクリートの視線は依然として大志を捉えていた。その視線は大志も気付いている。クリートはすぐに剣を横に振り、大志の胴体を狙う。その斬撃も冷静に見ていた大志は股を広げ姿勢を低く取り、斬撃の下に身を屈めた。そして斬撃が通過したタイミングを見計らい、上へと飛ぶ。その動作の中、右足を大きく蹴り上げクリートの顎を狙う。だがそれはクリートの予想の範囲の行動であった。体を逸らしたクリートは軽やかに蹴撃を躱す。


「チッ――!!」


 この程度では勝負は決まらないか―――大志の思考は舌打ちに変わる。そのまま更に後方へと跳んだ大志は今一度距離を保とうとした。


「逃がさんぞ!!」


 だがクリートもまた執拗に大志との距離を詰める。それはクリートにとっての戦略だった。距離を取られれば、雷撃がクリートを襲うだろう。如何にシュバリエとはいえ、それをまともに受ければひとたまりもない。つまり、クリートは大志が雷撃を使う暇を与えず、剣のみで勝負を決するつもりだった。

 傍から見れば、素手の大志に対し全力で剣を振るクリートが有利にも思える。だがクリートは手を抜くことはない。僅かの攻防の中で、クリートは大志の力の一端を感じ取っていた。獲物を使う自分が有利とはいえ、それで確信的な差があるとは到底思えなかった。

 距離を詰めるクリート。斬撃を冷静に見極め、躱す大志。幾つもの剣の閃きは、幾重にも短い斬音を響かせる。


「おお……!! さすがシュバリエ卿!! あの黒瞳の雷帝を追い詰めている!!」


「いける……!! いけますぞ!!」


 見守る兵士達は尊敬の目でクリートを見つめていた。あれだけ暴れていた大志を一方的に攻撃している―――それは、勝機を見るには十分すぎる光景のように思えた。


 だが、そんな兵士達の視線の中で、クリートの視線は違っていた。


(まさか、これ程とは……)


 確かに客観的に見れば、クリートが大志を一方的に攻撃している。――だが逆に言えば、それだけ攻撃を繰り出しているにも関わらず、“一度たりとも大志の体を捉えることが出来ていない”ということ。攻撃するクリートは攻めあぐねていた。どれだけ剣を振ろうとも、どれだけ大志を狙おうとも、一度も体を掠りもしない――それは、クリートを心理的に追い詰める。


「………」


 片や大志は冷静だった。斬撃の一つ一つを見極めながらも、周囲の状況を確認する。なぜそこまで剣筋を見極めていながら攻撃しないのか――簡単なことだ。彼の目的は、勝つことではない。


(……フィア達はまだか? もうそろそろだろうけどな……)




 ◆  ◆  ◆




「―――予定通り、大志はかなり目立ってくれてるな……」


 村の外から内部の様子を探るフィアは、静かにそう呟いた。


「ホント毎回呆れてしまうけど、今日は特にそうね。……あのシュバリエを相手に、あれほどの余裕が出せるなんて……」


 ミールは呆れを通り越して、軽く笑えていた。事前に大志にはシュバリエの強さを説明していた。その時、彼女自身もシュバリエの力を再確認する形にもなっていた。それなのに、目の前にはそのシュバリエをいつも通りの動きで翻弄している大志がいる。何か、彼女の中の常識が崩れてしまうような感覚になっていた。


「やっぱ大志はすげえな!!」


「ああ!! 無茶苦茶だな!!」


 テスタとレスタは嬉々として語る。自分たちの仲間にこれほど頼りになる人物がいるというのは、どこか誇らしいものだった。

 無論それはフィアも感じていた。だが彼女は敢えて空気を変える。


「――確かに、まだ大志はシュバリエと対等以上に戦っているが、肝心のことを忘れるな。シュバリエは、まだ全力を出していない。もし奴が全力を出せば、大志とはいえ苦戦するだろう」


「………」


 それを聞いた瞬間、三人の表情は険しくなる。彼らは思い出した。シュバリエが、シュバリエである理由を―――


「だからこそ、今のうちにするぞ。アタシらの仕事を、な」


「……ええ」


 そして四人は村の内部に向かい歩き始めた。その最中、フィアは一度大志に視線を送る。彼女の視線の先の大志は、周囲を見渡しながらクリートの斬撃を躱し続けていた。


(大志……油断するなよ……)


 視線を戻したフィアは前に進む。魔界の民がいる檻に向かって。その脚は、少しだけ足早になっていた。




 ◆  ◆  ◆




「――はああああ!!!」


 一際強く声を上げたクリートは、鋭い斬撃を大志に向け振り切った。だが大志もまた、軽やかにそれを躱し再び距離を取る。


「………」


 クリートは睨み付けるように大志を見ていた。これだけ攻撃しても、目の前の男にはダメージはおろか掠り傷一つ付けることが出来ない。そのことは何よりも悔しかった。クリートの中のシュバリエとしての誇りに、無残な傷を入れられた心境だった。

