【その33:はぐれぷりーすと(4)】
色々あった魔王城から戻ってきた翌日。私は所用で教会本部にやってきていた。
ちょっとした経費精算の申請なのだけど、この日は運悪く混み合っており、しばらく待たされることに。
手持ち無沙汰ではあるものの、あまりウロウロするような時間もない、という非常に微妙な空き時間。
私は少し考えてから、比較的ひとけのない廊下の隅のベンチに座って、大人しく呼び出すを待つと決める。
それにしても昨日のオレックの言葉。あれは一体どう言う意味であったのだろう。
―――悪意なき悪意―――
もう少し詳しく聞きたいけれど、あれ以上を聞き出すことは難しそうだ。
そもそも魔族領まで逃げるような状況になっていたということは、相応に嫌な思いをしてきたと思う。なら、教会の人間には話したくない気持ちも分かる。
オレックはその悪意が教会内部にあると言っていた。オレックが魔族領まで逃げなくてはならないような権力者が、悪意なき悪意の持ち主なのだろうか。
考えたくはないけれど、大司教様という可能性も否定はできない。
以前、私が問い詰めた時の大司教様の反応。私に魔族と人々の争いについて、あまり触れてほしくないようであった。
でももしも大司教様がオレックをそこまで追い込んだのであれば、どのような意図があるのか?
考えても何もわからない。流石に大司教様を問い詰めるわけにはいかないし。それに、今の段階で決めつけるのは危険だ。
先日のエリナさんのお店の騒動に、コサード地区教長が絡んでいたなんてこともある。
こう言っては何だけれど、聖職者だからといって、誰もが素晴らしい人間性を備えているとは言い難い。
「あら、聖女様。聖女様? 聖女ルラ様?」
私がずっと考えに耽っていると、突然至近距離に顔が現れた。
「ひゃあっ! びっくした!」
私が思わず大きな声を上げると、向こうも驚いて身体を引く。
「びっくりしたのはこちらです。どうされたのですか? こんなところで」
見れば、そこにいたのは二人の地区教長。
「ああ、オリオネートさんとエルグレイさんでしたか」
教会の中でも美男美女で知られるお二人だ。こうして並ぶと何とも絵になる。
「でしたか、ではありません。床を見つめてずっと何事か呟いていたので、心配して声をかけたのですよ」
オリオネートが長い髪をかきあげながら、心配そうな表情を私に向けている。どうも集中しすぎて声に出てしまっていたらしい。
廊下の片隅で床を見つめながらぶつぶつ何事か呟いている人物など、傍目から見たらさぞ気味が悪かっただろう。
「……すみません。お恥ずかしいところを。少し考え事をしていただけです」
「そうですか」
「ちなみに聖女はこんなところで何を?」
エルグレイが視線を鋭くする。整った顔つきなのだけど、時折見せる、この視線の鋭さが私は少し苦手。
「私の教会の経費の申請に来たのですが、今日は混み合っているみたいで。こうして時間を潰していたのです」
「そうか。一応貴殿も“聖女”の肩書を持つのだから、外部の目があるところで奇行を行うのは慎むべきだ」
「エルグレイ!」
オリオネートが注意するも、エルグレイは整った顔を動かしもしない。嫌味な物言いだけど、奇行であるのは間違いないので、私も反論のしようがなかった。
「すみません。気をつけます。ところで、お二人はどちらへ?」
「……大司教様ににお話があってきたのだ。ああ、もう約束の時間が近いな。行くぞ、オリオネート地区教長」
一方的に口にして、早々に歩き出したエルグレイ。
「もう、エルグレイったら。ごめんなさいね。また今度ゆっくりお話ししましょう」
私にお詫びの仕草をしてから、エルグレイを追うオリオネートさん。
つい先程まで、教会内部にいる“悪意なき悪意”について考えていただけに、どうも疑り深い視線を向けてしまう。
エルグレイ地区教長は規律に厳しい人だ。先ほどのように他人にも辛辣な言葉を向ける反面、自分を律することに関しても妥協しないという感じ。
もう一人のオリオネートは穏やかで優しくて、むしろ私よりも“聖女”の名前がふさわしいような女性。
でも聖女は、一定量の聖なる力を有してないと認定されないため、今現在は私だけが持つ肩書となっている。
両名とも一廉の人物なので疑いたくはないけれど、悪意なき悪意という言い方からすれば、こういったちゃんとした人が該当する可能性もなくはなないのだ。
そこまで考えたところで私は小さくため息を吐いた。
何というか、知らなくても良いことを知ってしまった気がする。
かといって、ここまで来て全てを忘れるのも心が晴れないし。
「まいったなぁ」
どうにも行き詰まった状況に、思わず言葉がこぼれたけれど、つい今し方『奇行を改めろ』と指摘されたばかり。
私は少しだけ背筋を伸ばして、経理の人から私の名前が呼ばれるのを待つのだった。




