1-41.竜の復活
王都へ戻る道を急ぐグラドウスは、途中の村でヨナウスに関する情報を得た。
彼自身は見つからなかったが、その後の足取りは掴めた。ヴェッカル町に続く道から外れた所にある村で魔物を殺した後、南に向かったらしい。
魔物を殺すというのはよくわからないが、行く先がわかったことは幸いだ。王都の横をかすめながら、海がある方向に向かったのだろうな。
後で追手をそちらに向かわせればいい。馬を与えればすぐに追いつけるはずだ。
今度こそヨナウスを見つけて殺す。確実に殺すには、やはり捕らえて俺の前まで連れてこさせなければ。散々にいたぶってから、この手で殺してやる。
妾の子ごときが、こんなに手間をかけさせやがって。大人しく死ねば良かったのに。
思えば小さい頃からそうだった。ヨナウスは兄や父に一切の敬意を払わない奴だった。表面的には丁寧に接していても、腹の底では見下していた。そんな目を向けていた。
なんでだ。こっちは第一王子だぞ。無条件で尊敬されなければならない立場だというのに。それがグラドウスを苛立たせていた。
卑しい産まれのくせに生意気なガキだ。家にとっては邪魔なのだから、さっさといなくなればいいのに。見かけないと思ったら城下で遊んでいるだけ。そのまま出ていけ。母親なんか放っておけばいいだろうが。下賤な、生きてるか死んでるかもわからない女に、あのガキはなんで執着するのか。
ようやく追い出せたと思ったら、これだ。面倒ごとばかり起こしやがって。絶対に許さない。絶対に……。
自然と手汗をかいてしまい、握っている封印のに染み込んでしまう。ふやけた紙がズルリと滑る感触で、グラドウスは我に返った。
「殿下。もう間もなく王城に着きます」
「そ、そうか。わかった。おっと」
居城が近いと言われて、旅の疲れをどっと感じてしまった。
逃げるようにヴェッカル領に行き、そこで人を殺してしまったのだから。放たれた魔物どもは今頃、町を蹂躙していることだろう。
疲れと気が抜けたのと、魔物が町で暴れる光景を想像して身震いしてしまったのと。全てが合わさり、グラドウスの手が緩んで封印の書が馬車の床に落ちかける。
慌てて掴もうとして、巻物状のそれを結ぶ紐だけ指に引っかかった。書そのものは自重で落下し続けて、紐を解きながら開いていった。
直後、聞いたことのない咆哮が響き渡った。
――――
ゾーラの言った通り、王都の城門に着いたのは夜も深まった頃。少なくとも日はとっくに暮れて、夜が開けるのがどれほど後になるかはわからない時間帯。
王都の門に並ぶ列が殆どないから、常識的な旅人はとっくに寝ている時間なんだろう。
もちろん、緊急の用事がある者はいるわけで。門は開けられていて門番が入門したい者の身分証を確認している。
「わたしはこういう者。学者よ。彼らは仲良くなった冒険者。入れてくれるかしら?」
「確かに……しかしその馬車は?」
「ヴェッカルの町の貴族から借りたの。緊急事態なのよ」
学者と冒険者の集団が貴族の馬車に乗っているのを兵士は訝しんだらしい。確かに怪しいよね。
緊急事態なのは間違いない。そして、借りているのも間違いない。
「心配ならヴェッカルのクリビース男爵の家に人をやって確認しなさい! じゃあ行くわね!」
「もふもふ! 全速力!」
「あ! ちょっと!」
「身分証見せたんだからいいでしょー!」
結果的に、全速力で門を突破することになった。
取り残された兵士たちは素直にヴェッカルに人を派遣する……なんてことはなく、馬に乗ってこちらを追いかけ始めた。
「ちょっ!? ゾーラさん!? 何やってるんですか!?」
「仕方ないでしょ! 悠長に説明してる暇はないの! あなたの家族のためにも!」
「それはそうですけど!? 急ぐのはありがたいですけれど!」
「へえー。これが王都なのね! 大きな建物がたくさん! でも思ったより静かね」
「夜だからね。昼は人通りが多いよ」
「なんつーか。ヴェッカルでも思ったけど、街って木が少ねえんだな」
「街路樹くらいしか植えられてないからね」
「森とはかなり雰囲気違うな。木に登れねえ」
「城の地格の広場には、囲むように木が植えてあるよ。高い木もある」
「あの! 慌ててるのわたしだけなんですか!? キアさんとアンリさんも呑気に感想言ってる場合ですか!? 追われてるんですよ!? このままだとお尋ね者ですよ!?」
「でも、僕もティナも元からお尋ね者だし」
「そうですけど! こんな風に追いかけられるのはまずいのでは!?」
「大丈夫じゃない?」
「なんとかなるだろ」
「きっともふもふが振り切ってくれるわ!」
「皆さんの余裕が信じられないんですけど!?」
「まあまあ。ティナ。ここで慌てても仕方ないよ。落ち着いて、これからどう最善を尽くして動くかを考えよう」
「ヨナ様……はい! そうですね! ヨナ様のおっしゃる通りです!」
「お前のその切り替わりの早さの方が、アタシには信じられないんだよな」
とはいえ、もふもふの脚力はそこらの馬とは比べ物にならないほど高くて、兵士の馬をあっさり引き離して見えなくしてしまう。
もちろん兵士が諦めるとは思えないけれど、いつの間にか馬車は王都の中心部近くまで来ていて。
「とりあえずどうしましょうか。グラドウスを探す?」
「あの! あそこがわたしの実家です! 避難を呼びかけたいので行ってもいいでしょうか!?」
「うん。わかった。じゃあ――」
その瞬間、聞いたことのない咆哮があたりを揺らした。
続いて、物が壊れる音と悲鳴。
遠くに、黒く大きな影が月と星に照らされて見えた。
「な、なんですかあれは!?」
「ダークドラゴンじゃないかな!?」
「ですよね! ちょっと家族に逃げるように行ってきます! すぐに戻りますので!」
馬車から飛び降り、実家の方に走るティナ。僕たちは再びダークドラゴンの方に目を向ける。
二本足で立っているらしい。翼の他に小さな手が生えている。
背中から生えた翼を広げれば、王都を貫く大通りの道幅に匹敵する大きさ。それを軽く振った。
離れているこちらにまで風圧が来る、さらにそれは、地面に向けて何かを吐いた。
ゾーラが言ってたな。あれは闇だと。具体的にどんなものかは、ここからでは見えない。
ダークドラゴンは今度は、地面にあったらしい何かを蹴り上げた。馬車の残骸だったらしいものが空中に巻き上げられ、ひとつはこちらにまで飛んできた。
僕たちのすぐ横に木片が落ちる。
「思ったよりヤバそうだな!」
「ええ! 行くわよもふもふ!」
「近づきすぎないで! 危険そうだったら退避して!」
「そうもいかないみたいだけれどね」
ダークドラゴンのいる方向から、多くの悲鳴が聞こえてくる。あんな巨大な魔物が暴れているなら当然だ。そして僕たちはそれを防ぐために来たのだから。




