2-4.王都脱出
「大変な思いをされたようですね、殿下。噂では死んだとお聞きしましたが」
「グラドウスの放った刺客に殺されかけましたが、見ての通り生きています」
「なるほど。詳しくお聞かけ願えませんかな?」
「ええ。どうぞ。みんな、この人は大丈夫。味方になってくれると思う」
公爵を中に招いて、これまでのことを説明。
思った通り、公爵は父や兄の行いに憤った。
「陛下がそのようなことを。たしかにヨナウス殿下を疎んじていたことは存じておりました。けれど追い出し殺そうとするなど。それにグラドウスの行いも許せません」
「理由はわからないですけれどね。ドラゴンを王都に持ってくるなんて」
「ヨナウス殿下が最初に殺した刺客たち。その死の理由を作りたかったのでしょう。随分焦っていましたので」
公爵は僕が知らないことを教えてくれた。
たしかにあの刺客は貴族らしかったな。死ねば大事になる。さらなる大事を引き起こして、その事件で死んだことにすれば、己の迂闊な命令をかき消すことができると考えたか。
「グラドウスはあなたを探して討つことを決してやめなかったでしょう。だから死んで当然だった。そして陛下も……」
そして、公爵は僕を真っ直ぐに見た。
「陛下の方もなんとかするべきだと考えております。前々から案じていました。あの方は王の器ではないと。早々に退位なされて、次代に席を明け渡すべきだと」
「グラドウスに?」
「それも気が進みませなんだ。テナンドウス殿下なら、まだ聡明であらせられると思っていたのに」
「僕はあの兄も嫌いだ」
王の三男。たしかに頭はいい。しかしそれを鼻にかける。僕含めて、才に劣っている者を見下すきらいがある。
彼に何度馬鹿にされたか。許すつもりはない。
公爵はため息をついた。
「ヨナウス殿下。王族に恨みを持つお気持ちはよくわかります。グラドウスを討った後、次は陛下の命を狙おうと、そう考えておいでですね?」
「はい。……気づいていたのですね。僕が彼を殺したこと」
「ええ。察していましたとも」
さすが師匠だ。この人に隠し事はできないな。
「しかし陛下まで殺めるのは、お勧めしかねます。殿下に目覚めた異能で聖剣を作り出せると仰いましたな?」
「作れるわけではないです。聖剣なのは本当らしいですけれど」
「伝説の記述と一致していましたわ。まだ完全ではないようだけどね」
「ドラゴンを怯ませて、光の刃で空気を切り裂いて殺したのよ! エグダインに間違いないわ!」
ゾーラとアンリの補足に、公爵は頷いた。
「わかりました。信じましょう。しかし殿下。伝説ではジェイザックは、聖剣を人々を災厄から守るために使ったとされています。人を殺すためではありません」
再び、僕を射抜くように真っ直ぐに見つめる。
「もちろん、今の王が世のため人のため、国のために良くはないことは承知しております。しかし殿下、だから殺すというのは、短絡的ではないでしょうか。王が斃れれば、民は困惑して国は乱れます。それを望むわけではないでしょう?」
「……」
「殿下の異能がなぜ目覚めたのかは、わかりません。単なる偶然かもしれない。そこに神の意図なんかを求めるほど、私は夢想家ではありません。しかし殿下。あなたの剣の腕と力は、人を助けるために使われるべきだと、この老人は思います」
「……はい。師匠の仰るとおりです」
別に復讐を諦めたわけじゃない。王には引導を渡すつもりだ。他の家族も父に協力するなら容赦はしない。
が、公爵の懸念もわかる。僕を案じているから、こう言ってくれるのだろう。
どんな理由があろうと殺人は悪事だ。それくらい僕もわかるさ。
しばらく、公爵と見つめ合うこととなった。彼の射すくめるような視線から、僕は目を逸らさなかった。
睨み合いから先に降りたのは公爵の方で。
「なるほど。殿下のお気持ちはわかりました。とりあえず、王都を離れましょう。こんな所にいても気が張り詰めるだけでしょう」
笑みを見せて言った。
その夜、僕は大きな馬車に揺られていた。しかも横になって。床板の下の隙間に入り込む形で隠れていた。
どうやら公爵はドラゴンの件を聞いた時点で、僕を脱出させる計画を立てていたらしい。
貴族が乗るような豪華な意匠の馬車を新しく買って、改造して中に人が潜り込めるようにした。子供の僕だから入れるサイズで、外からは隠しスペースがあるとわからないようにする。
そして使用人や護衛の兵士たちを大勢引き連れて行く。みんなやティナの家族もその中に紛れ込ませた。
探されているというティナの家族も、兵士たちは顔を知らない。ティナ自身も訓練兵であり、その顔を知っている者は少ない。大まかな特徴なんかは兵士たちに伝えられているだろうけど、そんな人間は珍しくない。
だからティナも使用人のふりをして、兵士の検問をやり過ごすことに成功した。
公爵は大きな荷馬車も引き連れていた。中の確認を快く受け入れ、当然何も出てこなくて疑いは晴れた。
最上位の貴族という立場を兵士に告たところ、高貴なるお方をそこまで待たせるわけにはいかず、そもそも彼自身が兵士たちに評判のいい武人であることもあって、検問にさほど時間をかけずに城門をくぐることに成功。
拍子抜けするくらいあっさりと王都を脱出できた。
「うまく行きましたね、ヨナ様。窮屈だったでしょう」
「うん。狭かった……」
公爵ひとりで乗るには広すぎる馬車。そこに座って大きく体を伸ばす僕に、ティナが気遣わしげに声をかける。
「広いって、いいね」
「そうですね。無事に王都を出られて良かったです。ほら、世界がこんなに広いですよ」
「わあ……」
公爵領は王都から見て南にある。その方向には、広大な草原が広がっていた。夜風が吹けば草が一斉に揺れる。
すべてが寝静まった静寂の中、音を立てるのは僕たちだけ。
星に照らされたそれを見つめて。
「世界は広いね」
「はい」
自然とそんな声が出た。