 片や大志はフィアの動きに気付いていた。


(うまく村に入れたみたいだな……さて、あとはどれだけ時間を稼げるかどうかだけど……)


「――正直、ここまでとは思わなかった」


「あ?」


 突然、それまでとは違う声色をしたクリートに、大志は思わず素っ頓狂な声を漏らす。見ればクリートは剣を下げ、その場に佇んでいる。


「以前現れた魔王と同じ雷の魔法を使う人物――そう聞いて、君の雷を警戒していたのだが……なるほど、それだけではないようだ。君は僕の剣を正確に見切っているようだな」


「……まあな。魔法の応用みたいなもんだ。軽い電磁波を周囲に散布して、動きを正確に掴んでいるからな。悪いけど、お前がどういう攻撃をしているか、どういう行動を取ろうとしているか分かってるんだよ」


「ほう……。でもそれは、僕に知らせていいのか?」


「……しまった。そういえば、あんま人に言うなって言われてたな」


「ハハハ……! 君は面白いな。普通は魔法の詳細など、相手に言わないぞ」


「う~ん……まあ、いいんじゃねえか? 実際自分でも反則だって思うし。これで“おあいこ”だろ」


「“おあいこ”…ね……。――どうやら、君は勘違いをしているようだな」


「勘違い?」


「仮に種を明かしたところで、それで“おあいこ”になることはない。ないんだよ。

 魔力で増強された身体能力、相手の行動を予測し正確に把握する能力、そして、圧倒的な破壊をもたらす雷魔法………率直に言おうか? 君は、正真正銘、化物だよ」


「……ああ、よく言われるよ、それ」


「僕はシュバリエだ。この世界において、有数の実力者なんだよ。その自負を持ち、これまで数々の戦場を駆け抜けてきた。……だが、そんな僕が、一撃たりとも入れれないでいる。君は分かってるのか? それは驚異的なことなんだ。少なくとも、僕には君が、この世界の常識を壊すバランスブレイカーのように感じてしまうな。

 ――その力は、常軌を逸し過ぎている」


「……褒めてんのかよ、貶してんのかよ……」


「両方だ。――だが、僕もこのまま引き下がることは出来ない。ここまでするつもりもなかったが……気が変わった」


 そう言うと、クリートは再び剣を構えた。大志もまた身構える。――だが、クリートの様子はそれまでと違っていた。視線も、雰囲気も、周囲を包み込む空気も、全てがさき程までとは違うものとなっていた。


(……なんだ?)


 そのクリートの様子を見た兵士達は、大志には分からない何かを察していた。そして安堵感で包まれていた空気は一変する。顔を青ざめさせ、冷や汗を流し始めていた。


「……ま、まさか……シュバリエ卿は、“降輪”を使うつもりなのか?」


「し、しかしそれを今使うということは……!!」


「――そうだね」


 兵士達の言葉を、クリートが遮る。そして視線だけを兵士に向けたクリートは、どこか不気味な笑みを浮かべながら小さく声をかけた。


「避難……した方がいいかもね」


「――――ッ!!??」


 その瞬間だった。


「た、退避いいいい!! 今すぐ村から離れろ!!」


 指揮官は叫び声を上げる。それが言い終える前に、既に全兵士が走り始めていた。誰一人として一切振り返ることなく、一目散に村の外を目指す。


「……なんだ?」


 大志にはわけが分からなかった。“降輪”という言葉すら知らない。だが、あの兵士達の表情と行動から察するに、途轍もなく危険なことというのは理解出来た。


「――君も、なぜ僕達が“天界人”と呼ばれているか知っているだろう……」


 ふと、クリートはそう語る。


「……悪い。知らねえ」


「……そうなのか……まったく、君はいったい何者なんだ……。まあいい、話してやろう。――天界人とは、即ち天を世界とする者。天を制し、縄張りとする種族だ」


「つまり……飛べるってことか?」


「察しがいいな。だが、少し違う。そんな生易しいものではない。我らが空を駆けるのは、戦の時のみ。真に戦うべき時が来た時、全身全霊をかけ対峙する必要がある時、僕達は天を制するんだよ。

 ――そして、命を賭して敵を討つ」


 そう話すと、クリートの背後に何かが現れ始めた。それは光り輝く光輪。光の環。それを背後に背負い、クリートの体はゆっくりと大地を離れる。


「天より授かりし光輪をその身に降ろす……それ即ち、“降輪”」


 両手を降ろし、宙に浮かぶクリート。後光が彼の体を包み、神々しくすら見える。一言で表すなら、光より生まれし天使――大志には、確かにそう見えた。


「……なるほど、な。確かに、“天界人”って感じだな……」


 大志の言葉を聞いたクリートは、少しだけ微笑む。だがすぐに表情を鋭くさせた。


「行くぞ雷帝……これより先は、一味違うぞ―――!!!」

 

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