1-48.将来の王
「クソッ! クソッ! なんでだよ! なんで誰も手伝わないんだ! 俺は! 王子だぞ! 王になる男だぞ! あいつらの顔は覚えた。即位したら絶対に殺してやる!」
グラドウスの声が聞こえた。我慢のきかない性格に相応しい、無様な怒鳴り声だ。独り言っていうのが、寂しさすら感じさせる。
彼はドラゴンが出現した場所の近く。破壊された建物の瓦礫が散らばる中で、荷車を引っ張っている。
慣れない運動をしているだけではなく、よせばいいのに悪態をつきながらだから、体力の消耗が激しく息が上がっている。
運んでいるのはなんだろう。グラドウスが疲れて取っ手を手放し、荷車がこちらに傾いたから中身が見えた。
見覚えのある鎧と、腐敗しかけた顔。
僕に仕向けられ、返り討ちに遭って死んだ男たちの死体だった。
なんでこれを、こんな状況でグラドウスが運んでいるかは知らない。知ることもないだろう。
彼は今から死ぬのだから。
「こんばんは、兄上。こんな時に何事ですか?」
「ひっ!?」
声をかけるとグラドウスは大きく体を震わせた。後ろめたい行為の最中に見つかる時の動きだ。
決して、僕に声を掛けられたからじゃない。事実、僕の姿を認めると、すぐに冷静になった。幼く弱いヨナウスに見られたからって、怖いことは何もないか。醜く顔を歪めて嘲笑を漏らす。
「ヨナウスか。まさか王都にいたとはな。父上は旅に出ろと言ったはずだが、約束を違えたな?」
「はい。普通に送り出してくれたなら、そうしました。けど、どこかの馬鹿が刺客なんか送り込んだから、予定が変わった。ははっ」
僕も嘲笑を返した。素直に旅に出させてくれたら、こんなことにはならなかった。
「そこの荷台で寝てる奴らですよ。可哀想に。仕える相手がもう少し利口だったら、長生きできたものを」
「黙れ!」
馬鹿と言われて、彼が我慢できる性格じゃないのはよく知っている。
「お前が! おとなしく死んでいれば! こんなことにはならなかった!」
「兄上が僕を追放しなければ、そもそも何も起こらなかったのでは?」
「そ、それは父上が望んだことだ! 俺はそれを忖度して、提案しただけ……こ、こいつらを送ったのも、元はといえば父上の望み……」
「人のせいにするんだ。浅ましい。未来の王が聞いて呆れる。……でも、確かに父上にもいずれは死んでもらうつもりではいるよ。お前がここで死ぬように」
「クソガキが! 俺を殺せると思っているのか!?」
グラドウスが、荷台から剣を取り出して構えた。死体が持っていたものか。明らかに扱い慣れていない持ち方。
僕も応じて、木の枝を構える。
「はんっ。ガキの遊びかよ。それで俺を殺そうってか!? 卑しい女から生まれた子供は、どこまでも馬鹿みたいだなあ!」
僕の武器を見たグラドウスは鼻で笑う。そして、勝ちを確信して切りかかった。
死んだ男たちが持っていた、見栄え重視で明らかにサイズの合っていない大きすぎる剣は、元から疲れていたこともあってグラドウスにとっても持て余すものだった。
苦労しながら持ち上げたそれを僕に振り下ろしたが、回避するのは容易。
「死ね! 死にやがれ! 出来損ないが! お前と一緒にいた訓練兵も、絶対に探し出して殺してやる! 生まれてきたこと後悔させてやるからな!」
その後も、大きな剣をめちゃくちゃに振り回し続けて、数度繰り返せば、ぜえぜえと肩で息をしながら動きを止めてしまって。
「それで終わり? 将来の王が情けない」
「だ、黙れ! 王は俺だ! お前じゃない!」
「知ってる」
「卑しい生まれのくせに! 王族の振る舞いをしようともしない馬鹿が! 前からそうだった! 軽々しく城から出て街に行くだぁ? それで庶民と仲良くしてなんの意味がある!?」
「国民の姿を知るのも、国を良くすることに繋がるよ」
「そんなのは王のすることじゃねぇ! 王ってのは、偉くなきゃいけないんだよ! 動き回って庶民と仲良くしてたら、奴らは王を舐める! そんなことはあっちゃいけない! そんなことは手下にでも任せていればいいんだ! ヨナウス! お前に! 王の器なんかない!」
「知ってる。器とやらを求められたこともない。王になりたいとも思わない。……けど、王の器を問うなら、お前にもその資格はない!」
「ひっ!?」
グラドウスへ一歩踏み出すと、奴は怯えた顔を見せた。ずっと年下の、木の枝を握っただけの子供。そんなものを怖がるはずがない。
彼が恐れているのは、この場で僕を殺せないこと。
僕が街で己の存在を見せつけ、自らが流した死んだという嘘が発覚することだろう。それにより、己の地位が危うくなることを恐れている。
彼は僕を見ながら、僕を見ていない。
「死にやがれ!」
最後の力を振り絞って振った剣を、僕は容易く見切った。姿勢を低くして逆にグラドウスの懐に潜り込むと、彼の胸元を押しながら木の枝を振る。
ゴトリと音がして、グラドウスの手首から先ごと剣が落る。グラドウス自身は押された勢いで尻もちをついたから、手を切られたことに気づくのが遅れた。
悪態をつきながら違和感に気づき、そして先端がない手を見た。
「ああぁぁぁっ!? なんっ!? なんだこれ!?」
悲鳴が出せるんだ。まだまだ元気だな。




