【その59:ぬこ様と魔王様と(10)】
ハーロットが部屋に戻ると、早々に「ふー」と威嚇する声が出迎えた。声の主は、部屋の片隅の小さな檻の中だ。
その方向に冷たい視線を送り、やおらそち他に近づくと、なんの感情もなく檻を蹴った。
「ぎゃっ」
悲鳴を上げる猫。
「このままここに置いておくのも邪魔だが……」
あの偽聖女が、妙にこの猫にこだわっていたのが気になる。もしかすると、この猫のどこかに、魔王の弱点でも隠されているのか?
いや、流石に考えすぎか。歴代最強と名高い魔王が、このような矮小な存在に弱点を隠すなどありえまい。
最強の魔王。なんと不愉快な言葉であろうか。
物心ついた頃からずっと、魔王を倒す英雄になれと言われて育ってきた。魔王を倒し、勇者として教会を導け、と。
両親が期待を口にしなくなったのはいつの頃だったか。ハーロットの持つ力では、勇者パーティーに選抜されぬと分かったからなのか。
だが、ハーロットにすれば、素養などはさしたる問題ではない。魔王を倒すには、何も己が強者である必要はないのだ。
だからそのように伝え、魔王を倒すための方法を日々、両親に披露した。しかし両親の反応は良くなかった。次第に、ハーロットを疎むようになった。
あの者たちには、神の意思がわからない。
そう判断し、ハーロットは家を捨てた。そうして教会の貴き方のお世話をする役割を得て、教会内部で生活するようになった。
しかし。
大司教は魔王のあまりの強さに心が折れ、ただ、己の利益を追い求めるようになった。他の上層部も似たようなものだ。
それでもまだ、継戦の意思があるだけでも救いは残されていた。だが、勇者パーティに同行させた聖職者から、『この戦いは茶番だ。教会は己の体面と収益のために、前線で無駄に人を死なせているだけに過ぎない』と訴え出るものが現れたのである。
ふざけた話だ。そのようなこと、許されようはずがない。前線で兵士が死ぬのも、勇者が繰り返し全滅するのも、全ては必要な犠牲。
誰かが死ねば、その怒りが魔王に向かう。そうして薪をくべ続ければ、いずれ、魔王を討ち果たす真の勇者が現れるはずだ。魔王を殲滅するのが神の意思なのだから。
だから追い込んだ。あの男、オレックを。
少々拷問に時をかけ過ぎ、あと少しで死ぬというところで、隙を突かれて逃げられたが、まあ、何処かで行き倒れていることだろう。
ともかく魔王だ。別に魔王を討てるならば、使うカードは人でなくとも良い。だから魔族とも協力した。
その協力者、ダークベットはどうしているのだろうか? 魔王を無事に打ち果たしたか。
間抜けなあれは、魔王を殺して自分が魔王になると言ったが、それはこちらとしても望むところだ。
今の魔王でなければ、討伐のしようはいくらでもある。その時ダークベットの骸の上に私がいれば、即ち、このハーロットが英雄となる。
しかし、ダークベット程度で本当に勝てるのかは少々疑問だ。こちらも万全の準備をしておかなくてはならない。
この教会の建物を、そのまま魔王の墓標にするために、教会本部の結界術式を密かに書き換えた。
特定の場所に立つと、一個の人間の放つそれとは比較にならぬほどの聖魔法が降り注ぐ仕組みだ。
ダークベットが失敗したのなら、魔王はこの王都へくるだろう。そこが決着の刻。
偽聖女の遺骸をその場に置いて、魔王を誘き寄せる。そして、消し去る。
私が真の神の使徒であるからこそ可能なのだ。
自然と笑みが溢れた。
「そうだ、貴様も同じところに捨て置くか。目印程度にはなるだろうからな」
思えば、別に生かしておく必要もない。エサもなく例の場所に放置しておけば、勝手に死ぬだろう。部屋に転がしてあっても、耳障りなだけだ。
ハーロットが檻を抱えようとすると、猫が檻の間から引っ掻こうと爪を出す。
「大人しくしなさい」
もう一度、今度はやや強めに檻を蹴っ飛ばしてやれば、気絶したのか、ようやく静かになった。
そうして檻に布をかけ、ぞんざいに抱えたハーロットは、一人黙って、階段を登り始めたのだった。
◇◇◇
部屋に戻ってきた我は周囲を見渡す。
改めて見ればだいぶ荒れている。随分と暴れ回ってくれたようだ。
怒りを抑えながら、ぬこの痕跡を探す我。その視界の端で、写真機が床に転がっているのが見えた。
近づけば一枚の写真が撮れている。ブレてはいるが、そこに写っているのは手首を掴まれたルラと、ルラと同じような服装をした男。
「これで確定したな」
ぬことルラを攫ったのは人間ども、それも教会の輩か。わずかにルラの関与を疑っていたが、この様子ではあやつは巻き込まれた側のようだ。
「我の所有物を奪おうなどとは、愚かなことを」
我は真っ直ぐに転移魔法陣に近づく。
しかし魔法陣は作動しない。
「……転移先が破壊されたか?」
あり得る話だ。ならば飛んでいくしかないか。少々時間がかかるが、仕方がない。
それでも念の為、魔法陣の状況を確認するために手を触れて解析してみれば、
「これは……どういう事だ?」
我は魔法陣から、少々興味深い反応を確認したのである。




