1-39.理由
部屋の中には多くの巻物本が収められていた。
「執事さん。この中で無くなっているものがないか、わかりますか?」
「いいえ……私も男爵のコレクションをすべて把握しているわけでは……あ! 無い。ダークドラゴンの書が無い……。これが無いのはおかしい……」
たぶん、男爵が一番自慢している物なんだろう。だから執事も存在を知っていて、消えていることに気づいた。
「グラドウスが持ち去ったのね」
「だろうね。でも何に使うつもりだろう」
「なんにせよ危険よ。何かの拍子に封印が解かれたら大惨事になる。そして、これは巻物を結んでいる紐が解けるだけで解けてしまうわ」
「そして、グラドウスは王都に帰っているはずなんだよね」
立場上、グラドウスは王都を長く離れられない。一時的にでも、なんで周辺の町に行ったのか理由は不明だ。
「意図がさっぱりわからない。盗んだ魔物で何をするつもりなのか……」
珍しい物を手に入れたくなった? あの男が魔物なんかを好むとは思えない。
何かの理由で魔物を解き放つとしか考えられなかった。それも王都の真ん中で。
「確かめに行きますか、ヨナ様?」
ティナに尋ねられて、少し悩んだ。
王都を放り出されて今まで、なんとなく騒動がある方向に進んできた。何か悪事が行われているのが見過ごせないとか、そんな理由で。
けど、今回は少し事情が特殊だ。グラドウスの企みを調べて、止めるために王都に向かう。それは危険すぎる。僕のことを探しているグラドウスに自分から近づくなんて。
僕は死んだと伝えられているらしい。そして王都には、僕の顔を知っている人が大勢いる。見られれば騒ぎになるだろうし、兄や父の耳にも入るだろう。そしてまた刺客が送り込まれる。
キアの敵討ちに協力して森に入るとか、謎の兵士や魔物の出現の真相を追うために町に行くのとは、危険度が違う。
そして行かない理由はしっかりあった。何度も頭の中に浮かんでいたこと。行く義理がない。
兄がなにかロクでもない企みを思いついて、そして国民に被害が出たところで、それがどうしたと言うのだろう。
悪事が働かれようとしているのを見過ごせないって正義心が無くはないけど、それと自分の危険を天秤にかけて、関わらないって選択をするのが間違いだとは思わない。
王族としては失格だけど、今の僕は王から追われてしまった死者だからね。
だから、僕は。
「ヨナ様」
優しい口調と共に、ティナがぎゅっと手を握った。
「迷っていらっしゃるんですよね。わかります。ヨナ様が王都に行くのは危険です。ですが、王都には、わたしの家族がいます。両親と祖母と妹」
僕と違って、ティナには家族がいる。愛し、守るべき家族が。
「王都の危機は、わたしの家族の危機です。ヨナ様が王都へ行くのを躊躇うならば、せめてわたしだけでも行って家族を避難させたい。けど、それはできません。わたしはあなたの近衛兵です。王家に仕えるという使命を、放り出したくありません」
今にも泣きそうなティナは、涙を堪えて話し続ける。
「だからヨナ様。お願いします。これまでと同じように、魔物を倒しに王都へ向かってください。王都の人々を、わたしの家族を救ってください」
ああ。理由なんかこれで十分だ。
ティナが泣くのは、嫌だな。
「行こう、ティナ。兄が何か企んでるなら、僕は放置できない。止めないと。もちろん、一緒に来てくれるよね?」
「はい!」
うん。ティナは笑ってる方がいい。
急がなきゃいけない。けど、いくつか準備をしないと。
「執事さん。僕たちは行かないといけません。魔物の発生場所として、この屋敷が取り調べられることは避けられないでしょう。悪いのは男爵で、あなたに罪はない。全て正直に話してください。グラドウスが封印の書を持ち出したことも。ただし、僕たちの存在だけは内緒にしてください」
「かしこまりました」
「それと、もしこの家が存続して孤児院の運営を続けるなら、魔物にかけいてたお金を、孤児たちに注いでください。今も子供たちは困窮しています。すぐに助けを」
「わたしの権限ではなんとも。しかし町長にお願いしましょう」
「ありがとうございます。それから……孤児院の近くに病弱な女の人が暮らしています。その人に伝えてください。お別れも言えずに町を出て申し訳ないと」
本当に、この執事になんでも頼んでしまっている。けれど彼は僕への敬意から引き受けてくれた。
とりあえず外に出ることに。
「ゾーラ。ダークドラゴンについて知ってることは?」
「闇を吐くドラゴンよ。伝説の中ではジェイザックが倒したとされる。聖剣を使ってね。けれど殺すまでは至らず、封印した」
「闇を吐くって、どういうこと?」
「あたしにもわからないわ。伝説の中に記載がないから。ただし、暴れたら大惨事になることは確実。都市の中なら特にね」
「そっか。……ゾーラは別に、恐ろしい魔物を止めに行く義理なんかないんだけれど」
「ヨナくん。そんなこと言わないで。ここまで一緒に来れたのなら、これからも一緒。それに、こんなに可愛い男の子が頑張るっていうのだもの。ついていくのが大人の責務よ」
「男の子限定?」
「ヨナくん限定かもね」
僕の頭を撫でながら答えるゾーラ。頼れるなあ。
庭園に出ると、キアとアンリがいて。
「わー! 早い早い!」
「あんまり飛ばすなよー。振り落とされるから」
「大丈夫! だと思う! もふもふ! ちょっとゆっくり走って!」
アンリはもふもふの背中に跨って走らせていた。もふもふに、さっきは無かった鞍もついている。アンリが持つ手綱ではなく、声による指示で動いているように見えるけど、言ってることわかるんだろうか。
力強い動物を味方につけたアンリは自信に満ちあふれていて。さっきみたいに怯えることは無くなっていた。本来の、少し考え無しの勇ましい性格を見せている。
馬の乗り方を教えたのはキアなんだろうな。村育ちだから、家畜の扱いには慣れてそうだし。
そんなふたりに、ダークドラゴンについて説明する。
「行くわ! ヨナが行く場所にわたしも行く! そうじゃなきゃ、孤児院に戻るだけだしね」
「孤児院、もう少し環境が良くなるよ?」
「でも、孤児院は孤児院だし。ジェイザックの子孫と一緒にいる方が楽しいわ! それに、王都に急ぐなら馬車が必要でしょ? 馬の調達してる時間なんてないわよね? わたしが必要だと思わない?」
ぎゅっと、もふもふの首に抱きつくアンリ。確かにこの馬、速そうだな。
アンリも必要なのか。
「わかった。一緒に行こう」
「そうこなくっちゃ! これでアンリーシャに近づけたわね。ふふっ。ジェイザックの恋人だった、ね」
アンリは僕に身を寄せながら、少しはにかんだ笑顔で言った。照れてるような、ちょっと恥ずかしいような。顔も赤くしている。
あんまり自分と伝説を重ね合わせないようにね。
最後にキアは。
「アタシか? もちろん行くぜ。王都って一度行ってみたかったんだよな。危険かもしれねえけど、ここまで一緒にいたんだ。ヨナについていくよ」
「……わかった。ありがとう」
みんな、優しいな。




