【その25:せいじょリサーチ(上)】
大司教ギュンターは、報告を聞き終えると静かに顔を伏せた。蝋燭に照らされたその表情には、皆から慕われるいつもの柔和さはない。
「そうですか。コサード地区教長は失敗したのですか……」
「はい」
困ったものだ。あの計画は極秘に進めよとあれほど伝えたというのに、安易に地区教長の名前を出すような者を使い、あまつさえ失敗するとは。
「どういたしますか?」
司祭ハーロットの問いは、計画のことを指しているのだろう。あのあたり一帯を買い占めて賭博場を作る。もちろん教会が直営するわけではない。間に偽の運営局を噛ませて、そこから収益を得るのだ。
「……場所の再考は必要でしょうが、計画自体はこのまま進めましょう。それに、思わぬ収入もありました」
あの娘、ルラが突然大量の聖灰を持ち込んだと聞いた時は驚いたが、聖灰を教会に買い取らせた金で知人の店の債権を買い取るとは。
しかし、これは決して悪い話ばかりではない。聖灰は国内でも高く捌けるし、他国に流すこともできる。それに支払った金は……。
「……コサード地区教長には、今回聖女が支払ったお金をきちんと回収するように、と」
「畏まりました」
「……敬虔なコサードのことです。まさか断りはしないと思いますが、何かあれば知らせてください」
「はっ。ところで大司教様、騒動の渦中にいた、妙な男のことはどうされますか?」
自分からは手出しせず、うっすらと白い光に包まれた人物、か。目撃証言通りならばかなりの聖魔法の使い手だが、そのような人物、教会に該当者はいない。
ならば。
「おそらく、その男ではく、聖女の御業でしょう。あの娘、才能だけなら歴代の聖女の中でも指折りですから。その人物に密かに白装をかけたのでは?」
「そう、でしょうか……」
やや納得いっていないハーロットではあるが、それ以上は何も言わない。
「全く、今代の聖女はいささか手綱を取るのが難しい」
本当に困った娘だ。力は随一だが、金や権力には興味を示さない。ギュンターにとって扱い難い存在だ。かといって無碍にはできず、持て余していた。
本来であれば魔王城で潰えるはずであった命はしかし、運の良いことに、魔王と対面して生きて帰ってきている。結果的に聖女はますます神格化し、余計に手が出し難い。
かといって教会本部で要職を与えて監視したくとも、コントロールの利かぬ人物に、中枢で好き勝手動かれては妙な派閥を生みかねない。
そのために、どこにも所属していない教会を与えて、好きにさせる代わりに隔離したというのに。
先日は妙な質問を投げかけてきた。魔族との戦いに疑問を持つような発言だ。教会にとって非常に危うい問いであり、これもまた、煩わしい。
他国はどうか知らないが、我が国は、いや我が教会において、魔族との戦いは“商売”である。適度に盛り上げ、教会の権威と集金をし易くするための舞台装置。
理由は単純。魔王は本物の化け物だからだ。いかなる勇者パーティーも叶わず、どころか傷一つつけることすら困難な存在。長く様々な情報を集めてきた結論が「人類には勝てない」である。
だが、教会は魔族との戦いを推進している筆頭なのだ。今までの犠牲や費用を考えれば、絶対に認められぬ事実。
唯一の救いは、魔王がその腰を上げて、人の領地に踏み入れてこないこと。だがそれとていつ気が変わるかわかったものではない。
ならば、すべての人類にとって今は余生のようなもの。聖職者であろうと何であろうと、束の間の余生に享楽や権力を求めて何が悪いというのか。
そうでもしないと絶望の明日を迎えることなど、到底できぬ。
来るべき終末まで、魔王という禁忌に触れず、現状維持。これがこの国の教会のあるべき姿。
故にこそ、あまり嗅ぎ回られては困るのだ。オレックのように。
「……とはいえ、無駄な騒ぎは好ましくありません。その、正体不明の男とやらも含め、聖女の周辺の警戒は怠らぬようにお願いします」
「はい。もちろんにございます」
「では今日はここまで。私は休みます」
ハーロットがうやうやしく一礼して部屋を出て行くのを見届け、ギュンターはやれやれとため息を吐くのであった。
◇◇◇
魔王がキャットタワーを買って帰った数日後、空き時間を作った私は、教会本部内の記録室に向かった。
ここには教会に関する様々な記録や書物が集約されている。
「こんにちは」
司書の同胞に声を掛けると、書物に落としていた視線をこちらへ向ける。
「おや、聖女様。ごきげんよう。本日は何かお探しですか? お手伝いいたしましょうか?」
「いえ。私一人だけで大丈夫です。あの、魔族との戦いに関する記録や、勇者一行の記録はどのあたりですか?」
「……まさか、再び魔王の元へ?」
「あー……えっと、いえ。ちょっと調べたいことがあるだけです」
「そうですか。再び魔王と相まみえる旅に出向くのかと、少々どきどきしていましました」
そんな言葉に、私は曖昧に微笑む。まあ、魔王本人とは数日前に会っている。言っても信じてもらえるとは思わないけれど。
「……それで、どのあたりですか?」
「勤勉でございますね。該当の記録は右手奥の方に分類されております。何かあれば、お声がけください」
「ありがとうございます」
目的は行方しれずの司祭、オレックの記録。
かつて勇者パーティーに参加していたというから、何らかの足取りが残されているはず。
私はひとり「よし」と気合を入れると、無数の書物に挑み始めるのであった。




