2-2 .潜伏生活
ドラゴンを倒してグラドウスを殺してから、三日ほど経った。
大事件があったとはいえ、被害は限定的。ドラゴンに殺された者たちを悼む気持ちは持ちながら、王都の民は日常生活へと戻っていった。
今朝、日常を少しだけ乱す発表が行われた。グラドウスが昨夜、病気で亡くなったらしい。
また病気か。下手な嘘だ。
王家はあくまで真実を隠すつもりなのか、死んだ日付すらごまかしている。
国葬が行われると噂が立っているけれど、城から正式な知らせは出ていない。計画を立てられる状態じゃないのだろう。たぶん、大々的な葬儀は永遠に開かれない。可哀想に。
こんな噂もあった。立て続けに王子が亡くなったという知らせを受けて、王家にかけられた呪いなのでは人々がしきりに話しているらしい。
ああ。怖いな。
僕に関する噂もあると聞いた。死者が蘇って魔物と戦ったと。
噂ではなく真実なのだけど、それを明かすことはできない。
緊急時ならともかく、平穏な日常の中で死者が世間に姿を表せば、大騒ぎになる。それに父上たち王族は今も僕を探していることだろう。
だから僕たちは、潜伏生活を強いられることになった。
「ヨナウス殿下、お茶を淹れました。どうぞ」
「うん。ありがとう。……ヨナでいいよ」
「とんでもございません。殿下を呼び捨てにするなんて」
ティナの妹、ティアがカップをテーブルに置く。
ここは、王都の中では庶民的な人々が集まって暮らす地区にある、空き家だ。僕が小さい時から空き家であり、ずっと買い手がついていない。外に人通りはあるけれど、家の中を伺う人はいない。
城に居辛くなって抜け出した際は、よくここに隠れていた。そして近所の子供たちと遊んだり、大人たちの仕事の手伝いをしたものだ。
今は潜伏場所として使っている。一歩も外に出ず、脱出の機会を伺うだけの毎日だ。
「ヨナウス殿下。姉がなにか失礼をしていませんか? いきなり帰ってきて、ヨナウス殿下の近衛兵になったと聞いて驚きました。あんな変なお姉ちゃん、んんっ、姉が王子の近衛兵なんて無理だと思っていたのに。こんなに早く夢を叶えるなんて」
古いテーブルで僕の対面に座ったティアが訊いてくる。ティナの夢は家族も知ってたけど、実現を信じてはいなかったか。
そんなティアは、本気で姉の資質を心配しているらしい。
見れば、ティアは姉によく似ている。目はちょっと垂れていて、髪も長く伸ばしているけれど。
「ティナは立派だよ。助かってる」
「でも。お姉ちゃん、あっ、姉は昔からドジでそそっかしくて。明るいだけが取り柄みたいな人でして」
「かしこまった喋り方が苦手なら、普通にお姉ちゃんって呼んでいいよ」
「わ、わかりましたヨナウス殿下」
「僕はもう殿下じゃないよ。呼びたいように呼んで」
「はい! ヨナウス様! じゃなくて! お姉ちゃんの話です!」
「こうしてお喋りすると、ティアはティナと似てるね。にぎやかな所とか」
「えぇっ!?」
本気で驚いているようだった。
「わたし、お姉ちゃんに似てますか?」
「うん。雰囲気というか」
「わたし、あんなにそそっかしいですか?」
「ううん。そこはティアの方がしっかりしてるかな」
「良かった……そこを似てるって言われたら、ショックでした……」
そんなに安堵することかなあ。
でも、コロコロと表情が変わるあたりは本当に似てると思う。
なんだかんだで、姉妹の仲はいいみたいだし。
僕にはそういうのは無かったから。少し羨ましいな。
「でも、ティアが元気そうでなによりだよ。こうやって隠れて過ごさなきゃいけない状況になったの、申し訳なく思ってる」
「そんな。悪いのはヨナウス様ではありません。全部王様のせいですから。ヨナウス様は謝らないでください。みんな、気にしていませんから」
潜伏しなければならないのは僕だけではない。
僕と同行しているティナも探されているだろうし、実家であるパン屋にも捜査の手が伸びるはず。なにか知っているだろうと、城に連行されて尋問を受ける可能性が高い。
だからティナの家族も一緒に、空き家に隠れている。知り合いに顔を見られて騒ぎになるわけにいかないから、やはり家から一歩も出られない。
繁盛していたお店を放棄して、世間から隠れなきゃいけない。辛いだろうに、ティアも両親もお婆さんも、その様子は見せなかった。
「おあばちゃんなんて、王子様と一緒に住めるなんて幸せ者だって、毎日言ってます」
「みたいだね。僕と顔を合わせる度に丁寧なお辞儀をして。そんなに畏まらなくていいのに」
「王族っていうのは、そういうものなんです」
「そっか」
国を背負う立場の重さを、僕はまだよくわかってなかったのかもしれない。
たぶん父もわかってなかったのだろう。だから、僕を追放するなんて愚かな行為に及び、現状の混乱を招いた。
「ヨナ様ー。お食事の用意ができましたよー。あー! ティア。ヨナ様になにか失礼してないでしょうね!?」
「してないから! お姉ちゃんじゃないんだから!」
「ちょっ!? それどういうこと!?」
「ティアは話し相手をしてくれてたんだ。ずっと家の中にいるのは退屈だったから。助かった」
「そうでしたか! ヨナ様のお役に立てたのなら良かったです! ティアも偉いね」
「わっ! やめて! 頭撫でないで! 子供じゃないんだから! お姉ちゃんウザい!」
「ウザッ!?」
仲のいい姉妹で羨ましいな。




