【その58:ぬこ様と魔王様と(9)】
私はオリオネートさんの背中について、教会内を走る。
不意に先頭にいたエルグレイが、壁の前に立って何やら手を動かした。
するとすぐに、壁が動く。隠し部屋だ。
「ここならば、知っているものはほとんどいない」
言いながら順次体を滑り込ませてゆき、私もそれに続く。中に入れば意外に広い。やや埃っぽいが、文句を言っている場合ではなかった。
「こんなところに隠し部屋が……」
「教会本部は歴史ある建物だから、隠し部屋や脱出路はいくつもあるらしいわよ。歴史の中に埋もれてしまっている物も多いから、全てを把握している人は多分、いないわ」
オリオネートさんが私に説明してくれながら、置かれたソファの上の埃を払う。
「教会の歴史は後にしてくれ。それよりも説明を頼む。どうなっているのだ?」
エルグレイが私に話を急かすけれど、私も先に聞いておきたいことがある。
「説明の前に教えてください。どうして私を助けてくれたのですか?」
あんな場所に来る以上、相当な危険は覚悟の上のはず。見咎められれば、その立場はかなり悪くなる。
訳がわからないもは私も同じなのだ。安易に話して、これ以上状況を悪化させるのは避けたい。そのためにも、先に事情を聞いておかないと。
「……そうだな。これ以上は隠す必要もないだろう。我々は教会の革命を望む同志の集まりだ」
「革命?」
随分と穏やかではない言葉だ。私が若干引いたのに気付いたのだろう。オリオネートさんが苦笑して補足してくれる。
「今の教会はお金と権力ばかり。そんな状況を憂いて、正常化しようとする集まりよ。エルグレイが革命という強い言葉を使ったのは、私たちの目的が、大司教の失脚だから」
「なるほど」
「実はね、私たちは少し前からルラさんに注目していたの。場合によっては跡をつけたりもした。ごめんなさいね」
「どうして私を?」
「あなたがオレックについて調べて回っていたから」
「オリオネートさん達は、オレックさんとお知り合いなのですか?」
「ええ。元々、この組織を作るきっかけこそがオレック本人なの。オレックは現在の教会が金儲けのためだけに、魔族との戦いを継続させていると信じていた。そしてそれを是正するように訴えていたのよ」
「……でも、ほとんどの人がオレックなんて知らないと言っていました」
「ええ。少なくとも、事情を知る人々にとってはオレックの名前はタブーだった。ある日、突然消された人物の名を口にすれば、自分にもどんな影響があるか分からないから」
「消えた?」
「正確には、消されたという表現が正しいかしら。事情を知るもの達に見せつけるように、様々な痕跡を残したまま失踪したのよ。痕跡の中には血痕もあった。拷問のような跡も生々しく残されていたわ。もしもそのまま殺されていたとしても、必ず証拠を掴んで大司教に突きつけてやろうとずっと調べていたの」
教会には二度と関わりたくないと言っていたオレックの顔が思い浮かぶ。
「……でも、殺されなくてよかった……」
私が思わずこぼした呟きに、三人がいろめき立つ。
「どういうことだ? お前はオレックの所在を知っているのか?」
私に詰め寄るエルグレイ。
つまり、私がオレックと何らかの繋がりがあるかもしれないと疑いつつも、直接的に聞けば、また教会から揉み消される。だから、私の目的を探っていたということか。
「……オレックさんには一度だけ会いました。経緯もこれから説明しますけど、結局、私を助けてくれたのはどうしてですか?」
事情はわかったけれど、私の行動は全てが予測の域を出ない。ここまで無茶するほどなのか少し疑問だ。
「別に、大司教を失脚させる手立てはオレックの件だけではない。我々はここまで多くの事例を集めてきた。決め手には欠けていたがな。そこにきて突然聖女を捕縛して、教会を焼くという暴挙。使えると思った」
「ああ、私を大司教を追い詰める道具にしようと思ったんですね」
「気分を害するかもしれんが、その通りだな」
「いえ。むしろやっと納得しました。それで、私の話をする前にもう一つだけ確認させてください」
「まだ何かあるのか?」
「オレックさんの訴えに耳を傾けたということは、皆さんは魔族との戦いを推進したいわけではないという認識で間違いないですか?」
「……まあ、そうなるか。別に魔族との和平を望んでいるわけでもないが」
今の状況で、そこまでは望んでいない。私だってついこの間までは、魔族は滅ぼすべき相手だと思っていたのだから。でも、今はこれで十分。
覚悟を決める時だ。
「わかりました。では、私のおかれた状況についてお話しします」
私は大きく息を吸ってから、ここまでの、魔王と一匹の猫の物語を話し始めた。




