【その30:はぐれぷりーすと(1)】
「……えっと、私の聞き間違いでしたか? 今、オレックさんを知っている風というか、知り合いなように聞こえたのですが……」
「そう言ったが?」
「あ、分かりました。オレック違いですね。オレックという魔族がいる、と」
「お主、先ほど元勇者パーティのオレックを探していると言ったのではないのか?」
「ええ、もちろん言いましたよ。でも、マオさんの知人ではないと思います。どちらかといえば魔王を討伐に来た人です」
「わざわざ確認しなくても知っておるわ。10年ほど前に勇者パーティーで、聖職者で人間のオレックのことを知っていると言うておるのだ」
「……本当に?」
「嘘をつく意味がわからぬが?」
確かに魔王の言う通りだ、。こんなことで嘘をついても、魔王に何ら得はないと思う。
「でも一体、どうして?」
「あやつは魔族領に住んでおるからの。あれだ、人間の言葉で言えば“亡命”と言うやつである」
「亡命!? そんなの受け入れるのですか!? 魔族が!?」
「うむ。これに関しては、少々説明をしなくてはなるまい。だがその前に……」
「何でしょうか?」
人間の亡命、その言葉がが本当なら、オレックの行動は教会どころか人類に対する裏切り行為だ。魔族にとっても重大な機密に違いない。
もしかして、情報と引き換えに、何らかの条件を出されるのだろうか?
私がごくりと喉を鳴らすと、魔王は重々しく頷く。
「まずはぬこの首輪を決めるのが先である。ルラよ、不本意ではあるが、お主の膝であればぬこは大人しくしておる。このまま少々ぬこを抱いておるが良い」
……うん……うん?
「それだけ、ですか?」
「これ以上に優先すべきことがあるとでも?」
…多分あるけど、まあ、いい。
「なら、首輪を選びながらで構いませんから、話してもらえますか」
ぬこさんを抱き寄せると、大人しく私の膝で丸くなってくれた。そんな様子に複雑そうな表情を見せながらも、魔王は話し始める。
「確か、オレックが来たのは5年、いや、6年ほど前であったか」
「6年前? 10年前ではなく」
「うむ。10年前に魔族領に踏み入れていたかは我はしらぬ。そもそも我が元まで来ていれば消し炭であるし」
「……では、なぜ?」
「単純な話だ。単身で魔族領に迷い込んできたのを配下が捕らえた」
なるほど。それならばあり得る話だ。けれど、
「捕縛されたのにどうして生かされているのですか? 何らかの機密を漏らしたから?」
「うーむ。当たらずも遠からずであるな。そういう人間は昔からおるのよ。無論、反抗的であればその場で殺すのであるが、そうでない場合は“村”に連れてゆく」
「村、ですか?」
「うむ。そのような人を集めた集落ぞ。我が定めた範囲で生活する分には、安全は保障しておる」
「魔王が人の安全を? 一体なぜですか?」
「それは決まっておる。我らに有用であるからよ。魔法陣などが好例であるが、基本的に人間は魔族より器用である。ゆえにこそ、身体能力で劣りながら、我らと互角に戦えているのだ」
「では、捕らえた人たちで人間に対抗する魔法陣を!?」
「話は最後まで聞くが良い。魔法陣など作らせたところで、魔族では使いこなす者が限られるわ。魔族の場合はもっと直接的に攻撃に特化しておるからの。基本的には、生活に関するものを作らせておる」
「たとえばどんなものか聞いても?」
「そうであるな……例えば、シャワーと言う道具があろう?」
「ええ、はい」
「あれを人に作らせて、我が自慢の大浴場に設置した。大変便利である」
「そんな物を?」
「そんな物とは愚かな発言である。お主が価値を知らぬだけの話だ。む、この黄色くてキラキラしたのが良いな。ぬこよ。どうだ?」
「……」
ぬこさんはちらりと見ただけで、すぐに興味を失う。
「……ダメであるか。ともかく、実際問題として魔族領に逃げてくる人間はそこそこおるのだ。なので、さまざまな技術をその村から得ておる、と言う話だけ理解できれば良い」
「そう言うことだったのですか。では、オレックもそこにいるのですね」
「今はあやつが村の責任者である」
「ええ!?」
「あやつ、意外に統率力があったからの。前の村長は高齢で辞退を申し出ておったので、ちょど良かった」
「そんな簡単に……」
「どのみち我が監視下にあるのでな。村の中で騒ぎさえ起こさなければ誰がまとめようと別に良い」
話しながら次に魔王が取り出した首輪は、シンプルな白い首輪に小さな鈴がついているもの。
「こういう鈴も人間ならではの……」
鈴がチリリと小さくなると、ぬこさんの耳がぴくりと動き、首輪の方に視線を向ける。
「これか、これであるか、ぬこよ」
「なー」
魔王の持つ首輪を前足で弄ぼうとするぬこさんに、大変満足そうな魔王。
「よし。これに決まりである。今つけてやろう」
ぬこさんに首輪をつけて何度も頷いた魔王。それから一度立ち上がって腰を伸ばすと、
「よし、手伝った褒美に連れて行ってやろうか? その村に」
と言った。




