【その37:はいかアンビション】
ダークベットの見つめる水晶の中で、歴代最強と謳われる魔王が人間の娘と何やら楽しげに話している。
小型の生き物を構いながら、互いに言葉を交わすその雰囲気から察するに、ある程度親しい間柄であることは予測できた。
「会話が聞こえれば、より、効率が良いのですが……」
ダークベットは誰に伝えるでもなく呟く。しかし、現状ではこれが限界である。
水晶に映像を送るのは、ダークベック秘蔵の諜報機器。とある協力者と、例の人間集落を脅して作らせた代物である。
もちろん魔王には秘密であり、村長には、集落全員の命と引き換えにダークベットの行動の全てに沈黙を命じてあった
そうしてできた諜報機器が、魔王の部屋の窓の外に張り付いて中を映し出している。
ここまで使えるようになるまでに色々と調整を重ねたが、音声を拾うほどの性能をその備えると、どうしても魔力を喰うのが難点だった。
微量ならともかく、近くで妙な魔力の動きがあれば、魔王に勘付かれるだろう。というか実際、試験運用中に一度、魔王は気付いたのだ。
その時はすぐに撤収させたため、さしたる興味を示さなかったが、魔王の私室となれば話は別。慎重に慎重を重ねるに越したことはない。
今まで魔族で名のある実力者達が、誰一人として満足に傷をつけることが敵わなかったあの化け物。
時間を掛けて弱点を探っていたが、ここに来てようやく、努力が実る時がやってきたのだ。
先日、魔王が妙な生傷をつけていた理由はこれか。
魔王の最強たる所以は、常時発動している防御魔法による。さらに戦闘となれば、さらに別の強化魔法も使ってくるので始末に終えない。
そんな魔王が傷を負ったのであれば、なんらかの理由で纏っている防御魔法を解いたと予測していたが、なるほど。
この一件、ダークベットにとっては千載一遇の好機である。己が魔王になるための。
新しい魔王になる方法は簡単だ。空席になった時に他の候補を圧倒するか、今代の魔王を倒せば良い。最強であることこそ、魔王の魔王たる所以である。
ダークベットは魔王が一軍団を任されるだけの実力者であり、知謀にも優れていることは周知の事実。今の魔王を倒せば、誰からも文句はでまい。
ゆえに時を待った。そして見つけた。
「まさか……魔王が人間の小娘ごときにご執心とは、意外ですね」
だか、思い返せば腑に落ちる部分もある。元々人間との戦いにはあまり興味を示さず、集落のように、むしろその技術を保護するような真似さえしている変わり者だ。
問題は、この娘をどう利用するか。
弱点が人間の小娘というのはかなり都合がいい。人間に対して快く思っていない同胞を、味方に引き入れやすくなる。
やはり一番手っ取り早いのは誘拐、そして人質。
なんなら、魔王が娘を助けに来て、抱きしめるために防御魔法を解いたところをまとめて始末する。そんな策もなしではない。
「さて、どういう方法が良いか……」
娘を利用するにあたって、ちょうど使えそうな駒がある。誘拐自体は容易いだろう。
が、問題は魔王を倒す方だ。好機はそうないはずだ。いや、むしろ一度きりと考えたほうがいい。ならばやはり、念には念を入れておくべき。
「……あともう一押し、それで、私が魔王だ」
長かった、魔王に頭を下げ続ける屈辱の時がようやく終わる。
「くくく」
自らが玉座に座る姿を想像すると、ダークベットの口からは自然と笑みが溢れた。
◇◇◇
「べーくしょっっっ!!」
我のくしゃみにぬこが驚いて飛び上がる。
「ぬ。すまぬすまぬ」
謝罪する我に、抗議の唸り声を上げるぬこ。くしゃみなど滅多にしたことがないのだが。ぬこのシャンプーで、何かしらの影響を受けたか?
影響を受けたとすれば、毛を乾かすための聖魔法のほうかもしれぬ。
「ほれ、もう大きな声は出さぬのである。そうだ、おやつを食べるが良い」
今回の入浴にあたって、おやつは溢れんばかりに用意した。ルラは『ほどほどにしてくださいよ』とうるさく言っていたが、ま、今日くらいは問題なかろう。
手頃な菓子を開けると、スンスンと鼻をひくつかせたぬこがゆっくりと近づいてきた。
「うむ。早く近くにくるがよかろう」
あ、そうであった。防御魔法を解かねば。
我、無意識に発動させてしまうのだが、防御魔法があると、ぬこの柔らかな毛並みを楽しめぬのだ。それにぬこに悪影響があると困る。
新しいおやつを入念に確認したぬこ。匂いは合格したらしい。ゆっくりと口に運び始める。おやつに夢中なぬこを撫でれば、手のひらに至福の感触が訪れた。
「これぞ、最高のひとときである」
我の独り言に、ぬこが「にゃあ」と軽く鳴いた。




