【その5:おかいものメディスン】
ぬこは魔族領に存在する生き物ではない。ベリアルに命じてさりげなく調べさせたので、それは間違いなかった。
すなわち消去法で、人間領の生き物ということだ。
故に、魔族領にはぬこの病気に対する知識もない。
ならば人間領に行けば良いのだが、我が全力で飛翔しても片道で10日以上はかかるであろう。
それだけ不在にすれば、部下どもが騒ぎ出す。下手をすると、この部屋にも入ってくるかもしれぬ。
かといって、出かける旨を知らせば、必ず誰か付き従ってくる。拒否したところでつけてくるだけなので無意味である。
なんとか短時間で、人間界に行って帰ってくる方法は……。
それで我は、はたと気がついた。
最近妙に、勇者たちの襲来が多いことに。
本来、魔王城まで到達するだけでも1年以上はかかる長い旅路である。にもかかわらず、これほど頻繁にやってくるのは少々おかしい。
そして、あの者らが利用し始めた“転移魔法”。人間どもが妙な魔法を完成させた程度に考えていたが、この二つの点を繋げば、事情は大きく異なってくる。
―――どこか魔王城の近くに、勇者パーティーをまとめて転移できるほどの魔法陣が隠されているのではないか?―――
そのように思い至れば、もはやそうとしか思えぬ。
ならば話は早い。その魔法陣を見つけ出せば良いのだ。
転移魔法が人間の作り出した者であれば、多少なりとも人間の魔力が込められているはず。最初からその前提で探るのであれば、我にとっては容易いことだ。
我の魔力をヴェールのように薄くして、魔王城からその周辺へと広げてゆく。と、城の近くの森の中に発見した。人の魔力の残滓を。
「ぬこよ、今少し待っておれ」
前足で顔をくしくししているぬこに対し、我は力づけるように言葉をかけ、颯爽と部屋を出たのである。
◇◇◇
案の定、森に隠されていたのは転移魔法が仕込まれた魔法陣。あんな近くにあったのでは、魔王城到達も容易いはずだ。
同時に、最近の勇者の手応えの無さにも納得できた。数々の死闘を潜り抜けた者たちに比べれば、質は落ちようというものだ。
というわけで、人間界に来た。
転移魔法は厳重に警備された場所に繋がっていたが、それはさしたる問題ではない。我の認識阻害魔法を利用すれば、人の目に入ることなどまずない。
ただそのままではぬこの薬も購入できない。なので、城を出たところで魔法に調整を加える。これで道行く者には、我の姿がただの人に見えるはず。
人間界に来たのは50年ぶり、いや、もっとか。ここは随分と栄えている国のようだ。見知らぬ店も多くある。この辺りの発展速度は、魔族に比べると恐ろしく早い。
感心している場合ではない。ぬこの薬を探さねばならぬ。
金は溢れるほどにある。勇者一行を屠るたびに簡単に手に入るのだ。特に最近は数だけは多くやってきていたので、使い道もない金が無駄に溜まっていた。
さて、どうやって探すべきか。
ぬこの容姿を考えれば、人間界でも愛されているに違いない。あのような愛らしい生き物を無視するなど、あり得ぬ。
ならば、どこかにぬこの同胞がいるはずである。それを探して、飼い主を問い詰めるとしよう。
街をうろうろしていると、発見した。ぬこの同胞だ。塀の上を尻尾をピンと立てながら、悠々と歩いておる。
なるほど、体毛が短いものもおるのか。これはこれで可愛い。ゆらゆらする尻尾も可愛い。
いや、うちのぬこが一番可愛いのは揺るがぬのだが。
ともかく短毛のぬこを追って歩く。
短毛ぬこは迷いなく進み、一つの施設の前で塀からぴょんと飛び降りる。
その視線の先を見て、我は思わず膝から崩れ落ちそうになった。
そこには10匹以上のぬこたちが。なんという、至福の光景であるのか。
ふらつく体をどうにか立て直しながら改めて見れば、なるほど、誰ぞが餌をやっている。だからこれほどまでのぬこが。
予想だにしていなかった光景に、我がその場で固まっていると、餌をやりながらぬこを撫でる人間の一人が、こちらに気付いた。
「あら? 何かご用でしょうか?」
そのように立ち上がった顔に見覚えが。
いつか我が城にやってきた、聖女の勇者に違いなかった。




