2-13.幽霊の正体
鍵を開けて中に入ってみる。しばらく放置されていたのか、埃っぽい。それ以外はいい物件だと思うけど。
「こここ怖くない怖くない。よ、ヨナ様。わたしが守りますから!」
「入口で震えながら言うことじゃないよ、お姉ちゃん」
「だってー。わ、わたし、表に停めてある馬車の番をしよっかなー」
「もふもふなら大丈夫よ。怪しい人が来ても自分で蹴飛ばせるから」
「ううっ。怖くない怖くない……」
首から下げた目のアクセサリーを握りながら、中に入る。
仕方ないな。
「ティナ。一緒に行こ」
「あ……。えへへっ」
ティナの手を握って奥の方まで連れて行くと、表情を緩ませて案外素直についてきてくれた。
「パン屋さんとしては、この物件はどう?」
「……このお店、元は飲食店だったんだと思います。厨房は、そこでパンを作るには少し狭いかなと。少し改装すれば使えると思います。店内飲食スペースはあってもいいですけど、パン屋だからそんなにいらないんですよ。カウンターを、もっと前に動かした方がいいと思います。でも全体としては悪くない物件ですね」
質問すれば、意外に冷静な分析をしてれた。
その後、建物の中をあちこち見て回った。
幽霊は出てこなかった。
「昼間だから出ないのかな」
「どうかな。昼間でも夜ほどじゃないけど変な音が聞こえたって話よ」
「昼間ということは、お客さんが来ている時間帯ですよね?」
「うん。でも、客は音を聞いたわけじゃないらしいんだよね」
「お客さんの喧騒にかき消されたということですか?」
「それはあるかも。夜はどうなんだろう」
「二階が住居なんですよね? 夜はそっちに移動するから、そもそも下からの声なんか聞こえないんじゃないですか?」
「たしかに」
「だからきっと、お化けなんかいません! 前に住んでた人の気のせいですよ!」
「じゃあ、ここをお店にする? お姉ちゃんも手伝うことになるけど」
「ま、まだ決めるのは早いかなー」
怖いのは怖いんだ。
ティナの気持ちはわかる。
もし本当に霊がいるなら、今の話しから推測するに。
「ずっと声はしてたんだ。昼夜を問わず、断続的に」
「ヨナ様?」
床に伏せて耳をつけて床下の音を聞こうとする僕に、みんなが怪訝な顔をする。構わず考えを説明する。
「昼はお客さんの声でかき消され。夜は上にいるから聞こえない。けど、閉店時間になって後片付けをしてる時や、休みの日に掃除したり、夜に何かの用事があって店舗の方に来た時。つまり、ひとりか少人数になった時に限って聞こえる」
だから不気味に感じるし、幽霊だと思ってしまう。けど床下に何かが本当にいるとかの、現実的な理由の方が起こりうる。
何も怖いことはない。
耳をすませると、微かに音が聞こえた。自然現象ではない。生物の立てる音だ。ギャッギャと、邪悪な声が聞こえる。
これはつい先日も聞いた。
「ゴブリンがいる」
「えっ!?」
ティナとアンリも慌てて床に耳をつける。
ゴブリンがよくわからないティアとカルラはそのまま立ち尽くしているし、何か恐ろしいことが起こってると察した業者の男は早く逃げたそうにしている。
「本当です! これ、ゴブリンの声です!」
「でも、なんで家の下にゴブリンが? 床の下に住み着いているの?」
「床下かどうかはわからない」
コンコンと床を叩いてみる。反応はない。
建物の床を見てみたけれど、床下へ入るための蓋なんかは見つからなかった。外に出て確かめてみたけれど、やはりゴブリンが床下に出入りするような隙間はない。
仮に床下にゴブリンが閉じ込められていたとして、長期間食料もなしに生存できるとは思えない。
「もっと下にいるのかな? でも、どこ?」
「地下水路……」
「え?」
「大昔に、作られた。地下を通る水路が、ある」
カルラが言ってから、外に出た。
この大通りに沿うように川が流れていて、そこからいくつもの水路が伸びている。
カルラによれば、現在使われているのは水面が露出している水路だけ。けれど昔は、地下にも水路が張り巡らされていた。
家から地下水路に生活排水を直接流せるとかの使い道があったらしい。今は禁止されているけれど、古い建物にはそのための穴が残されているという。
地下水路は、今では封鎖されている。けど、水路自体はまだ存在しているわけだ。
橋を渡って川の向こう岸から幽霊屋敷を見る。
大通りに沿って流れる水路は、通りと水面の間に大人の身長よりも少し高いくらいの落差がある。水路に落ちないよう、通りには柵が設けられていた。水路の壁面にはいくつか、水面まで降りられる階段が作られていた。
壁面の、ちょうど幽霊屋敷の下のあたりに鉄格子が見えた。それで水路の入口を封鎖している。
あそこから大通りの幅の分奥に行けば、幽霊屋敷の真下だ。
「あの中にゴブリンがいる? でもなんで?」
「中に入ってみますか?」
「うん。中の様子が見たい。でも鍵がかかってそうだ。それに船がいる」
徒歩では地下水路の入口にはいけない。階段もそこには続いていない。小型のボートなんかがあれば行けるのだろうけど。
「カルラ。ボートの手配とかはできる? あと、あそこの鍵は誰が管理してるの?」
「ボートは、冒険者ギルドに、行けば。鍵は……」
「どうしたの?」
カルラは言い淀んだ。知っているけど言いたくないといった様子だ。けど無視するわけにはいかない。
「港と運河の、管理をしている、ポロソバル家。それも、ギルドに行けば、会える」
この街のメイン事業の管理者か。領内でそれなりの地位を築いている貴族の家なんだろう。
だからわからない。ギルドに行けば貴族に会えるとは、どういう意味なんだ。




