【その27:あさかつまおう(上)】
オレックが参加した勇者パーティーの記録は、それほど多くなかった。
多分、目覚ましい活躍をしたわけではないのだ。それ自体は特に珍しくない話。それでも生きて帰ってこれただけでも、十分な成果なのかもしれない。
パーティー全員が無事帰還しているということは、魔王城に未到達なのは間違いない。どこかで冒険を諦めて帰還している。けれど残念ながらその記載はない。
また、道中で名のある魔族を討伐したり、珍しいアイテムなどを手に入れていた場合も記録に残るはずだけど、それもない。
結局得られたのはいつ出発したか、パーティーメンバーの名前と特徴、どのルートからの冒険予定かなど、基本的な情報だけ。
その後も近しい時代の記録書を漁ってみたけれど、残念ながらオレックの名前を見つけることはできず、本日は時間切れとなる。
中途半端な徒労感を覚えながら教会に戻り、すっかり遅くなってしまったので急いで夕食の支度を済ませた。
面倒なので、朝作ったスープを簡単に温めて、パンを浸して食べるだけの質素なものだ。
ほぼ一日中文字と睨めっこをして疲れ果ててしまった。身体を清めるのは明日の朝一番にして、今日はもう、このまま眠ってしまおう。
スープを入れた食器を片付けるのも煩わしく、私は倒れるようにベットに突っ伏すと、そのまま深い眠りについた。
◇◇◇
休息日であったその日、我はいつもの朝のルーティーンを済ますと、早々に移転魔法陣の上に乗る。
即座にルラの部屋に移動してから、改めて魔法陣をしみじみと眺めた。
これは実に便利なものである。総じて魔族はこういった細かい術式を組み立てるのが苦手だ。器用さという点においては、人間を評価してやっても良い。
尤も、我は例外だが。
しかし、それにしても部屋が妙に静かであるな。少し早くきすぎたか?
「ルラよ、どこにおる?」
我が声をかけても反応はない。では、おそらく外出中なのだろう。仕方がない、少々待つとするか。
我が手頃な椅子に座ってぼんやりとしいると、髪を濡らしたルラが部屋に入ってきた。
「ひゃあっ!! なんで!?」
「む? 湯浴み中であったか」
「あったか? ではありません! ちょ! みないでください!」
そのように言うルラは薄い布一枚纏っているだけではある。確かに普段の格好からすれば露出は多いが、それを見たところで怒られるほどではないと思う。
我が抗議しようとすると、ルラはすぐに別の部屋へと走り去ってゆく。
そうして扉越しに聞こえる不満の声。
「こんな早く来たところで、お店は空いてないですよ!」
「むう? しかしもう良い時間であるが……」
魔族領ならすっかり活動を始めている時間。そのくらいは計算してやってきている。
「まだ早朝です! もう、転移魔法陣、別の場所に移そうかしら……」
「お、それは良いな。我が自由に使いやすくなる」
これでもルラの生活に合わせて、気を遣ってやっているのだ。
「……検討はしますが嫌な予感しかしないので、やっぱりやめておきます」
「しかし、人間がこれほど悠長な生活をしているとは思っておらなかったぞ。陽が出てからすでにだいぶ経つ。もう少し規律よく生活したほうが良いのではないか?」
我の言葉にしばしの沈黙。それから身支度を整えたルラが部屋から出てきた。
「魔王に規律正しい生活を提案されるとは思っておりませんでしたが、一つ、気になることがありました。王都では、まだ陽が出て少ししか経っていません。もしかして、魔族領とは時間がずれているのではないですか?」
「時間がずれている?」
「……という表現が正しいかわかりませんが。とにかく私は日の出と共に起きて、すぐに身体を清めに行ったので、本来なら街の人たちもこれから起きてくる頃合いです」
「なるほど。ならばこの街と魔王城の距離で何かしらの影響があるのかもしれんな。知見である」
「はあ。それで、今日は何しに来たのですか?」
「うむ。首輪を見に来たのだ」
「あ、ぬこさんって、首輪をつけていないのでしたっけ?」
「ああ。お主にもらった猫の本を見ていずれはと考えていた。今日は満を持しての買い物である」
色やデザインも検討に検討を重ねてきた。また、ぬこが気に入らない可能性も鑑みて、何種類かまとめて買い求めるつもりである。
「そうですね。首輪は色々試してみたほうがいいかもしれません。合わないと嫌がりますし、元々首輪自体苦手な猫もいますから」
「むう。そうなのか?」
「こればかりは試してみないと何ともですね」
「何とかしてぬこに似合う首輪を探すのだ。いっそ店にあるものを全て買い占めてやろうか?」
「……まずはエリナさんに相談してはいかがですか?」
「それも一理あるな」
「ともかく開店はもうしばらく後です、一度戻ってぬこさんを愛でていてください。私もこれから朝食ですし」
「うむ。ではしばらくしたらまた来よう。ではな」
ルラの提案の通り、私室に戻ってぬこの愛らしさを堪能し、頃合いを見て我は再び転移魔法に乗ったのである。




