2-1.ガリエル公爵
王妃は相変わらず泣き叫んでいる。
国王、カードウス・ライディオンは、それにうんざりしていた。
政務は完全に滞っている。国民も軍部も政治を司る貴族たちも、皆困惑していて、カードウスに説明を求めるばかり。
ヨナウス殿下は亡くなったはずではないのか。なぜ生きた姿を国民の前に出したのか。そして王はなぜ、殺せと命じるのか。実の息子を。
ふざけるな。あれを息子と認めた覚えはない。
「子供たちを集めるべきよ! そして城から出さない! みんなを守るにはそれしかないわ!」
その夜、寝室で王妃オリーゼは唐突に叫んだ。
「学校からみんなを呼び寄せましょう! 家族は一緒にいるべきだわ!」
「余計なことを言うなっ!」
すぐさま一喝して黙らせた。
王妃は、愛する家族全員を目の届く場所に置いて安心したいだけだ。
確かに身を守るためなら、王族全員を城に入れるのは理にかなっている。そして可能な子供にはそうしている。
しかし城の外にいる子供たちだって危険ではない。彼らは学園にいるのだから。
カードウスの子供は、六男と二女だ。男子のふたりはグラドウスとヨナウスだから、生きているのは残り四男二女。
そのうちニ男と一女は、学校に通う年齢である。王都にある学校で寮生活を送っている。
将来国を担う貴族たちに教育を施す施設だ。当然、厳重な警備がなされている。
なのに城に移動させるなどありえない。移動中に襲われたらどうするんだ。大げさな護衛をつければ、それこそ王は死者を恐れていると笑い者にされる。
安全に城に匿えたとしても、オリーゼは外に出そうとしないだろう。それもまずい。彼らには学業に励んでもらわねばならない。王族が休学して卒業が遅れるなど、ありえない。
だから在学の子供たちには、絶対に学園から出るなと手紙を送った。その上で、城にいる残りの子供たちは厳重に護衛をつけて、城から出さない。
オリーゼはそれで納得したはずだったが。
「でも! それではグラドウスの葬儀に子供たちが揃わない! そんなの可哀想よ! 早く子供たちをここに連れてきて!」
そう喚くばかり。
葬儀か。それもカードウスにとって頭の痛い問題だ。
第一王子が死んだのならば、盛大に葬儀を行い送り出さなければならないだろう。しかしその儀式では、王族は揃って参列し、公の場に姿を出さなければない。在学中の王子や姫も同様だ。
それはカードウスには了承できなかったし、そもそも彼自身が公の場に出るのを恐れていた。
ヨナウスが襲撃するかもしれないから。
従って、グラドウスの葬儀はまだ開かれていない。遺体は既に埋葬されているが、死者の魂を冥界に送る儀式はまだだ。
オリーゼはそれを嘆いていた。グラドウスが可哀想だと。そして安全上の懸念をするカードウスを、息子を愛していないだの臆病者だの罵り続けた。
こちらがどれだけ考えているのかも知らないで。大勢いる息子がひとり死んだくらいで、いつまで泣いているんだ。王妃なら外面だけでも気丈に振る舞うものだろう!
泣くばかりで何もしない王妃に、カードウスの苛立ちは募るばかりだった。
そこに、さらに面倒な客が来た。
「陛下、よろしいですかな?」
「ガリエル公爵か。何用だ」
王家直轄領に隣接する広大な領地を治める領主であり、王家の剣術指南役を務めている男。
老齢にも関わらず、その剣捌きは他の追随を許さない。彼の眼光もまた歳を感じさせるものではなく、国民や周囲に嘘をついているカードウスに居心地の悪さを感じさせるには十分だった。
「そろそろ領地に戻ろうかと考え、ご挨拶をと」
「そ、そうか。ご苦労だったな」
「ヨナウス殿下に剣術をお教えするのは楽しかったのですが、このようなことになるとは残念です。他のご子息は剣技に興味が薄いようですし」
「ああ……」
いなくなるなら黙って行ってほしい。なぜヨナウスの話題を出すのだ。いや、当然なのかもしれないが。
この老人が領地経営を息子に任せて王都にいるのは、剣術指南のためだから。そしてヨナウスは唯一の教え子だった。
相変わらずガリエル公爵は、カードウスの心の内を見透かすような目を向けていて。
「ときに陛下、民の噂をご存知ですかな? ドラゴンの襲来に、ヨナウス様が冥界から蘇って民を導き、見事に討ち果たしたと。ジェイザックは闇のドラゴンを封印しかできなかった。しかしヨナウス様は皆の力を合わせて、建国の英雄をも超える偉業を成した」
「黙れ! ヨナウスは死んだ! 死んだのだ! 死者は蘇らない!」
「……ふむ。それもそうですな。となれば、ドラゴンを倒したのは何者でしょう」
「それは、な、何者かがヨナウスを騙ったのだ! そうだ! そうに違いない!」
「なるほど……。私はてっきり、禁術絡みで死者が蘇ったものだと予想したのですが。ヨナウス殿下は禁術で亡くなったのでしょう?」
「そ、そうだ! 禁術のせいだ! きっとそうに違いない!」
「では、その禁術はどのようなものでしょう。死者を蘇らせる禁術など、聞いたことがありません。陛下ならご子息の死にお詳しいはずですよね? どのような物か、お教え願えませんでしょうか」
「知らん! 禁術など! 儂が知るものか!」
言動が定まらない王を、公爵は冷たい目で見つめた。
「そうですか。陛下も困惑していらっしゃるのですね。大変な時期ではありますが、ご自愛ください。では、私はこれで」
ガリエル公爵は頭を下げて、出ていった。
彼の真意がわからないカードウスは、面倒な客がいなくなったことだけに安堵して椅子に座り込んだ。




