【その34:ぬこウォッシュ(1)】
ベリアルは魔王城を駆け回っていた。
急ぎで決済が欲しい案件があったのだが、魔王様の姿が見えず、ずっと探しているのだ。
と、通路の向こうから見知った顔がこちらに歩いてくるのを発見。
「ダークベット!」
名前を呼ばれたダークベットは、声に反応すると、軽く首を傾げる。
「これはベリアル様。随分と慌てておいでですが、どうされたのですか?」
「魔王様のお姿を見なかったか?」
「魔王様ですか? いえ。すみませんが本日は見ておりません。何かお急ぎでしたか?」
「うむ。急ぎ確認していただきたい件があったのだが」
「では私も、探すのをお手伝いいたしましょう」
「良いのか?」
「ええ。こちらは特に急ぎの用ではありませんから」
「助かる。甘えさせてもらおう。俺は食堂を見に行くので、他の場所を探してくれ」
「別々に行動して行き違いになっても面倒です。ひとまず同じ方向へ向かい、目についたもの達に、手分けして魔王様のことを聞いてはいかがです?」
「なるほど。その方が良いかもしれん。では、そのように」
こうして二人ががりで魔王様の居場所を聞いて回っていると、
「魔王様でしたら、大浴場に向かわれるのを見ましたよ」
との情報が。
「大浴場? このような昼間から、入浴されておられるのか?」
「いえ。浴場の技師と何やら話し込んでおりましたが……」
「よし。ご苦労だった。もう行って良いぞ。しかし、大浴場にどのようなご用が……? ともかく行ってみるか。ダークベットもあとは大丈夫だ。手伝い、感謝する」
「ここまできたら最後まで。もしかしたら大浴場にもおられないかもしれませんし、魔王様の目的にも、少々興味もありますので」
「分かった。好きにせよ」
そうして連れ立って大浴場へ行ってみれば、確かに魔王様はいた。技師となにやら真剣に話し込んでいる。
「魔王様!」
「ぬ? ベリアル、それにダークベットもか。なんだ、騒がしい」
「魔王様をお探していたのですよ。こんなところで一体何を?」
「うむ。少々個人的な話だ」
「魔王様の個人的な話?」
「我が部屋にシャワーを取り付けられぬかと思ってな。ほれ、我が大浴場に来ると、皆萎縮するであろう?」
「ですが、魔王様専用の浴室がございますゆえ……」
「そうなのだがな。ま、ちょっとした気まぐれである。しかし、やはり水回りなどを考えると難しそうである。この話はここまでとしよう」
魔王様の許しを得た浴場技師が、頭を下げて去ってゆくのを見届けてから、ダークベットが口を開いた。
「魔王様がそれほど浴場にこだわっておられたとは、存じ上げませんでした」
ダークベットの言葉に、魔王様はふんと鼻を鳴らす。
「ただの気まぐれである。それで、我を探していたということは何か用があったのであろう? 何だ?」
そうだ。今は浴場のことなどどうでも良い。ベリアルは、握りしめ続けてくしゃくしゃになった書類を、慌てて広げる。
「実はですな―――」
◇◇◇
全くもって面倒である。少し席を外しただけだというのに、ベリアルが大騒ぎしおって。しかも大した用事ではなかった。
『絶対に洗わないとけない。と、いうわけではないですし、ぬこさんがあまりにも嫌がったらやめた方がいいんですが』
そんな前置きをして、ルラがぬこを風呂に入れることを提案してきた。
猫は綺麗好きで、常に自分で手入れしている。が、ぬこの場合毛が長いので、自分で手入れしきれない箇所があるかもしれぬ、という説明である。
『ついでに爪も切ってあげましょう』
なる言葉もあり、やや悩んだがルラの提案を受けてみることにした。ぬこの毛並みがより艶々になるというのに少し興味があったのだ。
ただ猫は本当に水が苦手らしいので、無理なら即座に中止する。
できればなるべく緊張しない環境を整えてやりたかったので、私室にシャワーを取り付けられないかと考えてみたのだが、なかなか難しいようだ。
技術的に無理ならば仕方がない。それこそ人間の技術者を呼び寄せれば話は違うかもしれんが、流石に人間に城内を彷徨かせるのは問題であるし。
人間の集落に関しては、利点も多いので一応認められているが、実際は面白く思っていない魔族も少なくはない。
そ奴らはあの集落を、『捕虜の檻』という認識で己を納得させているらしい。
我にとってはどうでも良いことではあるが、全く狭量なことだ。
現状、集落にちょっかいをかけるような者はおらぬようだが、あそこの技術は重要である。何らかの対策は考えておくべきか。
まあともかく、今はぬこのお風呂の方が重要である。
「買い物は明後日か……」
ぬこがすごく嫌がる、最悪のケースを想定し、お菓子沢山買っておいてやろう。我はそう、強く心に決めたのだった。




