1-29.幸せな食卓
「みなさーん。ご飯できましたよ。アンリさんも召し上がりますか?」
「いいの!?」
「はい! みんなで食べた方が美味しいので!」
「そ、そう。ティナな本当に良い人ね! お姉さんと同じくらい!」
「恐縮です!」
「なあみんな! カラス捕まえたんだけど食うか?」
「それはキアさんおひとりで召し上がってください」
「なんでだよ!?」
わかるでしょ、理由なんて。ちょっと姿が見えないと思ったら、そんなことしてたんだ。
ティナが作った手料理は、この家の経済状況を考えれば豪勢すぎるかもしれない。妹さんは恐縮していたけれど。
「いいんです! わたしたちが勝手にお邪魔して、キッチンを借りて自分の食事を作ってるだけなので! 家主さんにちょっと分けてるだけですから!」
うん。薬を買ってあげるのは駄目でも、これくらいはしていいはずだ。
というわけで、六人で食卓を囲む。キアはカラスを焼いて食べてる。お腹壊さないのかな。火を通してるから大丈夫なんだろうな。
「おいしっ! 美味しい! こんなの初めて食べたわ!」
なんの変哲もない、肉と野菜を炒めただけの料理を、アンリはがっつくように食べている。
普段の食事がよほど粗末なものだったのだろう。
アンリが慕う彼女も、その光景を微笑ましく見ていた。
「アンリちゃん。今夜はうちに泊まっていく?」
「いいの!?」
「ええ。孤児院の方は、特に怒ったりしないんでしょう?」
「そうなのよ。子供がいない方が楽だって考えてるから」
よほど帰りたくないのだな。今日くらいは、好きな人と一緒に寝られるようにしてあげよう。
アンリの笑顔を見ていると、こちらも幸せになってきた。
――――
女三人と生意気なガキのパーティーがギルドに来た。ガキが邪魔だし女のひとりは貧相な体だったが、男なら女のパーティーがいれば絡みに行くべき。
その二人組はこんな考えをしていたし、断られるどころか挑発され、しかも抜こうとした剣を先に取られるという屈辱さえ受けるとは思わなかった。
ガキのくせに、女の癖に生意気だ。断るにしても、こっちを立てる言い方だってあったろうに。先輩冒険者への礼儀がなってない。
やり返したい気持ちを抑えきれず、ふたりは後をつけた。向かったのは、この町にいる別の冒険者の自宅。
あいつの妹は病弱だが美人だと評判だ。あのパーティーとなんの関わりがあるのかは知らないが、女ばかりが集まってる光景は男たちを昂ぶらせるには十分だった。
女たちがほしい。こっちを侮辱したんだ。やり返してもいいだろ。
「おい。この家に押し入るぞ」
「マジかよ……でも、面白い」
「ちょっとビビらせて、それから俺たちの力を見せつければいい。等級はこっちの方が上なんだ。さっきは不意を突かれただけ。正面からやりあえば勝てる」
「そうなれば、女どもは俺たちを見直すか?」
「おう。俺たちの物になるってわけだ」
「最高だな。俺はあの魔法使いの格好の女と寝たい。あの胸、たまんねえよな」
「俺は、やたらエロい格好してる女の方だな。誘ってやがるとしか思えねえ」
そんな幼稚な考えが全てうまくいくと、彼らは愚かにも考えていた。
襲撃にはもう少し待った方がいい。眠っている夜中に戸を叩いて開けさせて、寝ぼけてる奴らを制圧する。簡単なことだ。
だからしばらく周辺を歩いて時間を潰すことにした。
貧民ばかり集まる区画に見るべきものなど無いから、すぐに退屈を持て余したけれど。予定を早めてさっさと襲いに行こうかと考えたところ、妙なものを見つけた。
女の家からすぐ近くにある、みすぼらしい建物。孤児院だ。
貴族が金を出しているとは思えない、周りよりも多少大きいだけの家に、何人かの孤児と世話係が住んでいる。
その裏手に、大きな荷台が置いてあった。
これを運んできた馬はどこかの馬小屋へ連れて行かれて、荷台だけ取り残されている。
大きくて、しかも幌で覆われて中を見えなくしている。
孤児院の裏手に停まっているのは変な感じだった。
「なんだ、これ」
「なんでもいいだろ。孤児院に食料とか運ぶための荷台だろ」
「そうか……にしては大きくないか? 商人とかが使う馬車に見える」
「ということは、金目の物が入ってたりするのか?」
「あ、おい!」
興味なさそうだった冒険者は、急に目を輝かせて幌の中を覗き込む。
中には大きな木箱がひとつだけ鎮座していた。
奇妙だと思うよりも、彼は厳重に守られている貴重品だと受け取った。
「中はなんだろうな」
「まずいって。降りろ!」
「いいだろ。誰も見てねえんだから。金持ちの商人どもめ。偉そうにしやがって」
彼らも貧乏な冒険者。金を持っている商人のことが羨ましくて仕方がなかった。
それを盗むかどうかは別として、彼らが扱う商品をひと目見ておきたいと考えた。
孤児院に商人が荷物を置いているという最初の疑問は既に頭から消し飛んでいた。
木箱をそっと開ける。
暗闇の中に、いくつもの目が光っていた。ギャッギャと鳴き声を上げているそれは、一斉に冒険者の方へ向き、飛びかかった。
――――
生まれて初めてというくらい美味しいものをお腹いっぱい食べたアンリは、満足そうに眠ってしまった。
外を見れば、すっかり暗くなっている。僕たちも、今日はここにお泊りさせてもらおう。
家主である女は自分のベッドに。アンリも一緒に入っている。僕たちは家の中でスペースを見つけて寝るしかない。
野宿よりはマシだと納得しよう。
「ヨナ様! 膝枕いたしますよ!」
「ううん。いい」
「ふふっ。ヨナくんはあたしに膝枕してほしいのよね?」
「いらない。部屋の端で寝るから」
「わたしが隣に寝ます」
「いいえ。わたしが。寝返りする時にちょっと抱きつくかもしれないけど、偶然だからいいわよね?」
「キアが隣がいい」
「馬鹿な争いにアタシを巻き込まないでくれるか?」
本当にね。
睨み合って牽制し合うティナとゾーラを見ながら、僕は硬い床の上に横になって目を瞑る。そのまま寝ようとして、外から聞こえた大きな悲鳴に飛び上がった。
「なっ!? なんでしょうか!? ヨナ様ご安心ください! ヨナ様のことはわたしがお守りします!」
「それはもういいから。キア、外の様子を見て」
「ここからじゃ何もわからない。悲鳴は向こうの方からだと思う」
さっきの悲鳴は男のものだった。ふたり分聞こえた気がするけど、正確なことはよくわからない。
「なになに!? 敵襲!?」
寝室からアンリがやってきた。手には玩具の弓矢。なにか面白いことが起こったと考えてるのかな。英雄の出番だと。
「わからない。酔っ払いが転んだとかかもしれないから、アンリは寝てて」
そう宥めた直後、あちこちから悲鳴が上がり始めた。なんだこれはとか、逃げろとか、兵士を呼べとか、混乱した声が外から聞こえてくる。




